沼の淵。【再会②】
彼は駅から少し離れたマンションに一人暮らしだった。
殺風景な部屋には必要最低限のものしかなかったし、女の影もなさそうだった。
彼との2回目のデートであっさりと家に来てしまった。私が独身なら2回目のデートではちょと早いだとか色々葛藤もあったかもしれない。
でも私にはそんな呑気な時間もない。少しでも女として女でいられるうちに女の楽しみを味わっておく必要がある。もし明日死んだら、『ああ。こんなことなら彼とキス以外もしておいたらよかった…』なんて思うのが嫌だった。人生は一度きりだ。そう考えれば大体のことはそれで片付いた。
居酒屋の帰り道で、知らない人の家の前でキスをしてすっかり盛り上がってしまった私達は、彼の家に向かうことになった。
しかし、その前に彼に伝えておかないといけないことがある。重大な事実を伝えなければ。
「…あの。ナツキあのね…。このまま家に行く前に話しときたいんだけど…」
その日は女の子の日だった。
我ながらなんてタイミングが悪いんだ。でも、女の子の日だから2回目でヤッてしまうという既成事実は回避できるのもありがたかった。
それに、この爽やかで紳士な彼の真実の顔が見れるかもしれない。女の子の日ならまたにしようって、追い返される話はよく聞く話だ。化けの皮が剥がれるなら、それはそれで心の準備もできる。どっちに転んでも悪くない。そんな思考を巡らせて、自分の中の崩落しつつある貞操観念を維持しようとした。
彼は私の渾身の告白をあっさり。
「そうなんだ。大丈夫だよ。今日はこのまま一緒にいたい」
私が求めてた100点の台詞だった。
彼が「おいで」と言って手を引かれ、気温の下がっているまだ寒い部屋の中で抱きしめあって暖をとった。さっきの続きのキスを夢中でした。もうこんな風な気持ちで誰かとキスをすることもないと思っていたから、夢か現実かもわからなかった。
ただキスをして抱きしめあって。
気づけば2時間は経過していた。時間の概念が無くなるくらいにキスだけしてるなんて。こんな人に今更出会えるなんて、人生はわからない。