【童話】海賊水がこわい(1895字)
あるところに海賊がいました。
目には眼帯、手には鉤爪をつけた、海賊です。
でも、どちらも偽物です。
それがないと、かっこつかないからです。
海賊はとても大きな船に乗っています。
海に落っこちて、溺れる心配がないからです。
海賊は泳げません。
水が怖いのです。
だから、お風呂にも入りません。
お風呂に入らないと、お母さんに叱られます。
それが嫌で海賊になったのです。
でも、子分たちは、みんなきれい好きです。
「親分、お風呂に入ってくれないと、困ります」
「海賊は風呂になんか入らなくてもいいのだ」
「海の潮でベタベタします」
「なめればいい」
「汗をかいてベタベタします」
「そのうち雨が降る」
「雨も水です」
「おお、それは怖い」
雨よりはマシだと、海賊は、渋々お風呂に入ることにしました。
眼帯と鉤爪をはずして、ガラガラッとお風呂のドアを開けると、誰かが先に入っています。
「おれの風呂に入ってるやつは誰だ?」
相手は後ろを向いています。
海賊は肩に手をかけました。
「おいってば」
「う、ら、め、し、や〜」
振り向いたのは、のっぺらぼう。
「ちょうどいい。おまえ、一緒に入ってくれないか」
「ぼくのこと、怖くないの?」
「おばけが怖くて海賊ができるか」
「なあ〜んだ、がっかり」
のっぺらぼうは、お風呂を出ていきました。
「あ、待ってくれ。ひとりにしないでくれ」
お風呂の中でひとりぼっち。
海賊にとって、これほど怖いことはありません。
すると、ザバザバザバァッと、お湯の中から大きな亀が出てきました。
「ありがとうございます。おばけが怖くて、水の中に隠れていたんです。お礼に竜宮城にご招待します」
「嫌だ。竜宮城は水の中だ。そんな怖いところにはいけない」
「そこをなんとか。乙姫さまもお待ちです」
「絶対に嫌だ」
「竜宮城に行かないと、汗でベタベタします」
亀はガバァッと口を開けて、海賊を飲み込んでしまいました。
着いたのは、竜宮城。
きれいなドレスの乙姫さまと、タイやヒラメが舞い踊っています。
「なんだ、竜宮城ってのは、亀のお腹の中にあったんだな」
乙姫さまは、スカートの裾をチョイとつまんで、恭しくお辞儀をしました。
「おいでくださいまして、ようこそだわ。わたし、いっぺんでいいから、本物の海賊を見てみたくて、海の底に住んでいたのよ」
「早く帰してくれ。おれは水が怖いんだ」
「まあ、大変ですこと。それなら、玉手箱を差し上げるわ」
と、小さな小さな箱をくれました。
「こんなもの、いらん。じいさんになってしまう」
と、返そうとしましたが、乙姫さまは蓋を開けてしまいました。
モクモクモクと煙が出てきて、まわりが見えなくなりました。
「決して、箱を閉めてはなりませぬ、ですわよ」
遠くで乙姫さまの声がしました。
海賊がようやく目を開けられるようになると、そこは砂漠の真ん中でした。
「うえー、暑い。誰か水をくれ。喉が渇いてたまらん」
すると、空がたちまちかき曇り、雨雲がたちこめて、真っ暗になりました。
「こりゃありがたい。雨だ」
ところが、降ってきたのは雨ではなく、アリでした。
黒い雨雲に見えたのは、アリの大群だったのです。
アリは、激しく降って、瞬く間に砂漠を覆い尽くしました。
アリたちは、地面に落ちると、先を争うようにして、玉手箱の中に入っていきました。
「うへえ、こりゃたまらん。水はどこにいったんだ」
「君は水が怖いって、いってたじゃないか」
一匹のアリが立ち止まっていいました。
「飲むのは平気なんだ」
「君は亀に飲まれたんだよ」
というと、アリは玉手箱に入りました。
「こんなものがあるからいけないんだ」
海賊は玉手箱の蓋を閉めました。
すると、箱に入りきらなかったアリたちが、全部水滴に変わりました。
たちまち砂漠は海になって、海賊は溺れそうになりました。
「アップアップ。助けてくれ。水を飲んでしまう」
「大丈夫よ。のっぺらぼうには、鼻も口もないんだから、水は飲まないわ」
と、乙姫さまの声が聞こえました。
見ると、乙姫さまはのっぺらぼうでした。
「え、じゃあ、どうして君は喋れるんだ?」
「そ、それは、秘密ですわよ」
乙姫さまは、向こうを向いてしまいました。
「待ってくれ」
海賊は乙姫さまの肩に手をかけました。
振り向いた乙姫さまの顔には、目や鼻や口が。
「見〜た〜な〜」
「うわぁ、で、出た!助けてくれ〜」
そのとき、ガラガラッとドアが開いて、子分たちが入ってきました。
「親分、大丈夫ですか!?」
気がつくと、そこはお風呂の中でした。
「親分、ちゃんとひとりでお風呂に入れたじゃないですか」
「も、もう二度と、風呂には入らないぞ」