【童話】魔法の絵の具(1982字)
あれはティアがいなくなったときのことだったの。
ティアっていうのは、犬の名前だよ。
わたしが生まれる前からこの家にいて、いつも一緒に遊んでたんだ。
わたし、ティアが大好き。
毛がふさふさしてて、柔らかくって、あったかいの。
ティアの耳の先に鼻をつけてね、くんくんすると、とってもいいにおいがするよ。
ママはくさいっていうけどね。
ママがいうには、ティアはわたしより小さいけど、すっごいおじいちゃんなんだって。変なの。
きっとお昼ごはん食べないから、大きくなれなかったんだよ。
あと、お絵かきするのも好き。
お人形の絵とか、お花の絵とか、ティアを描くのも好きだよ。
大きくなったら、わたしは絵描きさんになりたいな。
あるときね、しばらくティアはお医者さんに行ってたの。
そしたらね、ママがこういったの。
ティアはもう帰ってこないのよって。
えっ、なんでって聞いたら、ママはね、ティアはお空の上に帰ったっていうんだ。
だってティアのおうちはここでしょっていったんだけど、わたし、びっくりしちゃった。
本当は違うんだって。
お空の上には犬の国があって、ティアはそこから来たんだって。
わたしが寂しくないように、先にこの家に来てくれてたんだそう。
そうだったんだ。
どうして帰っちゃったのって、ママに聞いたら、わたしが大きくなったから、ティアはもう寂しくないと思って、帰っちゃったんだっていうの。
えっ、そんなことないよぉ。
それで、わたしはね、お外に出て、お空の上を見上げたの。
犬の国って、どこかな。
あの大きな雲の上かな。
ティアがひょっこり顔を出すかな。
でもね、どこを探しても、ティアは見つからなかったんだ。
夜になっても、まだ窓からお空を見上げていたの。
ママは、もう寝なさいっていったけど、わたし、いつもティアにおやすみいってたんだもん。
そしたらね、星がキラって光って、何かがわたしの目の中に降ってきたの。
じわじわじわって、目が熱くなって、何かが溢れてきたんだ。
ううん、泣いてないよ。
そうじゃなくて、これはティアからの贈り物だったんだ。
わたしがあんまり悲しむものだから、ティアがお空の上から魔法の絵の具を送ってくれたんだよ。
これを使っていつものように、絵を描いてって。
だからね、わたし、さっそくティアの絵を描いたんだ。
そしたらね、びっくりだよ。
絵の中のティアが、こっちを見て尻尾を振ってるの。
目を丸くしてたら、ティアが画用紙から飛び出してきたんだ。
ティアったら、嬉しそうに、わたしに飛びついて、顔をペロペロするのよ。
なあんだ、ティアも寂しかったんじゃない。
お空になんか、帰らなくてもいいんだよ。
わたし、嬉しくなって、ティアの首に抱きついちゃった。
その日はティアと一緒に寝たんだ。
ママはダメっていうけどね。
ティアの背中って、とっても柔らかくて気持ちいいんだ。
それからね、わたしはいつも魔法の絵の具で、ティアの思い出を絵に描いたんだ。
ティアがゴロンっておへそを出したときとか、耳の後ろをかいかいしたときとかね。
いつもティアは、尻尾を振って出てきてくれるんだよ。
すごいでしょ。
だって、これは魔法の絵の具だもん。
ティアに会いたくなったら、いつでも魔法の絵の具でお絵かきすればいいんだ。
でもね、だんだん魔法の絵の具が少なくなってきたの。
あんなにいっぱいあったのに、今はこれっぽっち。
ティアの絵がうまく描けなくなっちゃった。
なんだか、ティアがだんだん遠くに行っちゃう気がする。
ねえ、ティア。もっと魔法の絵の具をちょうだいよ。
そんなある日ね、幼稚園から帰ってきたら、ティアがいたの。
あれ、わたしまだお絵かきしてないよって思ったけど、ティアじゃなかった。
ティアにそっくりだけど、ティアよりずっと小さい。
それに、ティアはわたしを見ると尻尾を振って近づいてくるのに、なんだか怯えたようにわたしを見てる。
するとママがいったの。
この子はね、エミィっていって、ティアの代わりに来てくれたんだよって。
エミィもそのうちお空に帰っちゃうのって聞いたら、やっぱりそうなんだって。
でもずっと先。
わたしが大きくなるまで、家にいる予定なんだってさ。
でも、どうしても用事があるときは、それより早く帰らなきゃいけないんだって。
ママは、そのことはちゃんとわかってねって、いうんだけど、平気だよ。
わたし、わかっちゃったんだもん。
エミィが魔法の絵の具をたくさん持ってきてくれたってこと。
ほら、もう溢れてきちゃった。
エミィ、こんにちは。
急いで帰らなくてもいいからね。
ゆっくりしてってね。
わたし、お絵かきが上手だから、どれだけ思い出作ってもいいよ。
だから、いっぱいいっぱい思い出作って、いっぱいいっぱい笑わせて、ね。