Bitter Coffee【1話 再会】
「じゃあ、行って来るね。」
「行ってらっしゃい。今日は遅くならないよね?」
「うん、いつもと同じくらいかな。」
いつもの朝の光景が、今日も訪れる。
会社員の夫と小学生の息子を持つ染山茜は二人を送り出し、朝食の後片付けを済ませる。
週の半分はスーパーの早朝品出しのパートをしている。今日はパートが休みの日。何をして過ごそうかまだ迷っていた。
「たまには美味しいものでも食べに行こうかな。ちょっと遠いけどあのオシャレなカフェにするか。」
行き先が決まり、時計を見ていそいそと出掛ける準備をする。
ササッと化粧をして、いつもより少しだけおしゃれをして、玄関のドアを閉めた。
カーナビで行き先をセットすると、目的地までの時間は約50分と表示される。
カフェの途中で立ち寄れる店を携帯で検索し始める。
「あっ、そういえばCMで北海道物産展やってたわ。確かあそこでやってたよね。」
カーナビの目的地を変更し、先に物産展に寄ることにした。
20分ほど運転し、最初の目的地に着く。
広々とした店内は既にお客さんで賑わっていた。
会場には有名なお店がズラッと並んでいる。
甘いものが好きな茜は、早速チョコレート売り場に向かう。
(あーこれ、前から食べてみたかったやつだ。バレンタインも近いし二人にも買っていこう。)
だが、このチョコは有名なブランドとのコラボ商品。茜にとっては高級品のため、とても夫と息子の分は買うことが出来ない。自分へのご褒美として後でこっそり食べることにした。
せっかくだから、とカゴにどんどん気になる商品を入れていく。気付けばカゴいっぱいになりそうな位だった。
会計時に保冷剤を入れてもらう。満足な買い物が出来た茜は上機嫌でカフェに向かった。
「ここだ。えーっと、駐車場はどこだろう。」
キョロキョロと駐車場を探すが、カフェの前には駐車場が無さそうだ。
カフェから少し離れた所にあった有料駐車場を見つける。
「少し高いけど仕方ないか。」
車を停め、歩いてカフェに向かった。
カランカラン
綺麗な鐘の音が鳴り響く。
「いらっしゃいませ。」
この店の店主が笑顔で出迎える。
「こちらへどうぞ。」
席に案内された席は、左の一番奥側だった。
(コーヒーの良い匂い。いい雰囲気だし落ち着く店だな。来てよかった。)
店内には先客が一人、背中を向けて座っている。
ちょうど男性客の背中を見るように、向かい合った二人がけの椅子に座る。
気になったのは、ランチセット(パスタ、ミニピザ、サラダ、コーヒー付き)で、今日はほうれん草とベーコンのクリームパスタらしい。
「すみません。」
店員が気付き、メニュー表を持って茜の所に来た。
「はい。」
「ランチセットを一つお願いします。」
「はい。コーヒーはいつお持ちしますか?」
「えーと、食後にお願いします。」
「かしこまりました。少々お待ち下さい。」
店内にはクラシックが静かに流れている。
心地よい雰囲気に、茜はすっかり気に入ってしまった。
ガタッ
男性客が伝票を持ち立ち上がる。
レジに向かう途中で茜と目が合い、二人は何かを確かめるようにお互いの顔を見つめる。その数秒間、時が止まったように感じた。それは不思議な感覚だった。
「え……茜?」
「健太?…何でここにいるの?」
「茜こそ…」
次の言葉がうまく出てこない。
健太と会うのは高校卒業以来の20年ぶり。
もうすでに遠い記憶で、所々しか覚えていない。
あの事を除いては…。