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SIGMA BFという奇蹟
SIGMA BFの情報をネットで見たとき、本当に驚いた。まさか日本のメーカーからこんなカメラが出てくるとは思わなかったのだ。
SIGMAは既にFPおよびFP Lというかなり尖ったカメラを出している。だから、BFのようなカメラを出してくるのも想定内だ、という方もいるかも知れない。だが、自分はそうは思わなかった。FPシリーズにはBFのようなシンプルさはない。むしろいろいろな意味で煩雑なカメラ、という感じがする。それは対応オプションの多さとか、独特の操作系などに現れていると感じるのだ。これは欠点ではなく、この煩雑さこそがFPの魅力だと思う。
しかしこのBFというカメラは、美しいまでの静謐さを湛えている。このカメラより性能のいいカメラ、使い勝手のいいカメラは山ほどある。にも関わらず、このカメラは一部の人達を強烈に引き付ける魅力に満ちている。連写性能やダイヤルの有無、AF速度などのスペック面を重視する方々にはまったく響かないカメラだろう。だが、カメラを持って歩き、撮影をするという体験自体を重視する方々には、あっというまに刺さるカメラだと思う。こうした力を持ったプロダクトは、日本から出てくる可能性は極めて低いと思っていた。特に昨今の、ちょっと冒険した途端にインフルエンサーにボコボコにされるような風潮の中では、メーカーもチャレンジがしにくいだろうとそう思っていたのだ。
しかしSIGMAがやってくれた。そもそもが、日本のメーカーの中でここまで世の動向やインフルエンサーのコメントに左右されないメーカーも珍しい。やられてみれば「そりゃSIGMAだもんな」と納得もするのだが、やられる前は想像すらできなかった。すごいものが出てきた、という興奮を隠せないまま、いまこうして文章を書いている。
例えば、自分はズームレンズを使いたいと思う人間だが、BFを見てしばし考えて、このカメラにズームレンズは無粋だろうとあっさり宗旨替えした。F値やシャッタースピードはダイヤルで直接弄りたい方だが、この美しいデザインを前にして「メニューから選択?はいはい、私の手間を少し増やせばいいんですね。お安い御用ですよ」などという気になっている。この筐体に一個でも余計なものがついていたらぶち壊しなのだ。自分のスタイルを変えてでも、持ち歩いて共に旅をしたい。このカメラは、そう思わせてくれる力に満ちている。
昨年、LUMIX S9を見たときには、これを買う、とここにも書いた。しかし実際に20-60のキットレンズとのバランスを見ると、いまひとつ踏み切れない自分がいた。18-40が出て解決するかと思いきや、今度は望遠側の焦点距離の短さが気にかかる。ハイブリッドズームを使っても、自分の使い方では60までしか伸ばせない。ああ、俺みたいな人間はこのカメラが想定しているユーザー層に含まれていないんだ、ということを理解すると、S9に対する熱は少し冷めてしまった。その後、G100DやTZ99、初代のZV-1や先日発表されたOM-3など、様々なカメラの購入を検討したけれども、どれも決定打に欠けた。どうしても、購入に踏み切れないような大きな引っ掛かりをどのカメラにも感じてしまったのだ。
しかしそこに、BFが現れた。このカメラも、スペックだけを見れば引っかかる点は多い。特にLマウントにパンケーキレンズがほとんどないというのは致命傷とも言える。にも関わらず、そうしたことが引っかかりすらしない。それよりも、想像しただけで、このカメラを持って歩くことの虜になっている。価格を考えるとおいそれとは買えないのだが、やっとこういうカメラが出てきてくれたのか、ということに感謝すると同時に、実際に自分が満足するカメラってのは自分が想像していたものとは随分違うなあ、と呆れもした。ファインダーがない、ズームがない、パンケーキレンズがない、そこそこでかい、今までの自分であれば避けたであろう要素が並んでいる。だが、それが気にならない。そのことに自分自身で驚くとともに、「SIGMAすげーな」という想いを新たにしている。
今までの人生の中で、ぱっと見で我慢できずに衝動買いしたのは、大学時代に購入した初代iMacだけだ。就職活動にPCが必要とのことで、だめ息子だった自分は親のクレカを借りて秋葉原に行き、ベージュ色のWindowsPCを買うつもりだったのが、店頭で見たiMacに惚れ込んでしまいそのまま買ってしまったのだった。実物を見て「こりゃしょうがない、買うわこれは」と笑ってくれた母には今でも感謝している。それ以来の衝撃度。何度もいうが、自分が生まれ育った国からこんな製品が出てくるとは思っても見なかった。とても嬉しいことだ。シルバーのモデルと、45mm、90mmのシルバーレンズを携えてバンコクあたりを旅することを夢想しながら、今は発売を待ちたい。