なぜキャリアシフトしたのかを改めて振り返った #2
元バリキャリの外資ママが、がむしゃらで鎧バリバリの『ワークワーク(+ほんのちょっとライフ)』生活から一転、コーチングと「はたらくとは、幸せをつくりつなげていくこと」をテーマにコミュニケーション・組織変革を仕事にするようになったキャリアシフトについてつらつらと、書いてみています。前回はこちら。
前回書いてみて思ったこと。(こういうちょっとした振り返りからの概念化。経験学習で大切なこと!)
1. 長い。 → 今後改善。
2. 「ワタシはこうだった」は実は思い込みの1ページでしかないことに気づく。 → 改めて棚卸ししなきゃなと思うとともに、思い込みを手放すコワさもある。→私ただのヘタレだったかも?に気づいてしまいそうな怖さ。
人間って本当に思い込みの生き物。じゃあどうせなら、いいように解釈を再選択していくっていうのもアリなのかも。
アドラー先生も「ライフスタイルの再選択」そう言っています。この話はまたどこかで。
バブルなイギリスでMBA留学 → 幸せを考える
本テーマ、「キャリアシフトを考える」に戻ります。
2007-2009年まで、イギリスのロンドンとバース(Bath: かつてローマ人がお風呂をつくったのでBathです。そのまま)へ行きました。
イギリスを選んだのはこんな理由:
・もともとヨーロッパが好き(歴史ある建築・文化)
・英語圏で学びたい
・経済の中心地で学びたい
・けど、ずっと街にいると集中できないかも(そこでLondon近郊のBath MBAに)
事前に下見しても、公園が多くて住みやすそうなLondonがすっかり気に入り、もう日本戻らないつもり、仕事も現地で探すぞ!Financeにいっそのことキャリアを変えよう!と思い意気揚々と真冬のロンドンに降り立ちました。やっぱりサプライチェーンから抜けたかったみたい。
当時イギリスはバブル真っ只中。
金融センターであるCityのおしゃれBanker達(大体スーツの裏地が紫、ピンクのネクタイ)は、週末に高級スキーリゾートのシャムニーに滑りにいくとか、スペインとかポルトガルに別荘を買うとか、そんな会話が飛び交っていました。
1ポンドが270円(今は約140円)の時代。
ランチで大体4,000円、スタバ トールで800円。。
日本円を持ってきて暮らしている学生には何かとひもじいこと。
恵比寿・青山界隈で毎日を謳歌していたアラサー女性にはなかなかのチャレンジ。といってもそこは高めの環境適応能力で、それならそれで、雑貨や花といった「住環境」を充実させる作戦で楽しい学びと暮らしを始めました。
だんだん長くなる日。
暖かくなるにつれ、緑が美しく、季節を楽しむ人々に紛れる中でふと感じたことがありました。
日々の中にある、幸せ。
それでも何だかとっても生きやすい。暮らしやすい。
私らしくいられている。
そんなことに気づいたのでした。
続く。