2.生理前のヒステリーに少女漫画の夢を見るな
生理前の苛立ち、多くの女性はこの文言だけで何もかも察してくれるだろう。妙齢を過ぎた女性は特に。若い頃は体の不調とだけ戦っていればよかったが、この、メンタルの…メンタルの…。なんと例えればよいのだろうか?
恨み、妬み、辛み…女の苦しみを煮しめたような、荒波のような、乱気流のような、自分が獣になったような、真っ黒なタールが胸の奥底でグツグツと熱せられているような?
とにかく、ろくなもんじゃない。酷いものだ!女性に産まれたばっかりに、子どもを産み落とす役割を担ったばっかりに、毎月この苦しみを背負うはめになるのだから。
わたしの場合、みなさんもきっとそうだと思うが、生理前の苦しみが始まると、最悪のケースだとヒステリーを起こしてしまう。胸の内に溜まりに溜まった不満が爆発してしまうのだ。
主に相手は旦那。旦那、ごめんな。でもあなたへの不満がない時は、生理前の不満は、ただ「理由のない不安や焦燥感」で済んでいるんだ。あなたがわたしを寂しくさせなければ、こんなに苦しまずに済んでいるんだから仕方ないんだ。むしろ普段の私の黙っていてあげる優しさに感謝してほしいものだ。…とまぁいつもこういう思想に至ってしまう。
わたしは、本当に大雑把な性格なもので、この定期的に自分の内から溢れ出るヒステリーが、生理前のホルモンバランスの急変からもたらされるものだと、ちっとも気が付かずに苦しんでいた時期があった。
ちょうど、上の子が幼稚園を転園して、下の子が産まれたばかりの頃だ。上の子が転園したのは、旦那の転勤に伴う引越しのためだった。もっと言えば、それはコロナ流行の真っ只中のことであった。
あの頃のわたしはいつも気を張って切羽詰まっていた。見知らぬ土地に上の子を転園させた引け目もあったし、下の子はなかなか体重が増えず毎日通院する時期もあった。その上、コロナ流行で世の中はどこか陰鬱としていて、わたしはほとんどの時間を家に引きこもって過ごすしかなかった。
思い返せば、あの頃のわたしは本当にかわいそうだった。子ども達の世話にはいつもプレッシャーを感じていた。ママ友とも思ったように関わりを持てず、旦那は仕事で忙しく、いつも寂しかった。そのせいか生理前には無自覚なままメンタルが荒れに荒れて、ヒステリーでどうにかなりそうだった。
旦那はわたしのヒステリーを受け止めてくれなかった。近所迷惑になるから静かにするように注意するだけで、わたしの苦しみを受け止めようとしてくれたことはなかった。その事実がわたしをますます苦しめた。精神的に苦しんでいるのに、生涯のパートナーが支えてくれないことに耐えられなかった。
今思えば、仕方のないことだった。あれから4年は経っただろうか?わたしが毎月規則正しく生理を迎えていたと仮定すると、実に48回は生理期間を旦那と共にしてきた。旦那には何回も生理前の苦しみを説明したし、ヒステリーを起こすたびに「ちゃんと向き合ってほしい」と訴えた。
ヒステリーではあっても、なんというか、実のある不満を訴えているつもりだからだ。わたしの扱いがあんまりじゃないかとか、子育ての当事者意識に差がありすぎるとか。なんなら今でも訴えている。しかし、そろそろさすがに気がついてきたが、もう、無理なのだ、無理なものは無理。本当の意味で苦しみが他者に理解されることなんてないのだから。
現在のわたしが思い返している、「ヒステリーが酷かったあの頃のわたし」の苦しみでさえも、わたしは私の内に再現することができない。辛かった記憶はあるが、どんな程度にどんな具合に辛かったかを、その感覚をぴったり思い出すことはできないのだ。自分の中でさえ、ちょっとした時間の隔たりがあるだけで苦しみの共有はできない。まして、自分と他人の間で、苦しみを共有することなんて到底できないことなのだろう。
それに気がついてからは1年は経ったろうか…最近のわたしは図太くなってきて、生理前の苦しみを小脇に抱えたまま、旦那を正座させ懇切丁寧にわたしの取り扱い方法を説明できるようになってきた。いやいや、他人に苦しみの共有は無理と言っていたじゃないかと。そう、そんなんですよ?絶対無理。まして男にゃわからん、わかってたまるかぐらいは思うようになってきた。
ただやっぱり、それで単に諦めていると腹の虫が収まらないのだ。わたしの場合、これはみなさんに共感してもらえるかわからないが、精神的な苦しみをしっかり抱き止めてもらえることが、何にも勝る愛情表現だと夢見ているのだ。だから旦那にこんこんと説明する。
いいかい、温厚なわたしがこんなに怒るなんて、だいたい問題の根本は「寂しい」に決まってるんだから、あなたが怒られることが嫌いで、わたしのヒステリーとまともに向き合えないことは重々承知しているから、だから、もうポーズでいいから、わたしが怒っていることに慌てふためいてみせて、私の小言を受け止めながら謝ってくれればいいんだ、と。
これももう、飽きるくらい旦那に言い続けている文言だ。この文言をすらすら画面に打ち込んでいる自分に少し引いてしまった。旦那は毎度「わかった」といい返事をする。毎度、毎度だ。本当にいい人なんだか、調子がいい人なんだか。
結局わたしはロマンチストなのだろう。毎月襲い来る生理の苦しみを、いつか旦那が鮮やかに受け止めて、わたしの荒み切った心を一瞬で潤してくれる…みたいな、少女漫画みたいな瞬間が諦められないのだ。
ま…生理前の苛立ちがヒステリーまで進化してるのは、だいたい旦那の日頃の行いに起因しているとは思うのだが…。冷静に考えるとおかしくない?という所も少女漫画的と言うことで…。
実はついさっきも生理前ヒステリーで旦那に突っかかった。旦那はわたしのヒステリー説教と対峙することを避けに避けたが、最後はとうとう捕まってしまった。わたしに詰められた旦那は、今回の問題に謝罪し改善を約束してくれた。わたしは話の最後にまた、嫁がヒステリーを起こしそうな時の明瞭な取り扱い説明をして、旦那はまた「わかった」と言った。
…そろそろ手が出そうだが…わたしの夢に旦那を付き合わせているだけだしな…。夫婦喧嘩なんてどっちもどっちなのはわかっているつもりだが、こんなに明確に求めている愛情表現をもらえないこっちの身にもなってほしい。そしてこんなにコミカルに病めるようになったわたしの図太さにも感謝すべきだ。
旦那にはそろそろ、生理前嫁の扱い方法がわかるリーフレットでも作って渡してやろうかと思っている。リーフレットが完成した暁には、共感してくれる全婦女子にお配りしたい。
ライライ