光に包まれた夜の話
◯光に包まれた夜の話◯
夜になると光の粒が、大地を…木々を…石を…
キラキラと輝かせる。
家路を急いでいた僕は…立ち止まってしまう。
誰が待つでもない僕の家。
鍵を開けてドアを開く…広がる真っ暗な空間…。
それでも…僕は急いでしまう。
誰かと街へ繰り出すなんて事なく…
誰かと語り合うなんて事なく…
そんな相手のいない僕は家路を急ぐしかない。
寒々しい部屋だって
気兼ねなく過ごせる僕の城なんだ。
誰に気を使うでもなく
誰かに馬鹿にされるでもなく
僕が僕らしくいられる場所なんだ。
今日は…いつになく、悲しい出来事があったんだ…
だから、僕は早く僕の巣に籠もりたかったのに…。
僕は…立ち止まってしまった。
青い光が幻想的で優しくて…
橙の光が暖かくて心地良くて…
白い光が清廉で眩しくて…
僕は立ち止まった。
その光景があまりに綺麗で!
頭の中が真っ白になった。
今日、昼間にあった嫌な事…
見下された事…
起こった出来事の背景や理由を知ろうともしない、そんな周囲の人達から一方的に悪者にされた事…
僕の味方が一人もいなかった事…
気付かぬ内に目から涙が流れていた事…
そんな…頭の中を埋め尽くしていたネガティブな事が消えて、あんなに重かった頭がスゥーッと軽くなった♪
草が、土が、幹や枝が…青く、黄色く、白く染まる…
目の前に存在する物質が本来の色を光に溶かす…
目の前に広がる風景の深みが増していく…
イルミネーションに包まれた可愛いお店のドアが開いた。
ギンガムチェックの包装紙にくるまれて、
レース調の淡いピンクのリボンが結ばれた
お洒落な箱を抱えて女の子が
跳ねたり、跳んだり、回ったり…妖精かお姫様みたいに、はしゃぎながら、光の中を進んでいく。
開いたドアから漏れて流れてくる優しいけれど、軽快な音楽…
跳ね回るギターの音色、
回転するピアノの音階…
女の子の動きに合わせるように
奏でられる美しい響き…
女の子が僕の前を通り過ぎるとドアは閉まり、
元の静寂が戻ってきた。
僕は、行ったことも無いのに…壮大なオペラを見たような気分になった。
光に包まれて癒された僕は目の前の可愛いお店に入っていった…
そこは雑貨屋さんだった
いつも通っていた道なのに
気にも止めなかったお店…
玩具に文房具、ケーキにキャンディ、お酒におつまみ、帽子やマフラーに手袋…決して広くは無い店内が色々な物で混み合っている…でもそれらは雑然としておらず、整然と、可愛く、お洒落に置かれている。
まるでおとぎの国に迷い込んだみたいだ。
ウキウキした気分になった僕は
普段買わない
少し贅沢なワインとチーズを買った。
レジのお姉さんに
「今日は良いことがあったんですか?」
と尋ねられて
僕は間髪入れずに
「はいっ!」
と明るく答えていた。
昼間の出来事なんて
もう、どうでも良くなっていた。
素敵な光景とお店に出逢えたから…
きっと落ち込んでいなかったら
心に飛び込んで来なかったキラキラ輝くお店。
人々の心を癒すお店…
僕はダメ元で聞いてみた
「ココで働かせてくれませんか?」
お姉さんが答える
「ちょうど募集しようと思っていたの。明日、面接に来られる?」
僕は、満面の笑みで
「はいっ!宜しくお願いします!」
と答えた。
名前と連絡先を伝えて店を出る僕。
手を振って見送ってくれるお姉さん。
家のドアの鍵を開ける。
ガチャッと言う音が、いつもよりも明るく聞こえた。
ドアを開くといつもの暗がりが優しく見えた。
僕は、鼻歌を歌いながら靴を脱いで家に上がる。
手を洗ってうがいをして、冷凍食品のピザをレンジへ入れる。
グラスとナイフと皿をテーブルに並べたら、
チーズを切って皿に乗せる。
グラスにはワインを静かにゆっくりと注ぎ入れる。
蛍光灯の光にグラスをかかげて、一人、乾杯する。
光に染まるワインの色がバラ色に見えた。
そんな事をしている内にレンジが僕を呼んだ。
ピザを一口かじってワインを流し込む…
ワインと一緒に食べるピザは最高に美味しかった。
「あっ!」
僕は、履歴書を買うのを忘れていた事に気付いて、また外へ出る。
残りのワインとピザは、
履歴書を書いてから食べよう。
「きっと!明日も最高の日になる!」
夜になると光の粒が、大地を…木々を…石を…
キラキラと輝かせる。
それは、きっと
つまらない毎日を変えるキッカケ…
※物語はフィクションだけど、写真は、本当に通勤の道にあるイルミネーションなんです😆。