【童話】小さな星の約束(3190字)
寒い冬の日。
澄み切った夜空に、星が瞬いています。
さちこさんは、コートをはおり、手袋とマフラーをして、ベランダから夜空のお星さまを見上げていました。
「お星さまが流れているときに願い事をいうと、叶うのよ」
お母さんが、そういっていたからです。
さちこさんには、どうしても叶えたい願いがありました。
だから、早くお星さまが流れてこないかと、寒いのを我慢して、さっきからずっとお空を見上げているのでした。
そんなさちこさんを、空から一つのお星さまが見ていました。
「あの子、さっきからずっとぼくたちを見ているな。きっと、なにかとっても叶えたい願い事があるに違いない。ここはひとつ、ぼくがあの子の願い事を叶えてあげよう」
そう思ったのは、まだ子どものお星さまです。
まだ子どもなので、願い事を叶える力は、そんなに強くありません。
でも、さちこさんも子どもなので、子どものお星さまでも、願い事を叶えられると思ったのです。
お星さまは、すーっと、お空を流れていきました。
「あっ、流れ星」
さちこさんは、お空を流れていく星に気づきました。
手を胸の前で組んで、お願い事をします。
「お星さま、どうか、お母さんの病気を治してください」
さちこさんのお母さんは、さちこさんが物心ついたときから重い病気で、長い間、病院に入院したり、退院したりを繰り返しているのです。
だから、さちこさんは、なかなかお母さんと一緒に暮らせません。
しばらく一緒に暮らしたとしても、すぐにまた、入院して離ればなれになるのです。
「お星さま、お願いです。どうか、お母さんが元気になって、わたしと一緒に暮らせますように。もう入院なんかせずに、ずっとずっと一緒に暮らせますように」
さちこさんは、流れ星に願い事ができたので、安心して暖かい部屋の中へ入りました。
でも、それを聞いたお星さまは、しまったと思いました。
子どものお星さまには、さちこさんのお母さんの病気を治す力はないのです。
それどころか、どんなお星さまにも、そんな力はありません。
さちこさんのお母さんの病気は、天の神さまがお決めになったことなのです。
さちこさんのお母さんは、もうじき天に召されることになっていました。
「ああ、どうしよう。あの子に、叶わない願い事をさせてしまった。ぼくは流れるべきではなかった。あの子は、お母さんの病気が治ると思っているだろうなあ。ああ、どうしよう。なんとかしてあげたいけど、ぼくにはそんな力はない…」
お星さまは、頭を抱えて思い悩みました。
悩んでいるうちに、フラフラと、地上に落ちてしまいました。
あくる朝、さちこさんは、ベランダに、ぼんやりと光る、小さなお星さまが落ちているのを見つけました。
「あれ、こんなところにお星さまが落ちているわ」
お星さまは、気を失っているようです。
さちこさんは、お星さまとはもっとキラキラしているものだと思っていましたけれど、随分と弱々しい光です。
「きっとお空から落ちて、けがをしてしまったんだわ」
さちこさんは、お星さまを自分のベッドに寝かせてあげました。
やがて、お星さまは目を覚ましました。
「あっ、気がついたのね。大丈夫?あなたはベランダに落ちていたのよ」
さちこさんは、早くお星さまが元気になるように、一生懸命、看病しました。
そのかいあって、お星さまは元気を取り戻しました。
弱々しかった光も、キラキラとした強い光に変わりました。
お星さまは、さちこさんの部屋の天井でピカピカ光ったり、机の上でダンスをしたりして、さちこさんを楽しませました。
夜にさちこさんがトイレに行くときには、さちこさんが怖がらないように一緒についていってあげました。
さちこさんは、お星さまが大好きになって、二人は、すぐに仲良しになりました。
でも、お星さまには、気にかかることがありました。
さちこさんは、流れ星に願い事をしたから、お母さんの病気が治ると思っています。
それが叶わない願いだと、お星さまは知っているからです。
ある日、さちこさんは、お星さまに言いました。
「わたし、あなたといると、とっても楽しいわ。わたしのお母さんはね、病気で入院しているの。でも、流れ星に願い事をしたから、きっとお母さんも元気になって、わたしたちは一緒に暮らせるわ。そうしたら、もっと楽しくなるわよ」
それを聞いたお星さまは、すまなさそうに言いました。
「さちこさん、ごめん。その願いは叶えてあげられないんだ。きみのお母さんは、もうじき天に召されることになっている。ぼくには、それを変える力はない…」
さちこさんは、すごく動揺しました。
「そんな、ひどい。それじゃあ、わたしはもうお母さんとは一緒に暮らせないの」
さちこさんの目から、涙があふれました。
それを見たお星さまは、元気を失って、部屋の隅で動かなくなってしまいました。
次の日曜日、さちこさんは病院にお母さんのお見舞いに行きました。
「お母さん、お母さんは、また元気になるわよね。また一緒に暮らせるようになるわよね。わたし、流れ星にお願いしたのよ。お母さんが元気になって、一緒に暮らせるようになるって。きっときっと、すぐに退院できるわ」
お母さんは、さちこさんの頭を優しく撫でて言いました。
「さちこ、お母さんは、もう長くないわ。あなたに言っておくことがあるの。あなたはお母さんにとって、本当に大切な人だわ。それは、お母さんがあなたのことを大好きだからよ。あなたは、大好きな人をいっぱい作ってね。あなたを産んだお母さんは、世界で一人だけよ。そのお母さんは、もうあなたに会えないかもしれない。でも、大好きな人は、あなたしだいで、これからいくらでも作れるのよ。大好きな人がいっぱいいれば、お母さんがいなくなってもさみしくないわ。そして、あなたの大好きな人を、大切にしてあげてね」
その夜、さちこさんが帰ったあとで、お母さんの容体は急に悪くなって、お母さんは天に召されました。
お母さんのお葬式が済んで、何日か経ちました。
その間、さちこさんは、お星さまのことをすっかり忘れていました。
ある日、さちこさんは、ベッドの陰で、何かがぼんやりと光っているのに気づきました。
「お星さま!」
さちこさんが呼びかけても、お星さまは返事をしません。
光はすっかり弱くなり、今にも消えてしまいそうです。
さちこさんは、お星さまを抱きしめました。
「お星さま、ひどいだなんて言ってごめんなさい。わたし、お星さまのことを大切にするわ。だって、わたしはあなたが大好きですもの」
さちこさんの目から、一筋の涙がこぼれて、お星さまの上に落ちました。
すると、お星さまは目を覚まし、だんだん、光が強くなっていきました。
「よかった。元気になってくれたのね」
すっかり元気を取り戻して、お星さまはこう言いました。
「さちこさん、ぼくはもう、天に帰らなくてはいけない。きみはとっても優しい人。ぼくはきみのことが大好きだよ。お母さんのことは、叶えてあげられなかった。でも、ぼくはこれから、もっともっと修行して、立派なお星さまになるよ。いつかきみが空を見上げたとき、きみの願いを叶えてあげられるように」
そう言ってしまうと、お星さまは、ピカピカ光りながら、お空に帰っていきました。
それから、長い時間が経ちました。
さちこさんは大人になり、今、病院のベッドの上で、窓から夜空を見上げています。
いいえ、病気ではありません。
さちこさんの胸には、かわいい赤ちゃんが抱かれています。
たった今、初めての子どもとなる、女の子を産んだばかりなのです。
「あっ、流れ星」
さちこさんはお願い事をしました。
何を願ったのでしょう?
「お昼さま、この子が大好きな人を、いっぱい作りますように」
きっと、この願いは叶えられることでしょう。