いまが一番いいとき
夜、虫の声が聞こえる季節になった。私はこの季節が大好きだ。
結婚する前の年、夫とtico moon(※1)のコンサートに行った。会場は花屋さんだった。
まるでおとぎ話に迷いこんでしまったような雰囲気だった。溢れんばかりの花のなかに、ハープとクラシックギターの優しい音色が響く。ハープの音色、私は大好きだ。滑らかで、包み込んでくれるような温かさがある。
時折、虫の声が聞こえた。外から聞こえるのかと思ったが、花屋さんがこう話してくれた。「外でも鳴いているけど、うちでも飼ってるのよ。今日は、音楽に合わせて一緒に鳴いているのね」。
コンサート終了後、アンケートを書いた。演奏の素晴らしかったこと、夢のような時間を過ごせたこと、感動で胸がいっぱいになったことを伝えた。
ふと夫を見ると、アンケート用紙で紙ヒコーキを作っていた。回収にきた花屋さんが笑った。「こんなユニークな回答は初めて!」と言って。
大好きな夫との、初めてのコンサートは本当に楽しくて幸せな時間だった。
「いまが一番いいときよ」と叔母に言われた。結婚前が一番楽しくて、幸せの絶頂期だ、という意味で言ったのだと思う。
「そうなんだ…」わたしは少し寂しかった。結婚は生活。日常に追われる毎日、一緒に暮らすことで、今までは見えてこなかったお互いのアラも見えるだろう。喧嘩もたくさんするかもしれない。「いまが一番いいとき」それを噛みしめていた。
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結婚して6年の月日が経った。子供も二人になり、日々の生活はどんどん慌ただしくなった。一人の時間も、夫婦二人の時間もなかなかとれなくなった。
でも。
今の私は十分に幸せだ。夫やこどもとの時間がとても愛おしい。
日曜日の朝、いつもより少しゆっくり起きる。私が夫の横に寝ると、息子がやってきて間に入ろうとする。そんな息子を抱きしめる。こんな時間が愛おしい。
日曜日の昼、息子と夫はレゴに夢中。真剣なまなざしで、一生懸命何かを作っている。私の腕にはニコニコ顔の娘がいる。こんな時間が愛おしい。
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秋のはじめのこの季節、やっと寝てくれた息子と娘の寝顔を見ながら虫の声を聴くと、あの日の記憶が優しく私を包んでくれる。
あの日のコンサートの思い出は今でも私の中で、キラキラ輝いている。心の片隅に大事にしまってある。それはいつでも取り出せるし、懐かしく眺めることもできる。
「いまが一番いいとき」
確かにそうだ。でもそれは、なんどでも更新される。結婚前も「一番いいとき」だったし、結婚式も「一番いいとき」だった。子供を妊娠した時も「一番いいとき」だったし、子供が生まれたときも「一番いいとき」だった。そして、何気ない毎日の幸せな瞬間も「一番いいとき」なんだ。
そんな瞬間をたくさん心に残していこうと思う。そしてふと取り出して「いいときだった」と思い出そう。心にそっと火をともすように。
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※1 ハープとギターのデュオユニット