見出し画像

猫が書きました(事実)

人生と人間について

 人生とは、人間とは何ぞや。
答えを探るために、偉人や尊敬できる人々の名言に耳を傾けて過ごしてみた。

ふむふむ。なるほど。たしかに。そのとおりだ。素晴らしい。

心の中のポッカリと空いたエリアを、輪郭の整った名言のピースが埋めていく。

「そうかあ、人生ってこういうことなんだなあ」

──と、満足感に浸ったのもせいぜい1週間ぐらいのことで……。なんとなくしっくりこなくなったというか、モヤモヤを感じ始めたというか。

 気になって胸の小窓を開いて覗いてみると、ピースで埋まったと思っていたところに、わずかに隙間ができていた。

「あらら、これか、モヤモヤの原因は」

どうしようか。名言のピースは大きすぎて入らなそうだし。うーむ。

 そうか、よし。だったらダメもとで、全く別のことに耳を傾けてみよう。

名言ではなく、愚言。愚者の愚言。

SNS、動画配信、ゴシップ誌、身近な愚か者のつぶやき……。ありとあらゆる愚言を探し聞き耳を立てた。

 うーむ、まさに愚言だ。幼稚で、下品で、粗暴で、くだらない。役に立たない言葉たち。もう集めるのはやめよう。

 と決意したはずなのに、無意識に愚言を探し、時折、心から笑ってしまうこともあった。

「あれ? そういえば、あの隙間どうなったかな」

再び胸の小窓を開いて覗いてみた。すると……。

隙間はきれいな名言のピースではなく、ドロドロの愚言スライムが入り込んで、隙間は見事に埋められていた。

「そうか。人生って、人間って、そういうものなんだなあ」と思った。


という話を年上の彼女にした。

「それで? その話のオチは?」

「ええっとですね……」僕は皿を差し出した。

そこには、きれいに焼けた目玉焼きと焦げた目玉焼きが並んでいた。

「人生って、きれいなものだけじゃなく、焦げた部分も含めて味わうものだよね」

彼女はそれを見てニヤリと笑った。

「愚言ね」

そして、焦げた目玉焼きを受け取って黙々と食べ始めた。

「ごめんね、ちょっと友だちにメッセージ返してて、目を離しちゃって……」

彼女はそれには答えず、コホン、と喉を整えた。そして、

「焦げた目玉焼きでも許せるのは、本当に好きな人だから」

「え、な、なに? 突然」

「どっち?」

「どっちとは?」

「名言? 愚言?」

「もちろん、名言です。偉人の名言」

「うむ、よろしい」彼女は笑顔を見せた。

「でも、料理中は料理に集中してね。危ないから」

「はい、それも名言です」

いいなと思ったら応援しよう!