「色」の活かし方
今日は朝から夕方まで家の用事を足す日で、気づけば外は暗くなっていました。
でもなぜだか、心がすごくスッキリしていて、なぜだか色んなことに感謝が湧いてくる日でした。
出会う人、すれ違う人、いろんなストーリーがあるんだな、とかを感じたり、ただただありがとうと言いたくなったりしました。
(店員さんくらいにしか言えなかったけど)
なぜかは、何となく分かっています。
吉田篤弘さんの本を読んだからです!
どーん!
こちらの本、以前に紹介した、「月とコーヒー」の続きのようなお話です。
厳密に続きではないけれど、やっぱり続いてるんだろうなという感じ。
吉田篤弘さんの本、ほんと好きです。
毎日読みふけりたいくらい好きです。
水か麦茶のようにずっと飲んでたい。
本の内容とは関係ないんですが、さっき少し夕陽を見ていて思い出したことがありました。
私は昔から、何となく人の考えていることが分かります。
テレパシーとかじゃないんですが、「あ、今この人は○○だから△△なんだな」というのが、空気感で分かる、アレです。
そういう方、きっと私の他にもいらっしゃるだろうと思います。
ああ、あの人は今怒っているけれど、本当は寂しいんだなとか、
ああ、あの人は笑っているけど、今すごく怒っているんだなとか、
ああ、あの人は優しいけど、彼のことが嫌いなんだなとか、
もしかしたらそれって、昔こういうことがあったのかもしれないな、とか。
それは言葉にはならない何かを私が読んでいるのだと思うのですが、たいてい当たっていて。
昔はそれを、嫌がられたこともありました。
特に先輩とか、年上の方から、
「見透かされているようでイヤ」
「なんかバカにされてるみたい」
「本当は私の真っ黒い心とか、見えてるんでしょ?」
などと言われたこともありました。
ぜんぶ、違うんですが。
それで、なぜだろうなあ、と少し悲しく思うこともあったんです。
でも、今。
私は、そんな自分が生かせるお仕事をしているんだなあ、と思いました。
ご縁あって来てくださる方(ありがとうございます🙏)は、「自分自身をもっと知りたい」と思っていらっしゃいます。
だから、私がその雰囲気とか心の奥とか、過去のこととかを感じ取っても、「話が通じやすい」と喜んでくださるんだな、と。
つまり、私自身の「色」は、変わってない。
色は同じだけれど、場所と活かし方が違うんだな、と思ったのです。
私は、私の色を、活かせる場所がある、今。
それがもう、ありがたくてありがたくて。
だからますます感謝で泣きそうになっちゃって。
そんな日に、あまりにも綺麗な夕日なものだから。
ありがとうございます。
これを読んでくださった、そこのあなたにも。
ありがとうございます。