2023上半期レビュー*
もうすぐ梅雨も明けるので、今年2023年にリリースされたアルバムから、よく聴いたものを振り返ります。現在ヘビロテ中は Sigur Ros「ATTA」。時系列どおりなら、本稿のラストは「ATTA」になるでしょう。なお、本稿をアップするまでに約一ヶ月のタイムラグがあります (2023.6.24.現在)。
Fred Hersch & Esperanza Spalding
Fred Hersch & Esperanza Spalding で明けた今年は、このアルバム「Alive At The Village Vanguard」から。かの有名ジャズクラブでのコラボ・ライブですが、 Spalding はヴォーカルのみの担当でベースは弾いていません。いわば Fred Hersch のイニシアティブによる演奏。それがまたシンプルかつクリアーで、とてもイイです。ピアノの音の粒立ちがくっきり力強く、アトホームな会場の雰囲気も身近に感じられます。なにより Spalding の肩の力の抜けた歌いっぷりが、透明度の増した Iva Bittova みたいで自由奔放、なかなか味わい深いです。
「Alive At The Village Vanguard」★★★★☆
Maneskin
1月末にはようやく Maneskin の「Rush!」が出て、ひたすら吟味。久々にロックの若々しさを感じさせてくれるバンドですから。2010年代はロック受難の時代だった、みたいな言説が流布しているせいか、昨今のロッカーたちはかえって恵まれた環境にあるようにも思います。みんなで若手を育てなきゃ、ってコンセンサスがね。ただ、ぼく的には 20年周期で似たような動向が繰り返されてきた既視感があるもので、はい。Maneskin、なにも悪くはないのですよ。しかし、微笑ましく見守るのと真の新しさを見つけるのとは全然ちがいます。期待感も込みでひとまず合格かな、と思ったところへ、2月に届いたのが Paramore の「This Is Why」。これはもう文句なしの傑作ですね、いやマジで。
「Rush!」 ★★★☆☆
Paramore
Paramore は一皮むけたというか、埒外に飛びだしたというか、デビュー当初からの潜在的ポテンシャルがついに物になった、という感じがします。これ、ギタリスト Taylor York のおかげでしょう。前作「After Laughter」でもエスノファンクや80年代ニューウェーブっぽいサウンドを採り入れていましたが、本作ではそれがいよいよ結実してバンドのアイデンティティー足り得ています。カラッと乾いた Sonic Youth を連想させたかと思うと、インダストリアル黎明期の Killing Joke みたいなギターを聞かせてくれたりと、ジジィ(=ぼく) にはインディーズの音をしっかり押さえているところが堪りません。ただの憶測ですが、きっと Taylor はなにかを掴んだのでしょう。はるか遠く John McGeoch に繋がるギターの奥義みたいなものを。
Heyley Williams と Taylor York はプライベートでも深い仲らしいので、いろいろな意味で今後が楽しみです。切った張ったの色恋沙汰は、芸術創作の源だったりしますから (リアルでは地獄かも)。おすすめ★が5個では足りない満点です。10年後も愛聴できるアルバム。
「This Is Why」★★★★★
Melanie Martinez
3月には Melanie Martinez「PORTALS」が、4月には Daughter「Stereo Mind Game」が相次いでリリースされました。ちょうどサブスク時代の音楽ジャンル (Sad Girls Indies) についてなにか書きたかったので、いいお勉強になりました。「PORTALS」は Melanie の「Cry Baby」三部作の完結編ですが、それをはるかに凌ぐデキだと思います。音像も一段とブラッシュアップ、彼女独自の世界観を完璧に築きあげています。なんというか、このまま Sad Girls Indies の枠内に収まるはずがない、といったパワフルな魅力を内側から感じます。マジ推し。
「PORTALS」★★★★★
Daughter
一方の Daughter は待ちに待った 7年ぶりのアルバムということで、弱冠の色眼鏡で見ている節があるかもしれません。基本的には「インディーフォークの音質 & Elena Tonra の天然素材感」は変わらないので、1stを超えるかどうか、で判断は分かれるでしょう。それにしても、この種のサウンドが巷に溢れたように感じるのはぼくだけ? それだけ Daughter の新鮮さも以前ほどは?
「Stereo Mind Game」★★★☆☆
Bloodywood
4月半ばには Bloodywood のチケット販売があり、かなり聴きこんだ最新アルバム「Rakshak」。これ、昨年 (2022年) のリリースなのですが、今回の記事に含めてしまいます。昨年のフジ・ロックから注目していたので、来週のライブが待ち遠しいです。で、アルバムは期待を裏切らない高水準。ヘビメタ + ヒップホップのメタルコア・サウンドに民俗音楽が溶け合い、インドならではのルーツを感じさせる祝祭的リズムが超快感になります。人によっては、メタルコアの、例えばデスヴォイスが苦手だという好みもあるでしょうが、ワールドミュージックの文脈ならまったく気にならない。トルコのバンド maNga が出たときも同様の可能性を感じたっけ。Bloodywood はそれをさらに推し進めた未来像を聴かせてくれます。
おそらく、これから世界の音楽/ロックは maNga や Bloodywood が示す方向に収斂していくでしょう。無国籍ロックか、ワールドミュージックか、この分岐はアプローチするジャンルの拠所次第、みたいな。★4個に留めたのは、まだ未完成の余白/伸びしろを残すため。
「Rakshak」★★★★☆
Altin Gun
同時期に Altin Gun「Ask」もリリースされ、Bloodywood と比較しながらリスニング。一聴して確立されたサウンドに惹きこまれますが、はじめてのリスナーには斬新に聞こえても、デビュー時から知る者とすればあまり変わっていないかも、というのが率直な感想です。まだ 5年のキャリア、これから評価が大きく動く可能性は充分にありますよ。ちょっと保留かな、という意味の★3個。
「Ask」★★★☆☆
Xenia Franca
もうひとつ、昨年リリースで聴きこんだアルバムがあります。SZA がかなりのロングランでチャートを賑わせていますが、ぼく的にはその陰で魅力的なのが Xenia Franca。2nd「Em Nome da Estrela」は彼女の2022年作です。これが実にイイ。いや、デビュー盤「Xenia」も素晴らしいので、いまや Xenia Franca はぼくの再大注目フォロー対象ですね。アフロ・ブラジル音楽の新世代、と言うのは簡単ですが、アフロ・フューチャリズムの体現化、ネオ・ソウルのエッセンス、等々シーンの最先端/時代性がトラッド&ルーツに支えられた豊かな音楽的土壌は、ものすごい可能性を感じさせます。騙されたと思って、とにかく聴いて欲しい。5年後には世界最高の Diva になる可能性を秘めています。
Bloodywood でも述べたように、ワールドミュージックのハイブリッド概念を刷新するタレント。未公開株があるなら全力買いです。
「Em Nome da Estrela」★★★★☆
Cecile McLorin Salvant
上述した大局的/歴史的な世界の均質化、そのジャンル融合 (リフレーミング) のコンテキストでいうと、絶品のアルバム「Melusine」を忘れてはいけませんね。↑ の Xenia が先物買いだとすると、この Cecile は当代最高水準の至宝。昨年の「Ghost Song」もスゲーな、と思ったその熱も冷めやらぬところへ、この新譜ですからね。シャンソン、ジャズ、いずれの範疇で聴いても満額回答の素晴らしさです (言葉本来の定義からハイパー・シャンソンと勝手に命名)。ぼくの音楽的原点には Michel Polnareff があり、シャンソンとは 50年来の付き合いですが、本作は桁違いのジャズとシャンソンのマリアージュです。もちろんそこには、表向き微塵も感じさせない、素材に対する深い読解力 (知性) と表現力 (技術) があってこそ。
フランス伝承のお伽噺をさまざまな時代の雛形で再構築。それをクレオールを含む、差異化されたフランス語で (自身のルーツに絡めて) 歌いあげています。いや、なにも予見を持たず、ただBGMとして聞き流してください。人類の贅沢ってこれかも、と感じるでしょう。
「Melusine」★★★★★
Metallica
Metallica「72 Seasons」も 4月に出ていたと思うのですが、通して聴いたのは 5月になってからです。Haken「Fauna」も、この頃に集中的にチェックしましたね。Haken は今日的プログレのチェックにふさわしいアルバム、すでに定型化したジャンル保護の仕事なのか、革新性を持ちこむ仕事なのか、要はそこが問われますから。で、判断としては「可もなく不可もなく」。他方 Metallica のほうは、期待値が高くなかっただけに予想以上に「エエやん」って感じ。スラッシュ感満載でメタル・テク見本市の側面もあり、アラ還の年齢を思うと拍手を送らないわけにはいきません。
「72 Seasons」★★★☆☆
Saya Gray
Saya Gray の EP「QWERTY」が5月末にリリースされましたが、気づいたのは6月になってから。Sigur Ros にばかり時間をとられ、まだちゃんと聴けていません。試聴した感じでは妙にソソられます。もし良ければ、下半期で採りあげますね (白紙状態の★3個)。
「QWERTY」★★★☆☆
Sigur Ros
そして 6月16日、ついに Sigur Ros「ATTA」がリリース。10年ぶりの新作ですから、いや、もう、本当に待たされましたよ。古くからのフォロワーはご存じでしょうが、ぼくは Sigur Ros のデビュー時からの追っかけで、というよりは保護者みたいな目線でバンドの成長を応援してきたのです。なので、とりあえずは感慨無量、からの、複雑な心境。正直、サウンド的に真新しいものはありません。「Valtali」に近い印象ですかね。
ただ、もう Sigur Ros はポストロックの実験性やらアンビエントの新機軸やらを超越してしまい、ひたすら耳を澄ませた結果だけを提出してきたような気がします。Kjartan が復帰した影響、Jonsi がソロで見せた打ち込みの可能性、Georg (リズム隊) の影の薄さ、いずれもバンドの音楽性は変わっていません。しかし、この10年で変わったのは周囲/世界のほうです。両者の相対関係に生じたズレが、その意識が、本作の評価を左右します。新型コロナによるパンデミック、ロシアの侵略戦争、世界的インフレ、等々しずかに高まる世界滅亡の危機感に晒され、ぼくらには跪いて祈ることしかできないのか、もしそうならその祈りとはどんなものか。Sigur Ros のひとつの回答が本作かもしれません。音楽というより、宗教的な祈り。
だからといって、高尚を気取るわけではなく、音楽的評価から免れるわけでもありません。この祈りは天上感/多幸感とは無縁です。
「ATTA」★★★☆☆
以上、簡単に上半期リリースの新譜 (昨年ぶんも数枚あり) を振り返ってみました。平均すると毎月 2枚のペースでなにかは聴いていました。採りあげた基準はまったく恣意的で、無意識の働きはもちろんあるでしょうが、聴きたいときに聴きたいものを聴いただけ。★5個のアルバムは掛値なしに傑作ですので、是非お試しください。視聴して損はないと……。皆様にとって新しい出会い/音楽のきっかけになれば……。