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嬉しくて、ちょっぴりせつなさを感じる日

こんにちは、あきです。

私が応援しているJリーグのチームは、久しぶりにスタートダッシュに成功し、順位表を見るたびに心の中でニヤニヤしてしまいます。この良い流れが長く続いてほしいと、心から願っている今日この頃です。

さて、私は2月になると心が少しウキウキした気持ちになります(もう終わろうとしていますが)。
なぜなら、2月は私の誕生月だからです。

誕生日だけでなく2月になるとそういう気分になれたのは、私が好きなVoicyのパーソナリティの方が、誕生日はその日だけでなく月ごと楽しんでしまおうという、誕生月制度を取り入れられているのをいいなと思ったからでした。

「誕生日は絶対いい日にしなきゃ!」などと気負うことなく、今月はいろいろ自分に好きなことをやらせてあげようと考えると、ワクワクした気持ちになるのです。

ですが、そう思えるようになる前までは、誕生日は少し苦しいような、せつない気持ちになることが多かった気がします。


数年前まで、私は誕生日になるとお互いをお祝いする知人や会社の同期がいました。

サッカーつながりで知り合った知人とは、だんだん連絡を取らなくなってからも、誕生日には私からいつもお祝いのメッセージを送っていました。その人の誕生日は私より少し早かったので、毎年思い出してしまうのです。

普段接することもほとんどないのに、そのときだけメッセージを送っている。それが義務のように感じるようになり、私はその人の誕生日が近づくと心が重たくなるようになりました。

その知人と接していると、私の劣等感を刺激される感じがしんどかったことも関係していたのだと思います。すごく悩みましたが、私からお祝いの連絡をするのをやめました。

すると心がすごく楽になったのです。
「突然連絡をやめるなんて申し訳ない」という罪悪感もありましたが、これは私にとって正しい決断だったと思います。

そして会社の同期とも、長年、誕生日にはプレゼントを贈り合っていました。
しかし数年前、同期は心のバランスを崩して退職してしまいそれもなくなりました。

私はパートナーがいないですし、友人がいても、誕生日に連絡を取り合うようなことはもう何年もしていません。

大学の時、とても仲の良かった友人がいました。その友人とは大学を卒業してからしばらくの間は、連絡を取り合っていましたが、だんだん連絡する回数が減っていき、数年に1回会うくらいになっていました。

そんな中でも、私は友人の誕生日をずっと覚えていました。少し疎遠になってしまっていたけれど、5年程前にふと思い立ち、その日に連絡をしてみたことがありました。

すると友人は、私が彼女の誕生日を覚えていたということを驚きつつも、喜んでくれていたように見えました。

しかしそのときになんとなくわかってしまいました。彼女が私の誕生日をもう覚えていないだろうということに。

予想通り、数ヶ月後の私の誕生日に彼女から連絡が来ることはなく、「やっぱり忘れられちゃったんだな」と少し胸が痛んだのを覚えています。

私は結果をうすうすわかっていながらも、その友人から連絡が来ることを、ほんのり期待してしまった自分がいました。
普段自分から連絡をするわけでもないのに。そんな自分を棚に上げてしまっていたのです。


私は誕生日に連絡をしてくれるような友人も、パートナーもいない。
今まで深い人間関係を作り上げられなかった、そして関係を続けていけなかった自分のことを思うと、私はいつも胸がぎゅっとなるような苦しさを感じていました。

私は今まで何をしていたのだろう、何が悪かったんだろう。自分を責めようと思えば、いくらでも言葉が見つかるような気がしました。

だからといって「なぜこうなってしまったんだろう」という原因探しをしてしまうと、自分の悪い(と思い込んでいる)ところをどんどん見つけてしまい、経験上、自分を責める材料が増えてしまうだけだとわかっていました。

でも毎年のように、無意識に自分を責めてしまっていたんです。
誕生日は、自分がひとりであることを実感させられる日でもありました。

そういうことから以前の記事に書いたように、「私の周りには人がいない」という思い込みにつながっていったのです。

そして誕生日に少しせつない思いを感じていた理由が、もう1つありました。
それは物心ついたときから、両親から一度も「おめでとう」と言葉で伝えてもらったことがないことです。

母から「誕生日、何か食べたいものはある?」とリクエストがあり、リクエスト通りのものを用意してもらうことはありましたが、当日は特に何も言葉をかけられることなく1日が過ぎていきました。

プレゼントはともかく、私は言葉がもらえなかったことに寂しさを感じていました。

「あれ、私おめでとうって言ってもらったことがない」
それに気づいたのは、大人になってからだったでしょうか。

今までは両親から何も言われなくてもそれが普通だと思っていましたが、気づいてしまうと急に「どうして?」と、怒りのような悲しみがわいてきました。

愛情の表現のしかたはいろいろあると思うので、両親の示す方法と、私が望む方法が違っていただけなのだろうと思います。

母は自分の誕生日のことを「誕生日なんてめでたくもなんともない」と言っていたので、その日にお祝いされることを好まなかったことも少しは関係あるのかもしれません。

父とは普段からほとんど会話をすることがなかったので、誕生日に何かを期待するだけムダだと思っていました。
(でもそこに本当は、悲しみがあります)

食べたいものを用意してくれるだけでも、ありがたいことなんだよ。
誕生日はお母さんに感謝する日でもあるんじゃない?そんなことくらいで悲しまなくたっていいじゃん。

そんな風に納得しようとしても、どうしても、どこか心が痛んでしまう自分がいました。

今年の誕生日の後、この記事を書くために今までの誕生日についてを考えていたら、久しぶりに心がどんどん沈んでいく感覚がありました。

誰かに話を聞いてもらいたいくらい苦しくなってしまい、そのときの自分の気持ちをひたすらノートに書いていました。

さみしかったね。さみしかったんだね。
私がいるよ。私がわかってあげるよ。
ずっとずっとさみしかった。

そんなことを書いていたらうっすら涙が浮かんできました。

今までそういう気持ちを感じたくなくて、認めたくなくて、心が痛んだとしてもそういう状況になってしまった自分のことを責めたりして、その気持ちに対して見ないふりをしてきたのだと思います。

でも今回、本当はずっと寂しかったという気持ちを、やっと認めることができたような気がします。

するとなんだかホッとした気持ちになれて、心が沈む感覚が少しずつ薄れていったような気がします。

今年の誕生日は、ひょんなことから、根本裕幸カウンセラーのお弟子仲間とお茶をすることができました。
(当日に私が誕生日だと伝えたら、びっくりさせてしまいました、当たり前ですよね)

心のままにいろいろなことをおしゃべりできることは、やっぱり幸せだなあと感じました。

私はそういう時間を過ごせたときに満たされると自分でわかっていたのに、ここ数年はあまり友人と会うこともなく、そういう幸せをあまり感じられていませんでした。
だから人とのつながりがほしくて、お弟子講座に申し込んだということもあります。

以前からの自分の課題なのですが、私は自分から人に連絡を取ったり、誘うことに対してなかなか積極的になれません。

あの人にこんなことを伝えてみたいという思いや、お茶でも誘ってみようかなという気持ちを、勇気が出なかったりいろいろなことを考えてしまったりで、それをなかったことにしてしまうことが多かったです。
私が声をかけてもなあ、なんて勝手に思ってしまっていたのです。

今まで何個も何個も、相手に伝える前に「やっぱりいいか」とその気持ちをつぶしてしまっていたと思います。

その気持ちを、もっと自分の気持ちを大切にしてあげたい。
だからカウンセラー仲間や、友人たちに、もっと自分から声をかけていきたい、かけてみよう!というのが、またひとつ年を重ねた私の目標でもあります。

実際、今月に入ってからちょっと勇気を出してみたら、嬉しい気持ちになることばかりだったんです。少しずつ実践していけたらいいなと思っています。 

今回はちょっと子どもっぽいことを書いてしまった気がして、少し恥ずかしいです。
相変わらず長い私のnoteをここまで読んでくださった方は、ありがとうございました。

カウンセラーとしてはただいま少し充電中(なんじゃそりゃという感じですが、また活動します!)のあきでした。

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