まるで蝉丸のようだった
産院から帰ってきてから娘はずっと、頭を右下にして寝ている。
そのせいで、彼女の頭は右だけがべこんと平らになっている。
「首が座っていない赤ちゃんは、左右どっちかを下にして寝るんだよ」
産院の先生はそう言っていた。
長男もそうだった。いつもどちらか片方を下にして寝ているから
頭の形がいびつになって、とても心配したのを覚えている。
けれど、1歳を過ぎ歩くようになるころには、頭の形も整っていた。
なので、娘の頭もいずれ治るだろうとは思っている。
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とはいえ、べこんとなった頭をみるにつけ、やはり気の毒に見えた。
右頭の下にタオルを敷いたり、体ごと左に向けさせた。
けれど、やはり右向きが好きなのだろう、気づけばいつも右に向いていた。
義父母も可愛い孫を心配して
「ミイちゃん、こっち!」
と言って、何度も頭を左に向けさせようとしたが
娘は「いやっ!」というように、右に向いてしまうのだ。
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生後2か月を過ぎたころから、少しずつ首もしっかりしてきた。
そんなある日のこと。
静かだったので、娘の寝ている部屋をのぞいてみた。
いつもは右を向いているため、顔が見えるのだが
その日は違った。娘の頭頂部が見えた。
左を向いている!
どうやら、自分の意志で頭を左に向けて眠っていたようだ。
その後ろ姿に見覚えがあった。
百人一首の蝉丸だ。
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小学校の時、母にせがんで買ってもらった百人一首の札。
母はきっと、私が百人一首を覚えることを期待したのだろうが
残念ながらそうはいかなかった。
いつも坊主めくりばかりして遊んでいたのだ。
「姫」や「殿」の衣装がとても色鮮やかで
見ているだけでも楽しかった。
その中でも「蝉丸」は特別だった。
私が買ってもらった百人一首の「蝉丸」は
ただひとりだけ、向こうを向いていた。
頭頂部をさらした姿は、寂しい感じがしながら
どこか達観して見え、子供ながらに印象深かった。
こんなところで「蝉丸」に会うなんて…。
左向きに眠っている娘に「よしよし、その調子」とささやきながら
頭の形がちゃんと治りますように、と願った。