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GIFT -Sun-

   麻雀は一大エンターテインメントとして日本国内中に浸透していた。
 今やギャンブルのイメージは払拭され将棋や囲碁と同等に扱われ、麻雀を教える子供向けの塾や教室も大盛況であり、一部の学校では麻雀が授業に組み込まれている程である。
 そして麻雀プロの地位も向上した。以前はハードルの低かった資格試験も狭き門となり名ばかりのプロは激減して行った。
 そんなプロの対局は大変な集客力があり数多のスポンサーが付き興行として大成功を収めていた。

 日本中が熱狂する夏の甲子園、高校球児達の戦いが終わった直後─────全国各地の予選を勝ち上がった選りすぐられた高校生雀士たちの戦い『四将戦』が幕を開ける。

 『ギフテッド』。
 麻雀人口の低年齢化。幼い頃から麻雀の英才教育を施した事で特殊な才能に目覚める子供が現れ始める。
 1点読みとしか思えない回し打ち、牌効率を完全無視した手順、全てを蹂躙し捩じ伏せる運量。

 そんな神に選ばれた雀士の持つ能力を『ギフト』と呼んだ。

 本来存在自体がレアであるギフトを所持する高校生達も全国では珍しくもなくなってくる。

 多くの猛者を打ち倒し決勝へ勝ち上がった4名。
 決勝は3戦のトータルポイントで競われる。既に2戦が終わり、3戦目の最終決戦が始まろうとしていた。

 起家の選手から対局室へと入って来る。私立エルエム学院の3年生であり、アメリカからこの四将戦のタイトルを取るために留学している我見蜂寿郎(がみ ぱちすろう)。
 アメリカはラスベガスのカジノ。そこの麻雀ルームのメンバーの経歴を持つ。2年勤めたカジノでは世界の雀士やプロを相手に無敗を誇っている。

 2戦目までのトータルポイント:31.7+3.0=34.7

 続いて南家に座るのは私立玲瓏(れいろう)学園の羊雲聖蘭(ひつじくも せいらん)。日本と北欧のハーフであり金髪碧眼の整った容姿。様々な業種を傘下に置く羊雲グループの御曹司である。
 四将戦では過去2年連続準優勝、高校最後となる今大会で優勝する為に雀力を磨いて来た。

 2戦目までのトータルポイント:12.6+14.0=26.6

 県立如月(きさらぎ)高校の伊織リナが西家である。
 黒髪のミディアムロングに大きな瞳。決勝の紅一点。
 私立高校が名を連ねる中、唯一の公立高校の決勝進出者だ。

 リナは対局室へ向かう廊下で深呼吸をした。既に行われた2戦を2ラスという結果で終え、窮地に立たされていた。

リナ「最後の半荘行ってくるね!」

 可愛らしいパンダのリストバンドを着けた副部長の米田(こめだ)いちごがリナへエールを送る。

いちご「素点次第ではまだ優勝もあるよ!リナ!頑張って!」

 いちごの言葉に勇気付けられる。
 そしてもう1人、ギャル風の見た目の瀬戸名(せどな)ゆうかもリナを激励する。

ゆうか「ここから逆転だってある!麻雀だもん!10万点くらい取って優勝して来て!」

 二人の言葉がリナを後押ししてくれる。二人の声援はリナにとって言霊だ。力が湧いて来るのを感じた。

 リナは前を向き対局室へと入室して行った。

 2戦までのトータルポイント:-45.3-70.0=-115.3


 北家に坐すのは私立白南風(しらはえ)大学附属高校の幻神龍壱(げんしん りゅういち)。
 四将戦を二連覇している高校生最強雀士である。高校生の参加する大会全てのタイトルを獲得している、歴代最強との呼び声も高い。

 2戦目までのトータルポイント:1.0+53.0=54.0

四将戦ルール

東南戦
3万点持ち 3万点返し
ウマ 5ー15
赤ドラ3枚 トビ終了なし
オーラス親トップ、テンパイ及び上がりやめ無し
南3局終了時に条件計算の為の確認時間有り
同点は起家に近い方を優先
ダブル役満・数え役満採用

放送対局のため手牌は理牌する
ツモった牌をカメラへ見せる
小休止などの申請は局終了直後
対局が長時間になる場合、牌交換は3名以上の同意があれば可能、卓点検等も行うため15分の小休止

その他審判の判断のもとトラブルや不正があった場合、卓を止める事がある

悪質な場合ペナルティ有り

   四人が着席する。全員の表情が引き締まり険しく厳しくなる。同時に対局室が緊張感に包まれた。

「お願いします」

 対局前の挨拶が行われ配牌が現れる。

   東1局。

 起家の我見が理牌し少考した後、第1打が切り出される。
 南家の羊雲は迷わず手牌から不要牌を切り出して行く。

 リナの配牌は悪くは無いがそれほど良いわけでもない。
 『四将戦』決勝は3半荘の戦績で争われる。
 ここまでリナは既に2ラスを引き優勝はほぼ絶望的な状況だった。
 しかし素点次第で優勝の可能性はゼロではない。
 そもそも決勝まで勝ち上がってきた選手が優勝の目がほぼ無くなったという理由で諦める事はないのだ。
 自分を応援してくれる人達は数多くいるのだから。

 リナは思い出していた。いちごや優香だけではなく、ここまで自分を支えてくれた同じ高校の仲間達を。
 私立の強豪校がひしめく全国大会。部活へ予算を大きく使うことの出来る環境のある私立は当然強い。有名プロが監督及びコーチを務め、全国から麻雀の強い学生が集められる。更に普通の授業に加え、麻雀の座学やカリキュラムが部員の為に組まれており、麻雀が強くなるためのシステムが出来上がっているのだ。
 しかしリナは公立高校である。県内で強豪と言われる如月高校へ進学したが私立と比べれば劣る。それでも打牌については意見が多く飛ぶし、部員同士の関係も良好、雰囲気も良く全国優勝を目指す環境としてとても満足していた。

いちご「頑張れ……リナ!」

 米田いちごと瀬戸名ゆうかが応援室から対局画面に映るリナへ言葉を送る。

 7巡目、リナが🀡を切った瞬間、無情にも対面に座る親の我見からロンの発声が対局室に響く。

我見「メンホンイッツードラ、18000」

 痛恨の親っパネ放銃。リナにとって厳しいスタートとなる。

 我見の所属するエルエム学院のチームメイト達が歓声を挙げた。

部員「出たぁぁあ!我見部長のギフト!」

部員「さすが我見さん!これはデカい!」

 我見は数ある役の中で一気通貫を好んでいた。それが普通の人よりも出やすい。必ずと言って良いほど我見の親番や逆転する時は一気通貫の絡む手牌が来る。不自然なほどに。
 一気通貫に愛された男、それが我見なのである。
 そして我見はこの能力に名を付けた。

 ギフト『Royal Chocolate Flash(静かな日々の階段を)』と。

 いちご「り……リナ……」

 放銃を見た米田いちごは悲痛な声を出した。リナの不運。しかし運以上に明確な実力差がリナと卓上の3人の間にはあった。

 それは─────リナだけがギフトを所持していないことだった。



 ギフト不所持は決して致命的ではない。事実、リナはギフト所持者とも多く対局しこの決勝の舞台まで勝ち進んできたのだから。

 しかし今同卓している3人のギフトだけは別格である。
 この3人は公式に残っている記録では4着を1度も引いていないのだ。
 1着2着の連対率は90%を超えており、怪物の領域に棲む3人なのである。

リナ(平常心……平常心……)

 点棒を渡しながらリナは心を落ち着かせていた。

我見:48000
羊雲:30000
リナ:12000
幻神:30000

────────

Z「ギフトがなくたって十分戦えるよ」

 そう言っていつもリナを励ましてくれたのはリナのスポンサーになっている雀荘メガZの店長兼オーナーのZ店長だった。
 Z店長はZと書かれたキャップを被った小太りな優しい笑顔を浮かべたオジサンだ。
 高校生とは言え有名雀士には雀荘がスポンサーとして付いていることが多く、遠征費や活動費を賄ってくれる。その代わり、週に何回か雀荘のゲストとして参加することが条件になっている。

Z「ゆっくり牌譜検討して行こうか」

 雀卓には牌譜機能が実装されており、サイドテーブルのタブレットにデータが転送されそこから牌譜が見られるようになっている。
 リア麻でも疑問を持った局面を正確に振り返ることが出来るようになったのは大きな進歩である。

Z「ここではこっちを切った方が良かったかな。微差だけどね」

 Z店長による牌譜検討の勉強会には学生から大人まで多くの麻雀打ちが集まる。
 リナは高校1年生の時からスポンサーとして契約してもらっているため感謝も大きい。
 この決勝進出を誰よりも、正直両親以上に喜んでくれたのがZ店長だったのである。

Z「リナさんのために作ったよ、Tシャツ!是非着て対局してもらえると嬉しいな」

 照れ臭そうに言いながらZ店長が手渡したのは黄色地に『Z』とプリントされたTシャツだった。

リナ「うーん。残念ですけど制服で対局しますし、黄色だとワイシャツからかなり透けて目立つので着れないと思います」

Z「えっ!?ウソ!?生地シルクだしZの文字は刺繍だしめっちゃ高かったのに……」

リナ「御守りとして持っていきます!」

Z「着てよぉぉおおお!」

 そんなZ店長とのやり取りを思い出してこの状況でも笑みがこぼれる。

───────

リナ(私は独りじゃない!チームメイトも雀荘のみんなの期待を背負ってるんだ!)

 リナは顔を上げ東1局1本場の配牌を受け取る。

 東1局1本場。

 配牌を眺めながら我見は不満に思っていた。それは対面に座るリナの存在だった。ギフトを持たない明らかに劣った存在。事実、ここまで2戦2ラスである。

我見(最強の化け物を決めるために日本に来たってのに1人ゴミが居るのは納得行かないな)

 我見は幻神、羊雲の2人のことは認めていた。自分と同質の最強に値するギフトを所持している。
 だからこそリナが同卓していることが不満だった。

─────────

 我見はアメリカ、ラスベガスのカジノ、そこの麻雀ルームのメンバーを勤めていた。有名プロや著名人、そして麻雀を稼業としている猛者相手にメンバーを勤めた2年間無敗。
 そんな我見の前に現れたのが同い年の日本人高校生だった。
 彼は強かった。我見は初めて負けるかもしれないと思ったほどの実力だった。

えびてん「次は日本で打とうぜ」

 そう言い残して彼は麻雀ルームを後にした。
 彼の名前は蛯名典明(えびなのりあき)。
 えびてんと呼ばれていることを後に知る。
 えびてんとの戦いの熱を忘れられなかった我見はすぐに両親を説得し日本へ留学した。

 留学先は大企業を経営している我見の両親が年間多額の寄付をしている私立エルエム学院だったため簡単に手続きを済ませることが出来た。
 我見は麻雀部へ入ると同学年である3年生の正選手のレギュラー陣を寄せ付けない圧倒的な実力差を見せ付けた。

 しかしこの事で部員達から反感を買ってしまった。レギュラー達は3年間頑張ってきた者たちである。いきなり留学してきた我見にレギュラーの座を奪われた事に納得いかなかったのである。我見は麻雀部の活動時間を知らされなかったり、物を隠されたりと陰湿な事をされた。
 しかしその度に我見は麻雀で力量差を示した。レギュラー陣も我見の実力を認め受け入れざるを得ない状況へと追い込まれて行った。

 麻雀部はレギュラーが一番、次いで3年というカースト制度にも似た序列が伝統的に受け継がれていた。取り分け今の3年は横暴であり1、2年を部室や雀卓、牌の清掃等を全て押し付けまるで道具のように扱っていた。

後輩「我見先輩はレギュラーですし3年生なんですから卓掃除や雑用は僕達に任せて先に帰って大丈夫ですよ」

 我見はその序列が気に入らなかったし、自分達の使った道具は自分達で率先して綺麗にするのが当然だと思っていた。

我見「皆でやれば早いだろ?それにオレの方が洗牌早いから」

 日頃から牌を綺麗にすることで配牌が良くなるとアメリカのカジノの上司の言っていた事を信じていた我見はよく洗牌をしていた。

 それからは後輩達との距離が縮まって行った。横暴な3年生とは言え所詮学生、カジノ時代はガタイの良いタトゥーまみれの大人達と麻雀をしていた我見にとって脅威ではなかった。

蛭子「我見、お前マジで部辞めてくれない?オレらと打って負けたら退部の条件でどうよ?」

 レギュラーのボス格の3年の蛭子(ひるこ)が嫌な笑みを浮かべながら言った。おそらくイカサマか何か汚いことをして来るのだろうと我見は予想した。

我見「構わない。オレが勝ったらお前らはオレに従ってもらう。やるのは今日の部活が終わってからでいいか?」

蛭子「話しが早くて助かるぜ!絶対逃げんなよ?」

 部活終了後、部室から顧問が出ていき部員達が帰って行く。我見と蛭子、レギュラー達、その他の3年が部室に残っていた。

蛭子「じゃあ始めようぜ」

 蛭子が笑みを浮かべてそう言った時に部室のドアが開かれた。

「失礼するよ」

 その声に部室内がどよめいた。入室して来たの理事長達だったからだ。

我見「四面楚歌のこんな状況でまともに勝負を受ける訳がないだろ?」

 我見の言葉に蛭子が狼狽える。

蛭子「だからって理事長達を呼ぶのかよ」

我見「オレの両親がこの学園に年間いくら寄付してると思ってる?」

蛭子「親のコネじゃねぇか」

我見「利用出来るモノを利用しないのはバカだろ」

 我見と蛭子のやり取りを眺めていた理事長が手を叩く。

理事長「勝負は公平に。進退を賭けるなど表沙汰になれぱ問題だ。君たちも部活のトラブル如きで学院を辞めたくはないだろう?勝っても負けても黙っていること、いいね?」

 一緒に来ていた教師が手早くここに居る学生達の名前を書き留めていく。その様子にその場にいた全員が息を呑む。

我見「じゃあ始めようぜ」

 我見は蛭子が最初に発したセリフを同じように笑みを浮かべながら真似た。それに蛭子は苛立った。

 勝負は終始、我見のワンサイドゲームの勝利となった。

 こうして麻雀部での我見の権力が最も大きくなり、3年生は横暴な振る舞いが一切出来なくなった。
 我見にとって部内での平穏が確保された事は大きかった。

 しかし。

後輩「我見先輩、麻雀教えてもらって大丈夫ですか?」

 後輩達から麻雀について聞かれることが増えて行った。基本的に1人で麻雀を学んで来た我見にとって他者に麻雀を教えることは慣れない事だったため、人に教える麻雀について勉強しなければならなかった。
 我見は他人に自分の時間を割かれる事を嫌うのだが、熱心に麻雀の教えを乞う後輩達へ嫌悪感が湧くことはなかった。

 麻雀は個のゲームであると思っていた我見にとって共に学び共に戦う経験は初めての事だった。無駄な時間だと思っていたこの経験が我見を成長させた。
 しばらく振り返っていなかった基礎を改めて学び直せたことでギフトがより洗練された。

 えびてんと打つためだけに留学した日本で想像以上に充実した時間を過ごせていた。

 四将戦ではえびてんと当たれるのは決勝だった。大会初日、我見はえびてんと決勝での対局を約束した。

 しかし、そのえびてんは決勝直前で敗北した。えびてんを破って決勝に進出したのはリナだった。

─────────

我見(その席に座っているのがえびてんならここまで無惨な結果になっていなかったはずだ)

 同卓者達には決して聞こえないほど小さな溜め息を吐き第1打を強打した。

リナ(ドラ2のこの手は絶対にミスれない。受け入れMAXで進行する!)

 リナは勝負手だ。リナに牌効率のミスなどない。そういう訓練を部活でも雀荘でも何度も何度も繰り返してきた。

リナ「リーチ!」

 8巡目、リナに待望のテンパイが入る。🀒🀕🀘待ちのドラ2リーチである。

我見(お前のリーチは上がれないよ)

 我見にはもう1つのギフトがあった。攻撃の為のギフト『Royal Chocolate Flash(静かな日々の階段を)』そして守備の『Silent Movie(背景浪漫)』である。

 我見の眼には相手の運量が形として映る。並の雀士の背後に蝋燭の灯として表現される。蝋燭の長さや火の大きさがその雀士が持つ運量だ。リナの背後の蝋燭は先の2半荘でのラスも響き短く火も弱々しい。

我見(そんな奴のリーチに刺さるわけないだろ)

 我見は🀒🀕🀘以外の筋をノータイムで押して行く。我見の『Silent Movie』は幻神と羊雲の動向も見落とさない。幻神の背後には巨大な龍が、そして羊雲の背後には雄々しい獅子が映っていた。

我見(この二人は麻雀の神に愛されている、選ばれている。コイツとは持って生まれた運量がそもそも違う)

 リナを一瞥するとリーチ棒を出す。我見の背後には剣を持った修羅が佇んでいた。

我見「リーチだ」

 リナに戦慄が走る。リナが持ってきたのは赤🀝。それをツモ切ると我見からロンの声がかかった。

我見「リーチ1発イッツー赤……裏。18000は18300」

 連続で親の跳満放銃。東1局1本場にしてリナは箱下へと沈んだ。

リナ(諦めるな、諦めるな!超不運なだけだ、私!)

 リナは理不尽な一発放銃を受け入れる。メンタルを揺らす事がどれほど麻雀の打牌に影響するかを知っているからだ。

『諦めろ』

 リナの脳内に響くこの悪しき言葉。絶望的な状況に陥った時はいつもこの声が聴こえてくる。

   自分の弱さが生み出した幻聴。

リナ(諦めるわけないじゃん!!!!!)

我見:67300
羊雲:30000
リナ:-7300
幻神:30000

 東1局2本場。

   仕掛けも入らず静かに場が進行して行く。凪のような時間が続くかと思われた10巡目、我見から先制リーチが入る。
 その同巡、羊雲からも追いかけリーチが入る。

リナ(2件リーチ……!2人への現物はある、とりあえず3巡は凌げる)

 しかしその3巡が過ぎ、リナの手牌に安牌は増えなかった。ただ🀌が親の我見に現物であり、たった今羊雲にも中筋となっていた。

(🀌は場に3枚見え、羊雲さんの宣言牌は🀏だからさすがに🀋🀍🀏の形からなら🀋切りリーチにするはず)

 そう考えて切り出した🀌に羊雲からロンの声が掛かった。

リナ「えっ?」

 リナも思わず驚きの余り小さかったが声が出てしまった。

羊雲「リーチ、3色……裏。8600」

 羊雲はふふっと小さく笑うと🀌と🀎では打点が余りに違うのでと独り言を呟いた。
 これが見た目枚数残り1枚の牌が上がれる羊雲のギフト「Last Chance(強く儚い者たち)」の能力である。

 連続でリナの身に降りかかる不幸のラッシュ。トビアリなら既に終局だがトビ無しルールに救われる。

リナ(まだ親番もあるし諦めるな、私!)

 この3人との実力差は折り込み済みだ。こうなる可能性も考えていた。先の2半荘はリナにほとんどチャンスがなくめくりあいでは放銃し、守備に回ると3人に高打点のツモ上がりを決められ連続でラスを引いた。

我見:66300
羊雲:39600
リナ:-15900
幻神:30000

 東2局、羊雲へと親が移る。

羊雲(ふふっ、さてこの配牌、どうしましょうかね)

 羊雲の手牌は良くは無い。メンツもなく対子が2つあるだけ、ドラもなかった。字牌と孤立牌が目立つ。
 そんな手牌にも悩むことなく羊雲は手を進めて行く。

羊雲(牌理だとか牌効率とか手牌価値や打点、そういう微差の打牌選択はギフトを持たない弱者同士で共有していれば良いのです)

 一切の無駄ヅモ無く七対子をテンパイする。羊雲は間違わない。選択を迫られた時に不正解を選ばないのだ。

(ふふっ、これが私のギフト『DREAMS COME TRUE(未来予想図)』)

 ギフトを所持する者たちは複雑な条件や特殊な状況下でしか使用出来ないケースが多い。
 しかし羊雲や我見、そして幻神のギフトは常時発動する。こういうシンプルなギフトこそ強い。

羊雲「リーチ」

 メンツ手が成就せずとも七対子なら上がりを拾えているケースの手牌を羊雲は逃さない。そして見た目枚数残り1枚を上がる事が出来るギフトとの相性の良さ。

羊雲「ツモ……リーヅモ七対子、裏2、6000オール」

 羊雲は生牌の字牌と残り1枚の地獄単騎になる字牌選択で迷わず地獄単騎を選択。それをギフトの力によってツモ上がった。『DREAMS COME TRUE』と『Last Chance』の相性の良さを羊雲は理解している。

羊雲(まずは我見さんに追い付く所からですね)

我見:60300
羊雲:57600
リナ:-21900
幻神:24000

 東2局1本場。羊雲はギフト『DREAMS COME TRUE』によって手牌の正解を導いて行く。
 しかし羊雲の親を流すため、幻神が仕掛けている。

 6巡目、迷わず打牌選択をしていた羊雲の手が止まる。

(幻神さんはテンパイですか)

 羊雲は高校麻雀界で常に2位を強いられている。それは同世代に幻神龍壱が存在しているからだ。この3年間、いや中学時代を含め6年間ずっと幻神に優勝を奪われ準優勝に甘んじている。

────────

羊雲「幻神くんは本当に強い」

 羊雲は高校2年の終わり頃の大会で優勝した幻神を讃え握手を求めた。

幻神「ありがとう……だけど羊雲くんは必死さが足りていないように見受けられる」

 羊雲にとって麻雀は楽しみながら圧倒的に勝てるゲームであり勝つために必死になるものではなかった。
 この時の羊雲には幻神の言葉の意味がわからなかった。

羊雲「爺、僕には必死さが足りてないって言われたんだけどどういう意味だと思う?」

 羊雲はロールスロイスで送迎してくれる爺と呼ばれている執事に問い掛けた。羊雲に深い意味はなくなんとなく気分でした質問だった。

爺「聖蘭坊っちゃんに必死さが足りないと言うのは私も同意します。坊っちゃんは少しの努力で何でも出来てしまう、簡単に言えば天才です。だからこそ麻雀にも本気になっていないというのも頷けます」

 羊雲は普段は温厚な爺がこうして熱を持って自分へ言葉を投げかけた事に驚いた。
 ルームミラーで目が合った羊雲へ更に言葉を続けた。

爺「坊っちゃんはこのあとお時間はおありですか?」

 羊雲に予定は特になかったため頷いた。

爺「では少し坊っちゃんのお祖父様にお会いして行きませんか?」

 祖父にはしばらく会っていなかったことを思い出したが爺の意図が羊雲にはまだ理解出来ていなかった。

 羊雲の家系は日本有数の大財閥である。今は父親が経営を引き継いでいるが、祖父もまだいくつかの会社の経営に携わっている。

祖父「聖蘭、ずいぶん久しぶりだ。大きくなったな」

羊雲「お久しぶりです。突然すみません」

祖父「孫が来ることを喜ばないはずがないだろう。ゆっくりして行くといい。今日は麻雀の大会だったらしいじゃないか。準優勝、惜しかったな」

羊雲「ええ、そこで優勝者に私は必死さが足りない……そう言われてしまいまして」

祖父「ふふ、そうだな。聖欄、お前は優勝する事に執着していない。優勝への執着があればそんな事を言われれば耐え難い屈辱に耐えられるはずもない」

羊雲「は?」

祖父「お前と優勝者ではそもそも心構えが違ったのだ。お前は下手に才能があったせいでハングリー精神が育たなかったのかも知れん。お前の兄達はお前よりも遥かに必死になっていたぞ」

羊雲「……」

祖父「羊雲の血筋なら誰にも負けるな!そういう気概を持て!」

 優しかった祖父の顔が一瞬で峻厳なものとなった。その表情に羊雲はたじろいだ。

祖父「ああ、そうだ。麻雀は私が教えてやったんだったな、久しぶりに打つか」

 ギフトを所持しない祖父達に羊雲が負けるはずもなかった。しかし彼らの一打一打からは気迫を感じた。
 羊雲は卓上で祖父の思いを感じ取る事が出来た。

祖父「私は孫のお前に負けたくないという一心で打った。それは伝わったか?」

羊雲「ええ。自分が今まで甘かったかを知りました。どんな相手でも二度と立ち上がれないよう磨り潰し勝ち切る。10年近く打って来たのに今日初めて麻雀は遊びじゃないって事を理解しましたよ」

 祖父も執事の爺も羊雲にほんの少しだけでもいいからハングリー精神を付けたかった。しかしそれ以上の効果をもたらしてしまった。

 これまでは自分のギフトの情報が他校に流れると不利になると部内でも内密にしていたギフトの検証を祖父の自宅で詳細に行った。
 羊雲の祖父が信頼を置く口の堅い人物と自動卓のある一室のおかげである。

 羊雲が頻繁に祖父の家へ出入りするようになったことで、祖父の信頼で成り立ち、祖父の代で畳む予定だった貿易関係の会社を引き継がせようと祖父の部下達が動き出す。

 羊雲は祖父の会社を将来的に受け継ぐ話しを受け入れた。祖父の側近はこれに諸手を挙げて喜んだ。
 同時に羊雲は高い学歴を求められることになる。
 しかし羊雲にとって苦ではなかったし難しいことではなかった。

   羊雲は貿易会社に留まらず祖父の地盤をそのまま引き継ぐことが出来れば将来的にスポンサーを多く付け、多額の賞金を出しトッププロや特別なギフトを持つ学生を集め私設リーグを運営できると考えたのだ。

 羊雲はこの野望を叶えるために己を磨くことになる。

 それからの羊雲は兄達よりも優秀である事を示すため勉強に打ち込んだ。勉強だけでは物足りなさを感じ様々なスポーツも始めた。他者が羨むからという理由で興味もなかった芸能の仕事も始めた。

 どれも一流の水準へ到達出来るよう努力を重ね結果を出した。そういう努力を重ねる度に思い出すのが幻神の「必死さが足りない」という言葉だ。

 幻神に次ぐ二番手というポジションに満足していた自分を思い出すたび斬り殺したい程の怒りが込み上げてきた。

 その強いストレスは羊雲に更なる力をもたらした。
 三つ目のギフトの発現である。

─────────

羊雲(ギフト『Do as infinity(アリアドネの糸)』)

 ギフト『Do as infinity』はテンパイした相手の待ちを1点で読む能力である。

羊雲(このギフトはテンパイ対象が1人だけでやや使い勝手が悪いのですがやはり助かりますね)

 羊雲は幻神の待ちを1点で止め、手を進めていく。
 しかし2副露していた幻神をケアしていたため幻神の現物を切ったリナが羊雲のダマテンに刺さってしまう。

羊雲「ピンフドラ1、2900は3200です」

 リーチならば決して出ない牌を捉えられてしまった。しかし打点が安い事にリナは安堵した。

我見(2900で済んで良かったと思ってんだろ、この羊雲の親番は今の局で蹴らなきゃいけなかった)

 この我見の懸念が現実となる東2局2本場。我見はギフト『Silent Movie』を通し羊雲の膨れ上がる運量の形を捉えていた。

我見:60300
羊雲:60800
リナ:-25100
幻神:24000

 東2局2本場。

我見(どれだけ自分の手が良くてもここは押してはいけない)

 危機察知能力、それこそが我見のギフト『Silent Movie』の真髄だった。配牌一向聴を平然と崩して行く。

リナ(少しでも点数を取り返さないと……!)

 リナには満貫が見込める手が入っていた。鳴いて進行も可能な手牌である。簡単に降りる事は出来ない。
 リナが4巡目に不要牌をツモ切りした刹那。

羊雲「ロン」

 卓上から一切のテンパイ気配も感じることなくリナの喉笛を掻っ切る一撃。

羊雲「タンピン3色ドラ2……18600」

 リナは数秒間、固まってしまった。全く意識していなかった放銃。頭の中が真っ白になった。

リナ「ふぅーっ」

 リナはこの日初めて大きく息を吐いた。これが2ラスを引くもここまで気丈に戦ってきた彼女の心が折れる寸前のサインだと言うことを卓上の3人の怪物達は見逃すはずがなかった。

我見:60300
羊雲:79400
リナ:-43700
幻神:24000

 東2局3本場。周りのテンパイ速度に1人完全に取り残されている。そして当たり牌を当然のように掴み放銃する。まるで卓上の不幸を全て一人で背負わされているような理不尽をリナは感じていた。

『諦めろ……諦めろ……』

 リナの幻聴が大きくなって行く。

リナ(頑張れ私!頑張れ私!こんな声に負けてたまるか!)

 この状況がテレビで全国放送されていて数多くの人が観ているという現実が突如リナの脳内を掠める。そのプレッシャーがリナを押し潰してくる。

 リナのツモる腕が重い。巡目が進んで行く。中盤という事もあり1副露のテンパイを取る。

リナ(とにかくいったん上がろう!)

 そして。

リナ「ロン!タンヤオ、ドラ1、2000は2900!」

 幻神から出た待ちに待った上がり牌。リナは深い深い水中から顔を上げ、やっと息が出来た心地だった。

 しかしリナのこの上がりが幻神の恐ろしいギフトを呼び起こすことになる。

我見:60300
羊雲:79400
リナ:-40800
幻神:21100

 東3局、親はリナ。この親番で大きく点棒を稼ぎたい所である。

リナ(親番は絶対に手放せない!)

 目を閉じ良い配牌が貰えるよう天に祈る。そして配られた配牌。

リナ(よし!この配牌なら上がれる!赤が2枚、ブロックも足りてる!絶対に満貫以上に仕上げなきゃ!それがこの手の最低ライン!)

 リナは迷いなく字牌を切り出す。タンヤオも狙える手だ。期待が膨らむ。
 局が進み、6巡目で好形の一向聴。そして次巡、リナに念願のテンパイ。親の満貫確定リーチである。

リナ「リーチ!」

 リナのリーチ宣言牌を幻神が鳴く。

幻神「ポン」

 そしてリナがツモ切った牌を横へ向けて河へ置いた。

幻神「ロン、トイトイ三暗刻、🀁ドラ3、倍満16000」

 リナは目を見開いた。先程上がった2000点など無意味なものとなる倍満放銃。

 これが幻神のギフト『SEVENTH HEAVEN(ミエナイチカラ)』。幻神が放銃した場合、その相手から2倍〜数倍の打点で上がり返す最強のギフトである。

 リナは心が折れそうだった。勝負になりそうな配牌をもらい期待だけさせて、ポンテン高打点の幻神へ放銃。
 リナは思い出していた。高校1年生の時に初出場した全国の舞台で幻神と初めて同卓した時のトラウマを。

─────────

 リナが高校1年生で全国大会へと進出した事で如月高校はもちろん地元も盛り上がった。
 その期待を背負って出場した全国大会、2半荘の合計ポイントで争う初戦で幻神と同卓し開始10分でトビの連ラスとなり大会史上最短の敗退という不名誉な記録を残した。
 運が悪かったと言えば簡単な事だったがリナが卓上で感じた幻神との格の違い。そして全てを見下すような冷たい瞳、それがリナの脳裏にいつまでも残っていた。

 さらに周囲の落胆と失望はリナに深い心の傷を負わせた。リナは牌に触れることが怖くなってしまった。
 スポンサーとしてリナを支えてくれていた雀荘メガZのオーナーZ店長へ麻雀を辞めることとスポンサー解除の為に報告へ訪れた。

リナ「麻雀を辞めようかと思っていて……」

 そこからリナは堰を切ったようにZ店長へ全国大会から戻って来てからの心中を吐露していた。
 どんな言葉が出てきてもZ店長は軽い相槌を打つだけだった。しかしそのおかげでリナは思いを全部吐き出せた。

リナ「全部聞いてもらえてこれで麻雀を辞められます」

 リナは涙を袖で拭うと無理して笑いながらそう言った。

Z「残念ですが仕方ないですね。じゃあ最後に下にある麻雀教室の方に顔を見せて行ってくれませんか?」

 リナはそのくらいなら良いかと了承した。泣き顔を落ち着かせたいので10分ほど事務所でナシナシのブラックコーヒーを啜った。苦味が心地良い。聞こえて来る牌の音が酷く懐かしく感じた。

リナ「もう大丈夫です」

 リナは立ち上がるとZ店長と共に階下にあるテナントへと向かった。Z店長の経営している麻雀教室Zは小学生以下を対象にしている。リナも講師の1人としてよく麻雀を教えていた。評判も良く盛況だ。その日は日曜日ということもあり多くの生徒が遊びに来ていた。

Z「みんな、今日はリナ先生が来てくれたよ」

 Z店長の言葉に多くの生徒が振り返る。

子供「先生ー!」
子供「リナ先生ずっと来てくれなかったから寂しかった!」
子供「先生、麻雀しようよ!」

 顔見せするだけのつもりが教え子たちに囲まれてリナは麻雀を今日で辞めると切り出すタイミングを完全に逸してしまった。こうなることを予想出来ていなかった自分のマヌケさとメガZに謀られたという思いが共存していた。

Z「まっ、1半荘くらい打ってあげてください」

 Z店長の言葉に子供達は盛り上がった。とてもではないがリナは断れる雰囲気ではないと諦め卓についた。

 一生懸命に理牌してから時間をいっぱいに使って考え牌を切り出す子や役をうろ覚えの子を見ていると麻雀を始めたての自分を思い出す。
 子供達と麻雀をしたことで、強くなるための麻雀だけを追求し、いつの間にか忘れていた麻雀を楽しむという気持ちをリナは思い出していた。

   時が経つのも忘れてリナは子供達と笑いながら麻雀をしていた。

Z「今日でリナさんが麻雀打つのも最後か」

 Z店長が意地悪くそう言った。

リナ「……Z店長のせいで続ける事になりそうです」

 リナはメガZを睨み付けてから笑った。

 しばらく顔を見せて居なかった如月高校麻雀部へ向かい部員達へ大会のあとの事を謝った。
 いちごやゆうかをはじめ、部員みんなが心配していてくれていたことがわかりリナは目が潤んだ。

─────────

リナ(あの時の気持ち……思い出せ!私!理不尽づくしのこんなゲームだけど……私は麻雀を愛してる!)

我見:60300
羊雲:79400
リナ:-57800
幻神:38100

 東4局、親は幻神となった。

 我見はギフト『Silent Movie』を通して親を迎えた幻神の運量が増大していることにいち早く気付いていた。
 羊雲は『DREAMS COME TRUE』のギフトが自身の手牌が上がりへの道を示して居ない事を感じ他家への警戒度を強めた。

 この2人がやや受け気味の手牌進行になった事でリナと幻神の一騎打ちとなった。
 遥か箱下へと追いやられてはいるが、リナの気迫が卓上を包んだ。

リナ「リーチ」

 渾身のリーチ。出上がり満貫のメンタンピンドラ1である。

リナ(絶対上がる!)

 牌をツモるたびにリナの指に力が入る。

 リーチ後、リナは幻神から手出しが続いている事に気付いていた。

リナ(これは幻神さんの守備のためのギフト『LOVER SOUL(くじら12号)』)

 幻神のギフト『LOVER SOUL(くじら12号)』は指で触れた牌が当たり牌か否か感じ取る能力である。幻神が勝負局だと決めた局面でのみ発動する。回数制限もあり自在に使えるわけではないが、幻神は勝負どころを心得ている。

幻神「リーチ」

 我見と羊雲は安牌を切り出して行く。

 リナがツモって来たのはノーチャンスの🀚だった。

 そう安心して切り出した🀚がロンされてしまう。

幻神「リーチ1発トイトイ三暗刻、裏3、24000」

 余りにも強烈な親倍の放銃。ツモならば四暗刻である。リナの気迫の籠ったリーチを一笑に伏す上がり。

幻神(どれほどの期待や覚悟を背負っていても負ける。それが麻雀の理不尽さだ)

 幻神は感情の無い瞳でリナを見つめた。

リナ(切ったら全部……当たっちゃう……)

 点棒の受け渡しの際、動揺していたリナは次のツモ牌を零してしまう。
 幻神がツモる牌は🀚だった。

リナ(ここにも🀚が……これが幻神さんのギフト……何度見ても凄い……!)

 リーチを掛けると1発で上がれる至高のギフト『Innocent World(光の射す方へ)』。それが幻神のギフトである。

 幻神にリーチを打たせてはならない、それが幻神攻略法であるが非常に困難な事である。
 🀚を即ツモしていた現実を目の当たりにし我見と羊雲は気を引き締める。

 これが高校生最強雀士・幻神なのである。

 幻神もまた負けられない思いを背負って決勝に挑んでいるのだった。

我見:60300
羊雲:79400
リナ:-82800
幻神:63100

─────

 幻神龍壱は父親からの暴力が日常の最悪な家庭環境で生まれ育った。母親はギャンブル中毒で育児放棄していた。たまに与えられるパチンコの景品のお菓子が幼い幻神にとってご馳走だった。

 常時金欠だった両親は幻神を地下の賭場へと売った。勝てば賞金が貰えるが負ければ残虐な拷問が行われ殺される。特殊な嗜好を持つ金持ち達向けの遊び場だった。

 その過酷な環境で幻神はギフトに目覚め麻雀で勝ち続けた。イカサマ、言葉による威圧、何でもありだったがそこで幻神のメンタルは鍛えられた。勝たなければ死ぬという壮絶な状況で幻神の麻雀センスは磨かれて行った。

 ある時、年老いたヤクザの親分からスカウトを受ける。幻神はこの地下賭場から抜けられるならと了承した。ヤクザは幻神を買い取るため高額な支払いをする事になる。

親分「てめぇを買い取ったのはこれから表の世界で稼がせるためだ。まずは麻雀プロになってもらう。てめぇに入る金は全て組がもらう、わかったか?」

 そう言うとヤクザは嫌な顔で笑った。幻神は麻雀は生きる為に打っているだけで好きではなかった。しかし天賦のギフトを持っていたからここまで生きてこられた。

 麻雀は好きではないがこれからもこの力を利用していくだけだと割り切った。幻神にはヤクザが用意したマンションの一室が与えられた。麻雀プロになるため学校へも通わされたし普通の子供としての生活が出来るようになった。
 少し生活に慣れて来た頃、ずっと気がかりだった弟と妹がヤクザの若い衆に連れられて幻神のもとへとやって来た。幻神は弟妹に会えたことで泣いて感謝した。そこに若い衆から電話を渡される。

親分『ソイツらは人質だ。てめぇが従順ならソイツらには最低限の生活を保証してやる。麻雀プロになれなかったら地下賭場へと売り払う』

 電話口で幻神を買い取った親分はそれだけ伝えると通話を切った。
 それを聞いて幻神の涙と感謝は一瞬で止まった。

 それでも両親のもとの生活よりは遥かに良かった。何か困ればたまにやって来る若い衆に伝えれば解決してくれた。
 学校の勉強と共に麻雀の勉強は毎日欠かさずした。

 中学生になってからは麻雀部に入り大会では圧勝していった。
 大会の結果は若い衆の携帯を通して親分へと報告していた。

親分『どうだった?』

幻神「優勝しましたよ」

親分『違ぇよ。麻雀は楽しかったか?』

幻神「……普通です。オレが勝つのは当然のことなので」

親分『てめぇは本当に生意気なガキだな』

 幻神は少しずつ親分と電話で会話する時間が増えていった。

親分『なんであの局面で危険牌押してんだよ』

幻神「押しますよ、あのくらい。それにオレにはギフトがある!」

親分『馬鹿野郎!てめぇはトップ目だろうが!オーラスでこのリー棒1本が原因で負けたらどうすんだ!』

 麻雀推薦で高校に進学が決まる頃にはこうして1時間近く麻雀の話しをするようになっていた。電話越しで親分の側近らしき男のオヤジそろそろ……という声がお互いの通話終了の合図となっていた。

堂谷「オヤジが人とこんなに長時間電話してんの初めてみたな」

 堂谷と名乗る若い衆は驚いたと呟くと携帯を幻神から受け取り帰って行った。

 幻神が高校1年生で全国優勝した報告時の親分の喜びようは凄まじかった。生きる為に仕方なく麻雀を続けていた幻神にとって麻雀への姿勢が変わり始めた瞬間だった。

 いつからか大会終了後の親分と電話でする牌譜検討が幻神の楽しみになっていた。親分から暴言を吐かれる事はあるが理由が明確なケースが多かったからだ。

親分「馬鹿野郎。若い頃は東京の雀荘でオレの名前を知らねぇヤツは居なかったくらい強かったんだよ!」

幻神「絶対ウソでしょ」

親分「新宿のマサジっつったら最強の代名詞だったんだよ!40年前は!」

幻神「あまりにも昔過ぎる……!」

 そんなやり取りをするのが幻神は楽しかったし、勝てばうるさいほど褒めてくれた。
 いつしか幻神は親分に理想の父親の幻影を見るようになっていた。

 幻神に平穏な日々が続くかに思われたが突如として崩れ去る。

父「龍壱久しぶりだな」

母「アンタずいぶん良い暮らしをしてるみたいじゃない」

 幻神の両親が姿を現したからだ。麻雀大会で話題になったのが仇となった。一刻も早く目の前から消えて欲しかった。これと血が繋がっていることが堪らなく恥ずかしくなった。
 幻神は財布から金を取り出し渡した。

父「よくわかってんじゃねーか、また来るぜ」

母「次もちゃんと用意しておくのよ」

 それが数回続いたが突然両親が現れなくなった。

マサジ親分『悪かったな、気付いてやれなかった』

 電話越しの親分の言い方で、両親が来なくなったのは親分が手を回してくれたからだと幻神は察した。

マサジ親分『言えよ、馬鹿野郎。そうすりゃすぐに……』

幻神「言えなかったんだ。ごめん。あんなのが俺の本当の両親だと思うと恥ずかしくて……アンタに知られたくなくて」

 幻神の目からは涙が零れていた。黙っていたのに自分を守ってくれる存在に心から安心したからだ。

マサジ親分『……俺は若い頃麻雀プロを目指してたんだ。だが親もヤクザだからよ、クリーンなイメージを打ち出そうとしてた時代でな。親がヤクザだったこともあって俺は麻雀プロになることは出来なかった。それからしばらく……数十年、牌を置いた。まぁそれでも俺も麻雀プロになる夢を忘れられなかったんだろうな。あの地下賭場でお前を見つけた。コイツなら麻雀プロになれる、あの時叶えられなかった俺の夢を叶えてくれる……そう思ったんだ。』

 幻神は黙って電話に耳を傾けていた。

マサジ親分『こうして電話でやり取りすんのも俺のようなヤクザとの繋がりがあることが世間にバレねぇようにするためだ。プロになる為にはこんな繋がりがあるとバレちゃなんねぇ!』

 幻神は親分とは電話のみ、訪ねてくる堂谷も月に数回だった理由を理解した。
 全てが腑に落ちた幻神は涙を拭った。

幻神「ありがとう……親父。絶対にプロになるよ。親父の夢はオレが引き継ぐ」

 電話越しで親分が驚いて黙ったのがわかった。

マサジ親分「……俺が叶えられなかった夢を見せてくれ。お前は俺の誇りだぜ、息子よ」

────────

 幻神は優勝への想いを強くした。そして東4局1本場を迎える。

 リナは袖で額の汗を拭う。汗をかいているのに指先は冷たい。口内が乾く。自分の放銃がゲームを壊してしまっているという事実がリナを精神的に追い込んでいた。

───────

 場所は審判室。

図苔「まだ放銃すんの?この子。トビなしルールの恐ろしさたるや、えげつない」

 リナの様子をモニター越しに不満を垂れるのは四将戦を放送している番組プロデューサーの図苔(ずこけ)である。
 格闘技を嗜むガタイのいい中年だ。ロン毛にサングラスが胡散臭い業界人さを醸し出している。

図苔「この雀卓、牌操作機能とか付いてないの?もう少しこの子の配牌良くするとかロン牌掴ませないようにするとか出来ない?せっかくの高校生の熱い戦いが1人の女子高生をボコるみたいな光景になっちゃってるの問題でしょ」

万智「まぁまぁ図苔プロデューサー落ち着いてください。これも麻雀ですから、私達はゲームが公平に進むよう見守ることしか出来ないんですよ」

 図苔を宥めるのがこの決勝戦の審判を務めている万智(まち)である。
 眼鏡をかけたスーツ姿の優しげな三十前後の男性だ。

図苔「オレは奇跡的な展開とか麻雀でしか起こらないような偶然を撮りたかったのにさぁ!ギフトを持たない女の子が当たり前に負けてるだけってのはさぁ!視聴率的にどうなの?マジでクソだわ!」

 文句の止まらない図苔を万智は諌めるのだった。

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 リナは挫けそうな心を何度も奮い立たせる。多くの人が自分に失望しているかもしれない。
 しかし自分をここまで支えてくれたチームメイト、雀荘メガZの店長や子供たちや常連たちが味方で居てくれれば何度でも立ち上がれる。

 冷たくなったリナの指先に熱が戻ってくる。

リナ(落ち込んでるヒマなんてないぞ!私!この人達はずっと格上って分かってたことじゃん!)

 何度も襲ってくる幻聴にも屈さず精神的に立て直したリナ、一方で幻神の親を流すために我見と羊雲に無言の協力体制が出来上がっていた。

 我見も羊雲もギフト一辺倒の打ち手ではない。河読みも当然一流である。

 そしてリナはギフトを持たないが故に武器として磨いて来た河読みと手牌読みの技術を有していた。

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 手牌読みや河読みは勝つために必ずしも必要な技術ではない。
 相手の手牌を詳細に読めた所で部分点が貰えるわけでもない。
 大雑把でもいいから危険な箇所を察する程度の力があれば良い。

山口「鳴き仕掛けに対してより詳細に読みたい。相手の手牌を精細に読みたい。麻雀してる誰もが望む技術だけどそれって超しんどいよ?」

 リナが部活の講師として招いたのは雀荘メガZの店長Zの紹介してくれた山口という男だった。実家が寺を営んでおり将来は僧侶になるそうだ。しかし金色に染めた短髪、そしてヤンキーのような服装で社会不適合者でありろくでもない大人であることは高校生であるリナたちにもすぐ分かった。

山口「オレが大学の卒論で書いた副露パターンが役に立つ時が来るとはね」

 リナ達は山口が大学で真面目に勉強せずに麻雀ばかりしていたのだろうと察した。
 プリントされた山口の卒論に目を通して行く。量は膨大だ。いくつもの副露パターンが掲載されており確かに勉強になりそうだった。

山口「タバコ吸えるところってある?」

リナ「ここ高校なので喫煙所はないです。煙を上げるならタバコじゃなくてお線香にしてあげた方が檀家の方々も喜ばれると思います」

山口「正論やめてよぉ!心に効くって!」

 こうしてリナは山口の卒論を読み込む事で幾百幾千とある副露パターンを頭に叩き込んだ。

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 東4局1本場。
 我見のアシストにより羊雲は二副露していた。
 リナは羊雲の手出しツモ切り、そして手牌の並びを予想し当たり牌を絞り込んでいた。

 差し込まれる前にテンパイしたい幻神だったがこの3人の連携技術が上回る。

羊雲「ロン、1000は1300」

 リナの切った牌を羊雲が捕らえる。

 親が流局した事へ幻神は僅かな苛立ちを見せた。

 我見はリナの心がまだ折れていない事へ目を細めた。

リナ(やっと南入。厳しい、厳しいけど絶対諦めるもんか……!)

 そして南場へと舞台が移る。

我見:60300
羊雲:80700
リナ:-84100
幻神:63100



ギフト

『Royal Chocolate Flash(静かな日々の階段を)』

使用者:我見
能力:一気通貫になりやすい手牌が来る

『Silent Movie(背景浪漫)』

使用者:我見
能力:他家の運量を形として捉えることが出来る。当たりそうな牌がわかる。

『DREAMS COME TRUE(未来予想図)』

使用者:羊雲
能力:手牌の正着の選択、上がりへのルートを導いてくれる

『Do as infinity(アリアドネの糸)』

使用者:羊雲
能力:誰かがテンパイした瞬間に1点で待ちを読むことが出来る

『Last Chance(強く儚い者たち)』

使用者:羊雲
能力:場に見た目枚数残り1枚のラス牌で上がることが出来る

『Innocent World(光の射す方へ)』

使用者:幻神
能力:1発ツモまたは1発での出上がりを感じる事が出来る

『LOVER SOUL(くじら12号)』

使用者:幻神
能力:当たり牌を触ることで察知することができる。回数制限有り。

『SEVENTH HEAVEN(ミエナイチカラ)』

使用者:幻神
能力:放銃した場合、その相手から打点2倍〜数倍の手を上がることができる

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