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ジュ・テーム

もうそろそろ、この話をしてもいいと思う。
人生はいつまであるかわからないから。

女友達のC子は、熟女となった今も美しくユーモアとバイタリティに溢れている。
好奇心旺盛な彼女は、性に関しても貪欲だった。とりわけ20代の独身時代は。
私は彼女のあまたの体験談を文字通り鼻息荒くして聞いたものだ。
そのひとつ。

渋谷で働く美女C子は、少し年上の素敵な男性と出会った。仕事を終えてデートの夜に向かったバーで、彼の好きな映画の話を延々と聞かされた末に猛烈に口説かれ、ホテルへ。

経験豊富な彼女、初めてベッドインする映画オタク男子の愛し方に少々上から目線の興味があったが、それはそれは紳士的かつ情熱的で申し分ないものだった。
ふたりはめくるめく時を過ごしクライマックスへと向かう。

「…テーム」
「?」
彼の熱い息と共に洩れる聞き慣れない言葉に、ふと我に返るC子。
しかしここで聞き返すのは野暮というものだ。
「…ジュテーム」

ジュ・テーム、フランス語で「愛してる」だ。
とまどいながらもC子は、見た目も言語も上から下までザ・日本人の彼が放つ異国の愛の言葉と情熱の荒波に身を任せる。

「ジュテーム、ジュテーム…」
彼は一段と激しくなり、それに伴いジュテームも加速する。

「ジュテーム、ジュ、ジュテーム…」
にわかにこみ上げる何かを力ずくで脳内から追い出し、C子は目をつむり己の肉体の感覚に集中した。

「ジュテーーーーーム!」

十何回めかのジュテームで彼は華麗に終わった。

そして、あんなに燃えたはずのふたりの情事だが、繰り返すことはなかった。
C子のほうから遠ざかった理由はやはり「ジュテーム」の違和感だという。
よくある日本語の行くだの行きそうだのという情報共有というか状況確認なしにジュテーム一本で駆け抜ける彼のスタイルは、やはり特殊すぎたのだろう。

C子は言う。彼は何も悪くない、と。
「だけど、きっと二度目は笑ってしまうから」

涙をぬぐいながら、私は尋ねた。
「やっぱりフランス映画の影響よね?ゴダールとか。ジュテーム・モワ・ノン・プリュ?きっとあれが大好きで…」
「いや、すごい数の映画観たらしいけど、観た映画の話、全部ハリウッドのだった。全部私も知ってるやつだったし。フランス映画の話一個もしてなくて。だからなおさらびっくりした」

この話を初めて聞いた時、私は「嘘でしょ、ゼッタイ噓だよ」と言い続けたが本当に本当らしく、何度聞いても(何度も聞くなよ)同じ内容なのでやはり真実に違いない。
謎は解明できなかったが、彼には今もどこかで元気にジュテームしていてほしい。
だって愛し合うふたりに型通りのコトバなんていらないだろう?モナムール。

fin.

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