ペーパークリップ

 岡山駅でのぞみからこだまに乗り換え東京から約4時間、三原で新幹線を降りてまず向かうのはお土産売り場だ。文房具コーナーに足を踏み入れて一通り見渡してみたが、2か月前に東広島に来ていたこともあり目当ての品は見つからなかった。まあ、このくらいはいつものこと。大して落胆することもなく、そのままタクシーに乗って今日の宿になるビジネスホテルに向かった。明日は朝一から昼過ぎまで仕事をして東京に帰ってきたら直帰していいと上司に言われていたので、夕方にいくつかのお店を回る余裕くらいはあるだろう。だから今日焦る必要はない。明日の仕事に備えて早めに寝ることにした。夕食を済ませシャワーを浴びて、就寝時刻は23時。いつもよりもかなり早かったが、明日の夕方に向けてコンディションを整える必要を考えれば妥当な時間だった。

 前日セットしたアラームは使うまでもなく、6時半に目が覚めた。冷蔵庫に入れておいた缶コーヒーを開けて、机につく。机上には今日の出張のために持ってきた書類が数束置いてある。順に目を通して今日の段取りを確認していった。一通りこれからの想定をし終えたところで、書類を留めていたホチキスを一つずつ外していった。ホチキスを取った書類は混ざらないように束にして縦横交互に重ねておく。全て取り終えたところで、机のわきのブリーフケースから缶を取り出した。缶の中はさらに小さな箱で仕切られており、それぞれの箱にはペーパークリップが入っている。様々な色、素材、形のクリップが詰まっている。今日のクリップは何にしようか。上司から聞いていた取引先の人柄や社風を思い出しながら、いくつかのクリップを取り出してホチキスの代わりに付け直した。

 半日の仕事とはいえ、ずっと座って話し通しだったため、ビルを出た所で無意識のうちに大きな伸びをしていた。これで広島での仕事は終わりだ。今朝付け直したクリップは先方にも好評で、初対面ではあったが早々と打ち解けた雰囲気で打ち合わせを進めることができた。やはり少し変わった形のものを選んで正解だった。同じ形のものはもう2つしか残っていないので、東京に帰ったら駅の文具屋に寄って買い足しておかなければ。帰ってからの楽しみが一つ増えてしまった。しかし今大事なのはここでの楽しみだ。事前にマップでピンを立てておいたお土産屋、雑貨屋、文具屋、書店、ホームセンターを確認して、現在地と交通費と閉店時間から回る順番を考えた。ここからは時間と体力との戦いだ。交通費を節約するためにもできるところは徒歩で回ることになる。朝に立ち寄ったコインロッカーで革靴をスニーカーに履き替えて出発した。

 時刻は19時。チェックしておいた店はすべて回り終え、余裕をもって東京に帰ることができそうだった。東京行きの新幹線に乗ったところで今日買った紙包みをテーブルに並べた。広島ご当地色のあるものは前回来た時に買っていたが、今回は今回でいくつか見たことのない形のペーパークリップを買うことができた。また、今回使い切ってしまったクリップも見つけたので購入しておいた。ペーパークリップは日本のどこでも買うことができるが、一つひとつ見ていけば様々な創意工夫を見ることができ、使っていて楽しくなるものや、使わずに飾りたくなってしまうほどかわいいもの、逆にシンプルな形でデザイナーの使用者に対する細かな気遣いを感じることのできる使いやすさのものまでいくつ集めてもきりがない。
 今日の戦利品は数こそ少ないがどれもそれぞれの個性があって粒ぞろいだ。こういう地方で手に入れたものは補充が難しいが、使うとしたら誰に渡そうか、それとも自分のために使おうか考えるだけでワクワクしてくる。

 そんなふうにして使う場面をあれでもないこれでもないと取り留めもなく考えると、自分の髪に違和感を感じて手でかきあげた。家に置いてきたはずのお気に入りのクリップが付いてきてしまったようだ。改札を出て会議室に入る。今朝クリップの付け替えをし忘れたと思ったら、いつの間にか書類のホチキスはとれて、ずってほしいと思っていた高級クリップに入れ替わっていた。金箔が艷やかに光を反射していて、使ってしまうのをもったいないなと感じた。
 今日の打ち合わせの相手は30後半のいかにもなおじさんという風貌で、白髪交じりの頭を撫でながら快活そうな笑顔で会議室に入ってきた。書類に目を落とすなり「いやあ、このクリップ面白いねえ。こんなクリップ初めて見たよ!」とお褒めの言葉を頂いた。誇らしさで頬が緩んでしまうそうになるのをこらえながら、「ですよね、こういうの見付けるとつい買っちゃうんです。」と返した。その後もクリップのおかげで打ち合わせは和やかな空気の中進み、クリップは今日も仕事に大きく貢献してくれた。充実した仕事を終え会議室を辞したーーーー

 私は新幹線の座席に座っていた。新幹線は東京駅のプラットフォームに滑り込もうとしていた。

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