GIFT -Moon-
南1局、親は我見。
我見はサイドテーブルのドリンクを口にした。身体に水分が取り込まれていくのを感じる。思いの外、喉が渇いていたようだ。
流局はないが連荘が何度も生まれ東場が随分長引いている。
百戦錬磨の我見も最終戦で緊張しているのだろうか。
我見(オレこそが最強だと言うことを解らせてやる)
否、我見にとってこの半荘もいつも通り粛々と己の麻雀を打つだけだ。
我見がギフト『Silent Movie(背景浪漫)』を展開し各々の運量を推し量る。羊雲、幻神の運量は東場と変わらず質実剛健という雰囲気を醸し出している。
圧倒的に箱下に沈むリナは運量の炎が消えかかっていた。
我見(やはり凡夫。コイツの代わりにえびてんがこの場に居れば血湧き肉躍るような最高の決勝戦を実現出来たはずなんだ!)
えびてんとの再戦が叶わなかった原因となったリナへの恨みは大きい。我見の絶対的な運量、そして親番というアドバンテージが手牌へ有効牌を呼び込む。
我見の配牌は突出してはいなかったがツモが効いていた。
ドラはないものの手役の絡んだピンフ、一通のテンパイ。
我見のギフト『Royal Chocolate Flash(静かな日々の階段を)』を存分に発揮した親の満貫テンパイである。
ギフトによってテンパイを即座に察知した羊雲と幻神は常人ならば決して止められないはずの我見のロン牌を止める。
ギフトを所持していないリナは自身の高打点と一向聴の手牌によって我見のロン牌を止めることが出来なかった。
我見「ロン。メンピン一通、12000」
リナは震える指先に力を入れ点棒を支払う。
我見(お前を支えているのはこの瞬間ギフトに覚醒するっていう根拠の無い希望だろ?)
絶望的な状況だったがリナはギフト覚醒の可能性に賭けていた。
ずっと、ずっと、ずっと望み続けていたギフトに目覚めること。
我見はギフト『Silent Movie(背景浪漫)』でリナの背後の蝋燭の炎を見つめた。
我見(蝋燭に灯った炎の運量の形は無才の証。ギフト所持者やギフトに目覚める可能性のある者はそれ以外の特別な形をしているんだ。ギフトは天から授けられる才能だ。お前がギフトを手にすることは永遠にないんだよ)
我見によってリナがギフトへ目覚める可能性がゼロだったことが判明してしまう。
しかしそれをリナは知る由もない。
我見:72300
羊雲:80700
リナ:-96100
幻神:63100
南1局、1本場、親は我見。
我見の親を流すために羊雲が役牌を仕掛けて行く。鳴いている🀅をツモり、加カン可能である。
羊雲は場を見渡した。
🀆が三枚切れである事に笑みを浮かべた。
羊雲「カン」
ギフト『Last Chance(強く儚い者たち)』は残り1枚の牌で上がれるというだけではない。
ドラ表示牌となる牌が残り1枚である場合、カンした際にそれが新ドラ表示牌になるのである。
羊雲はそれだけ深く己のギフトを分析し検証していた。
🀆が新ドラ表示牌に現れた。
(羊雲さんの加カンした🀅がモロノリしてる……)
リナは戦慄していた。
ここでも我見と幻神はギフトによって放銃を回避していく。リナは羊雲への安牌が続かないことと自身の手牌が一向聴である事を理由に無筋を押す。
いや押さざるを得なかった。
羊雲「ロン!🀅、ダブ南、ドラ5、16300」
ついに持ち点が箱下10万点を越え、ギリギリの所でしがみついていたリナの手が崖から離れた。
羊雲(やっと心が折れたみたいですね。さすがギフト未所持で決勝まで登って来ただけの精神力でしたがここまでのようですね)
羊雲は光を失ったリナの目を横目で観た。
『諦めろ、考えるな……諦めろ、考えるな……』
リナはついに頭の中で響き続ける無情なこの言葉に屈した。
力なく点棒を渡す。牌を落とす動作も緩慢だ。
幻神(せめてこの半荘が終わるまではちゃんと打ってくれよ)
幻神がそう思うほどにリナの表情からは生気が感じられなかった。
リナのチームメイト達も画面越しに見たリナの姿に涙を浮かべていた。あまりに厳しく苦しい展開と状況。
雀荘メガZで行われていたパブリックビューイングも誰一人声を出せずにいた。
全員がリナの勝利どころかこのまま対局を続けられるのかそれを一番に心配していた。
リナを早くあの地獄から解放してあげたい、それが観戦者たちの共通の思いだった。
ただ一人を除いて。
──────────
えびてん「笑っちゃうようなマイナスだな、リナさん」
応援室のえびてんが対局画面を観ながら呟いた。
えびてん「オレがなんで準決勝で負けたか我見に……いや同卓してるソイツらに教えてやってよ」
えびてんはそう言うとリラックスした様子で対局の行方を見守るのだった。
──────────
我見:72300
羊雲:97000
リナ:-112400
幻神:63100
南2局、親、羊雲。
リナだけが遥か彼方後方へ取り残されたまま南2局が開始された。同卓者の3人はリナがツモって切るという最低限の動作が出来ている事に安堵した。
我見(この局が勝負所だな。ギフトを使わずとも直感がそう言ってる。幻神も羊雲も同じように感じているはずだ)
我見は本日一番の昂りを感じていた。
我見(魅せてやる、『Royal Chocolate Flash』の最強のイッツーを!)
巡目が進むごとに我見の手牌が染まって行く。
我見(萬子の純正九蓮宝燈テンパイ!)
我見が役満テンパイと同時に切り出した三元牌が幻神に鳴かれる。
幻神(我見、わざわざアメリカから四将戦のタイトルのために留学して来るだけの実力は認める!強いよ、お前は……だがオレはお前以上に強い!)
熱く燃えていたのは幻神も同様だった。幻神は一副露大三元テンパイ、索子の両面待ちである。
羊雲(リナさんは申し訳ないですが死に体。我見さんと幻神さんの二人を倒さなければならない展開になることは対局前からわかっていたこと……ふふ、ずっと準優勝に甘んじていた以前の私ではないことを教えてあげますよ)
羊雲「カン!」
羊雲は🀘の暗槓をする。場に3枚切れていた🀗が新ドラ表示牌に現れた。
羊雲「カン!」
更に嶺上からツモった🀃が暗槓される。先程と同様、場に3枚切れの🀂が新ドラ表示牌に現れた。
羊雲(トイトイ三暗刻、ドラ12……出上がり数え役満)
我見に純正九蓮宝燈W役満、幻神に大三元、羊雲にツモリ四暗刻の出上がり数え役満のテンパイが入っていた。
幻神(羊雲、我見!決着をつけようぜ!)
我見(運量は五分!誰が真の化け物か、ここで決まる!)
羊雲(ふふ、このめくりあいを制した者がこの半荘の勝者です!)
唯一無二のギフトと神に愛された天運を有するこの3人だからこそ実現した役満三人同時テンパイ。
全国の観戦者達が前代未聞の役満のめくり合いを固唾を飲んで見守る中で予想外の事が起きた。
リナ「ツモ」
最も早く手牌が開かれたのはリナだった。
リナ「300、500」
役なしツモのみの🀠ツモ。
卓上の3人も暫し言葉を失った。全国の観戦者達が溜め息を吐いた。テレビの前で失笑する観戦者も多数いた。
観戦者たちにとってもそれほど最悪の幕切れだった。
我見:72000
羊雲:96500
リナ:-111300
幻神:62800
────────
審判室。
図苔「オイオイオイ!マジふざけんなよ!このガキ!ここはこの3人の役満のめくり合いがテレビ的に最高の場面だろ!お前は上がり放棄しとけよ!ダンラスどころじゃないウルトラスーパーダンラスだぞ!」
テレビプロデューサーである図苔がリナの上がりに怒りを露わにした。
万智「まぁまぁ、図苔さん。これも麻雀ですから」
図苔を苦笑混じりに宥めるのがこの対局を任された審判の万智である。
図苔「そんなことはわかってますけどね。しかしこれは余りに酷い。何の意味もない上がりですよ!」
怒り、興奮した図苔プロデューサーの愚痴は止まらない。
図苔「視聴者もチャンネル変えたんじゃないかな?私は視聴率が欲しいんですよ!今すぐあの子の上がった手牌を元に戻したい気持ちだ、まったく……クソガキが」
テレビプロデューサーとはこういう性格の人間がなれるものなのかと万智は嫌悪感を抱いた。
四将戦は高校生達が主役の大会なのだ。自分たち大人の都合の良いような展開にするべきだと主張する方がどうかしている。
万智はこの図苔という男を軽蔑すると同時に何かやらかすのではないかと強く警戒するのだった。
──────
場面は卓上へと戻る。
我見(まったく意味の無い上がりを……)
我見は純正九蓮宝燈まで仕上がった手牌を優しく撫でると手牌を壊した。
羊雲(リナさん、よりによってそんな上がりをするなんて……見損ないましたよ)
羊雲は目を閉じ手牌を静かに伏せた。
幻神(せめてリーチしろよ。即ツモだったろ、その手。オレならリーチして暗槓2回のあとでツモってるぜ)
手出しツモ切りを見ていた幻神は苛立ちながら手牌を牌穴へと落とした。
南3局、親番はリナ。
親の残る幻神に備え、我見、羊雲にとってここで大きく加点しておきたいところだった。
前局役満テンパイした事など忘れたかのように我見、羊雲は集中していた。切り替えの早さも超一流なのである。
幻神にも当然二人と同様ここまでの精神的疲労など一切見られない。
三人の圧倒的な気迫が依然として卓上を支配していた。
画面越しに観戦する視聴者達もそれを三人の表情と所作から感じ取れる程だった。
これは三人の戦いなのだと誰もが思っていた。
息苦しくなるような重い空気に満ちた対局室に一陣の風が吹き抜けて行くのを卓上の三人だけが感じた。
この密室の中で風を感じることは有り得ない。
しかし風のような何かが頬を撫で過ぎ去って行くのを三人は確かに感じた。
────パタッ。
三人はリナが第1ツモを零したのだと思った。
リナの心は既に折れている。三人はそれが牌を倒した原因だと直感した。
見せ牌のトラブルは一枚までは問題なく進行して良いはずだと思い出し手牌の隣で倒れた第1ツモを直すよう注意するため声をかけようとした。
その刹那。
リナ「ツモ、16000オール」
幻神も、我見も、羊雲も……絶句した。
リナの天和。ツモった🀅が光り輝いて見えた。最後の親番で魅せた奇跡の上がり。
我に返った3人が点棒の支払いをする。リナの天和には驚いたがまだまだリードは圧倒的だ。
我見:56000
羊雲:80500
リナ:-63300
幻神:46800
南3局、1本場。
羊雲(ふふ、窮鼠猫を噛むって諺を思い出しますね)
羊雲はリナの天和にそんな感想を抱いた。幻神も我見も同じだ。それだけリナに対し点数的にも実力的にも余裕があるという事である。
リナ「リーチ」
天和を上がった勢いそのままにダブリーである。
これには三人の表情が曇った。
ダブリーであろうとこの三人はリナの上がり牌をギフトで感じ取る事が出来る。降りる選択肢はない。先にリナの親を蹴ってしまえば良いのだ。
リナ「ツモ!ダブリー一発ツモ、純チャン三色……8100オール」
幻神はこの上がりに顔を顰めた。まるで自分のギフト『Innocent World(光の射す方へ)』のような1発ツモの上がり。
対局中にギフトに目覚める事はレアケースだがないことはない。
幻神と羊雲はその可能性を考えこの二度の上がりに納得した。
我見(これがギフトの覚醒だと思えるのはまだ幸せだ)
卓上でリナがギフトに目覚めた訳ではないという事実を知っているのは我見だけだ。
我見(幻神も羊雲もどっちもオレと同種の怪物だ。これはオレと同じ天から与えられた最強のギフトを所持し、神に選ばれた運を持つ怪物の中の怪物を決める戦いだと思っていた。だがリナ……コイツはギフトを持たず並の運量の凡夫だ。にも関わらず何故こんな上がりが出来る!?何なんだ?お前は……)
今まで我見を苦戦させたのは神の如き運量とギフトを所持する雀士だけだった。
だからこそ我見の眼からは無才のリナが恐ろしいモノに映った。
我見(えびてんが準決勝で負けたのは今のコイツか?この親番を迎える前までとは明らかに別人だ。……化け物め。そうか。失念していたな。オレは化け物と戦いたかったんだ!こういう未知の化け物と!)
これまで凡夫と蔑んでいたリナを我見は初めて認めた。そして同時に闘志が湧き上がる。我見はこういう強者と打つために日本へ来たのだから。
我見:47900
羊雲:72400
リナ:-39000
幻神:38700
南3局、2本場。
リナはチームメイトから言葉を貰い励まされ勇気づけられた。
ギフトを持っていないことを泣いていた幼いリナへギフトも諦めなければ身に付くと言ってくれたのは麻雀を教えてくれた父だった。
母もリナへ習い事でも何でも始めた事は諦めずにやり遂げなさいと教育して来た。
諦めない事がリナにとってギフトを手に入れるための希望の言葉だった。
『ギフトを欲することを諦めろ!』
しかしリナは幻聴を受け入れずっと欲し続けて来たギフトを手に入れることを諦めた。
リナはもう二度とギフトを欲することはない。
すがっていたギフトへの幻想、憧れを捨て去ったリナはゾーンと呼ばれる状態に入っていた。
リナは高揚していた。熱で背中が汗ばむ。
『考えるな!感じたままに打て!』
ギフトを欲することを捨て去ったリナの脳内に再びあの声が響く。
ずっと頭の中に聴こえていた声は悪魔の囁きでもなんでもない。
ただの自分の声だ。
牌をツモる毎に数多の手牌変化が脳裏を通り過ぎて行く。
今まで繰り返し学んできた手役と打点を加味した牌効率、それらを考える前に正解を指が選択する。
他家が牌を切るたび、おびただしいほどの他家の牌姿が連想される。
その情報が正確無比な写真のようにリナの脳内で保存され場況に合わせて適切に処理されて行く。
感じたままに手牌を進行し、感じるがままに相手の手牌を予想する。
(今たまらなく麻雀が楽しい。ん、次はピンズの積まれた山に突入する)
どこにどの牌があるのか手に取るようにわかる程の神の領域の読み精度。
(牌が透けて見える。楽しい、楽しい!ああ、幻神さんから🀏が出てくる)
リナ「ポン!」
リナは幻神の切った🀏を鳴いて行く。
幻神(おい!今オレが切る前に発声してなかったか!?)
神の如き先見。幻神から🀏が出てきた事を今のリナは偶然とさえ思っていない。
🀏の一副露。3人は役牌、トイトイ、チャンタなどリナの役を推察する。
しかし好形のタンピン手が入っている三人にはリナがテンパイしていない以上、不要牌はツモ切りの選択肢しかない。
リナ「ポン!ポン!」
リナは立て続けに幺九牌を仕掛けて行く。
3副露された幺九牌に三人の表情が曇る。1と9の数牌だけを使った役満の可能性が脳裏をよぎる。
リナに清老頭のテンパイが入っていた。
──────そして。
リナ「ツモ……清老頭16200オール」
リナは袖で軽く額の汗を拭った。
羊雲は不覚にもその姿に見とれてしまった。
羊雲(……信じられない。こんなことが)
羊雲は慌ててリナから目を逸らして点棒状況を確認をする。あれほどの点差が縮められている。
羊雲(侮っていた事を謝りますよ、リナさん。障壁になるのは幻神さんだと思っていましたが、まさかまさか……貴女が最大の敵になるとは、こんな展開は予想していませんでした。ふふ、ですが私は優勝するためにここに居るのです!)
羊雲の瞳にリナが映る。倒さなければならない相手はこの女なのだ。
我見:31700
羊雲:56200
リナ:9600
幻神:22500
リナはついにプラス領域へと戻ってきた。
南3局、3本場。
ここで誰も予想しない事態が起きた。
リナ(今の私なら)
リナは配牌を一瞬開き理牌もすることなく伏せた。
そして第1ツモを盲牌すると同時にツモ切った。
このリナの行動に同卓者の三人は唖然とした。
放送対局ではルールで手牌を伏せてはいけない事になっているからだ。
審判からペナルティが与えられる状況である。
──────
審判室。
万智「オイ!図苔さん!何をする!?これは明らかなルール違反だ!」
審判室ではリナの行動へペナルティを課すため注意勧告を行おうとした万智を図苔が抑え込んでいた。
図苔「うるせぇよ。あの点差から役満2回とダブリーを決めて、更に手牌を伏せて打つエンタメをやろうとしてんだぜ?正直震えたよ!ルールはオレが変えてやる、リナちゃんさっさと局を進めろ」
万智は必死に藻掻くが図苔に腕を決められ身動きが取れない。
図苔「視聴率のためならオレは何でもやるぜ、悪いな万智審判」
図苔は格闘技を身に付けてて良かったぜと笑い、更に力を込めた。
───────
幻神(何故、審判室から注意勧告が来ない!?)
幻神は戸惑った。そしてリナと目が合った。
幻神(……コイツ!)
リナの目は早く切れと言っている。幻神は地下賭場を思い出した。あそこでもこの手の挑発的な視線をよく送られた事を覚えている。
そんな悪意ある視線を捩じ伏せ今の自分があるのだ。
幻神はリナに触発され第1ツモを取った。
リナの下家が幻神でなければこの挑発に乗る事はなかった。我見も羊雲もルールを遵守するからだ。
幻神の地下賭場での経験がこの行動に起因していた。
我見(このままやるんだな?手牌を伏せてオレたちと打つとかナメんなよ!)
この二人がヤル気ならばリナがルール違反をしていようと我見としてもこの場の流れを壊すつもりはなかった。
羊雲(リナさん、いくらなんでも手牌を伏せて打つのはいかがなものかと……受けて立ちましょう!)
幻神から必死さが足りないと言われてからの羊雲も非常に好戦的な性格に変わった。そしてこのリナの行動は温厚な羊雲を怒らせる結果となる。
リナの盲牌は非常に素早く靱やかだった。放送対局では牌を視聴者に見せなければならないため普段よりゆっくり打つことになる。
しかしリナのスピードに合わせた結果、他三人のスピードも上がって行く。
────────
とある家庭。
子供「このリナって人の盲牌カッコイイ……お父さんの盲牌ってなんかこう親指でグリグリってするよね?」
テレビの前の子供がそんな事を言った。
父「お、お父さんだってこのくらい出来るぞ」
子供「えー?ホント?お父さんのはカッコ悪かったけど僕もこういう盲牌したい!教えてよ!」
父「そんなこと言われたらお父さん傷つくって……」
──────
細身で姿勢の良いリナの所作の美しさに視聴者の目を釘付けにさせた。
他三人も所作が良くない訳では無いが男であるが故に力強く動きが大きく見えてしまう。
そんな三人に比べ、リナには無駄な動きがないよう感じられたのである。
更にリナは手牌を伏せているにも関わらずノータイムで手出しツモ切りを繰り返している。
これには上家の羊雲が参っていた。
羊雲も決して打牌が遅いわけではないが、僅か1秒の選択の迷いが下家のリナのツモモーションが早いせいで打牌リズムの乱れになり局面の進行が遅延したように視聴者達の目に映っていたからだ。
羊雲(信じ難い……!張らない!?)
さらに羊雲は一向聴から一向にテンパイしないことに驚愕していた。ギフトと天運の圧倒的アドバンテージによって流局することはまずない三人である。
その三人がまだ誰もテンパイしていないのだ。
リナの手牌を伏せたイレギュラーな行動が場に紛れを起こした。
リナ「チー!」
リナが伏せている手牌から軽やかに2枚牌をめくり脇に晒す。
幻神(本当にどこにどの牌があるか記憶してるのか)
手牌を伏せたままで麻雀をすることなどほぼなかった幻神はリナの記憶力に目を見張った。
そして次巡。
リナ「ツモ!」
リナはそう言うと牌を伏せたまま手早く理牌し手牌を開いた。
リナ「🀀、ドラ3、4300オール」
この上がりを決めた直後、審判室からアナウンスが入る。
万智『審判の万智です。機材トラブルによって、伊織リナ選手の手牌を伏せた状態でのゲーム開始及び進行を中止することが出来ませんでした。今の局は伊織選手の4300オールツモ上がりを有効として次のゲームへ移行してください。伊織選手は今後手牌を伏せないようにしてください、以上です。また審判側にも不備があった旨、謝罪申し上げます。大変申し訳ありませんでした』
リナ以外の三人がこの上がりが無効になる可能性に期待したがあっさりと裏切られた。
我見:27400
羊雲:51900
リナ:22500
幻神:18200
ついにリナが幻神を捲り3着へと浮上する。
────────
審判室。
図苔「これが今の局のちょうど良い落とし所でしょ」
図苔が万智へSNSの画面を見せながら笑った。リナが手牌を伏せた事への批判は散見されたが、それ以上に手牌を伏せた状態での高速の打牌選択と無駄のない所作、そして滑らかな盲牌への賞賛が遥かに批判を上回っていたからである。
万智「図苔さんもこれ以上特定の選手へ肩入れするのはやめてくださいよ」
万智は図苔によって押さえつけられ痛む腕を擦りながら忠告した。
図苔は満足したように万智に笑いながら頷いた。
────────
南3局、4本場。
機材トラブルがこんなにタイミング良く起きるものなのかと我見が勘繰るのは自然な事だった。
我見(ペナルティも無しとは審判も当てにならないな。熱くなってゲームを開始したオレたちにも非があるがこんなことがまかり通るとは……リナ、コイツの都合の良いように場が進行してやがる)
我見はギフト『Silent Movie』を通してリナを見るが変わらず火の灯った蝋燭の形だった。
鬼や悪魔のような異形になっていればまだ良い。
その形は今までさんざん観てきた強者の持つ運の形だからだ。
我見(リナ……コイツは不気味だ……)
物事や事象には運の流れが存在する。
リナへその流れが来ている事が確認出来れば納得が出来る。しかしリナに大きな変化がない。
我見にとってそれは恐ろしいことだった。
何としてでもリナの親を流す事が、幻神、我見、羊雲のしなければいけない共通認識だった。
幸い三人に役牌が対子で入っており早い段階で三人が肝心要となる役牌を仕掛けることが出来ていた。
我見は『Silent Movie(背景浪漫)』によって羊雲と幻神の二人のテンパイが入ったことを察知する。
我見自身もテンパイだが、問題は幻神だった。幻神へ放銃し、放銃点の数倍返しというチートギフト『SEVENTH HEAVEN(ミエナイチカラ)』を親番の残っている幻神からくらった場合優勝が確実に遠のくからだ。
とは言え自身がツモる可能性もある、幻神のギフトを発動させないため見逃しまで視野に入れる。
羊雲もまた手出しツモ切りから幻神と我見のテンパイを察していた。そして当たり牌一点読みのギフト『Do as infinity(アリアドネの糸)』によって危険牌がどれかはわかっている。
しかしそれは一人に対しての危険牌であり、どちらに当たるかわからないのが問題だった。
我見に放銃するのは良いが、幻神へは放銃出来ないのである。
幻神のギフト『SEVENTH HEAVEN(ミエナイチカラ)』は自身が差し込みに行った場合には発動しない。しかしこれを知っているのは幻神自身以外に存在しない。
公式の大会で圧勝し続けて来た幻神が差し込みを行う局面がなかったこと、そしてギフトの詳細は明かさないことが重要だからである。
麻雀部でギフトの能力の詳細を検証し、それが内部からSNSなどによって流出することは珍しい事では無い。
羊雲は祖父の用意した秘密を厳守出来る環境と人材を確保出来たため、自身のギフトを細かく検証出来たがそれはレアケースである。
ほとんどのギフト所持者は自身のギフトの詳細を完全に検証出来ない。デメリットとなる情報を守るためには仕方のないことだった。
しかしこの瞬間だけは幻神も自身に放銃しても問題はないと明かしたい気持ちだった。
事実、既に我見も羊雲も幻神からの上がりを見逃していた。
幻神は当たり牌を感じ取るギフト『LOVER SOUL(くじら12号)』によって放銃するのは分かっていたが切り飛ばしていた。
幻神(ここでオレのギフトがアダになるとは思わなかったな……)
他家へ差し込みをしても自身の強力なギフトの性能ゆえに当たられないという事態は幻神にとっては頭の痛い展開だった。
リナ「リーチ」
そして一人面前進行していたリナからの悪魔のリーチが入る。これにはテンパイしている三人が戦慄した。
今のリナは上がれば確実に満貫以上であるという凄みを感じさせる迫力があった。
更に恐るべきことにリナの上がり牌がリーチの1巡目にそれぞれの手牌へ送り込まれた事であった。
三人の誰もが手形の関係上、リナの上がり牌を使い切る事が不可能だった。
しかしリナの上がり牌が三人へと渡ったことで当のリナ本人の上がり目も消えている。
それでもギリギリまで手牌を崩さずテンパイルートを探った三人だったがノーテン流局となる。
リナ「テンパイ」
リナが手牌を開きノーテン罰符を受け取った。
今のリナの集中力は異常だった。卓上にいる三人はその気配を否が応でも理解し受け入れざるを得なかった。
リナに有利なこの流れを何としてでも断ち切らねばならない。
ここで我見が審判へ意見するため手を挙げた。審判への意見は手牌を牌穴へと落とす前でなければならない。
我見「牌の交換をお願いします」
対局中の牌交換は同卓者3名以上の同意が必要となるが羊雲も幻神も即座に同意した。
牌交換は卓の点検等を含め15分を要する決まりとなっている。
卓外のルールまでしっかりと頭に入れていた我見の目論見が成功することになった。
このインターバルによってリナの集中を切らすことが出来ると三人は確信した。
リナにとって不利な展開になるはずだった。
リナ「ずいぶん対局が長引いてますもんね。私も牌交換をお願いしたかったところです」
まさか絶好調と言って差し支えのないリナが迷わず牌交換に同意するとは思わず我見も驚き目を見開いた。
リナ「それに牌に付いた指紋でどの牌がどこにあるかわかっちゃいますし」
リナのこの言葉に三人は思わず手元の牌に目をやった。
リナ「あはは、冗談ですよ、そんなこと出来るわけないじゃないですか」
三人が思いのほか本気にしたのでリナは卓を軽く叩き笑った。
普通なら笑い返すところだが三人は笑えなかった。
今のリナにはそれを信じさせるだけのオーラがあったからだ。
リナ「汗をかいたのでシャツを替えて来ますね、15分なければ着替えなんて出来なかったので助かります」
リナは立ち上がり、幻神の耳元で何事か囁き対局室から去って行った。
羊雲も我見も何を言われたか少し気になったが特に幻神へ聞くことはなかった。
幻神はノーテンで伏せていた自分の手牌を恐る恐る開いた。
リナが耳元で囁いた通りの牌が並んでいた。
──────────
いちご「リナ!」
対局室から出て来たリナを迎えたのは米田いちご、そして瀬戸名ゆうかの二人だった。いちごはリナにタオルを渡した。気が利くね、とリナは微笑んだ。
リナ「ロッカーへ行って着替えたい。シャツ変えないと気持ち悪いし」
ゆうか「着替えなんて持ってきてるの?」
リナ「お守りがわりに持って来た服があるんだ」
リナはそう言ってロッカーへと向かった。
いちご「えっ?それ着るの?」
いちごがドン引きしたのは黄色地に『Z』の文字が刻まれたTシャツだったからだ。
リナ「まさかこれを着て戦うことになるとは思わなかった……でもちょっと燃えてきた!」
Tシャツの背中には雀荘メガZの子供たちや常連たちのリナを応援する言葉が綴られていたからだ。
リナ「いちごちゃん、食べ物ある?軽食でいいから」
いちごは手提げバッグからカロリーメイトを取り出す。リナは次々に口に入れて行く。
リナは思考を捨て感じたままに麻雀をしていたつもりだったが、実際のところ膨大な量の情報の中から感覚で正しい情報だけを抜き取るという神業を無意識にやっていたのだ。
リナは凄まじいほどの体力を消耗していた。
リナ「この15分休憩がなかったら倒れていたかも」
リナは呑気に笑ったが実際あのまま打ち続けていたらガス欠を起こしていた。
我見たちにとって最高のタイミングで対局を一旦止めた事がリナとしては救いとなったのだった。
ゆうか「リナ、もうそろそろ15分になるよ!」
ゆうかは時計を見ながらリナへ対局室へ向かうよう促した。
リナ「ゆうかのシュシュで髪留めてもらっていい?いちごちゃんのリストバンドも貸してほしいかな」
ゆうかは自分のシュシュを外しリナの髪を留めた。
いちごもリストバンドを外してリナへと手渡した。
リナ「ん、最強装備って感じ!負ける気がしない!」
リナは立ち上がるといちごとゆうかに背中を向けた。
リナ「気合い入れてもらっていい?」
いちごとゆうかは頷くと右の手のひらに息を吹きかけた。二人のリナの背中への平手打ちは良い音を響かせた。
リナ「痛っっっっったぁぁあ……めちゃくちゃ気合い入った!勝ってくる!」
リナは右手を振り上げると対局室へ歩き出した。
─────────
幻神は戦慄していた。
幻神(こんなこと出来るのか?本当に?信じられない……)
流局後に手牌を当てられた事があるという話しは何度か耳にしたことはあった。
しかし自分がやられたのは初めてのことだった。
そして手牌を当てる為には羊雲と我見の手牌構成も必要になる。
リナは三人の手牌をそれほど高い精度で読んでいたことになるのだ。
リナ「そろそろ対局再開ですね」
幻神は対局室へ戻って来たリナを睨み付けた。
─────────
シャレたシュシュで纏められたポニーテール、パンダのデザインされた可愛らしいリストバンド、何よりも目を引く黄色地のTシャツにZの文字。
そんなダサTを着たリナを見たほとんどの視聴者は思わず笑ったし、図苔プロデューサーなど手を叩いて馬鹿笑いした。
雀荘メガZのZ店長は目を潤ませながら喜んだし、Tシャツに寄せ書きをした常連や生徒達は笑顔になった。
しかしリナと対峙している三人はTシャツのことなど気にならなかった。
テレビ画面越しでは伝わらないただならぬオーラをリナから感じていたからだ。
我見:26400
羊雲:50900
リナ:24500
幻神:17200
供託:1000
南3局、5本場。供託1。
羊雲はギフト『DREAMS COME TRUE(未来予想図)』によってこの手牌に上がりの道筋がある事を確信した。
リナ「ポン」
その矢先に起こったリナのおた風ポン。三人が役牌と手役へのケアを頭に入れる。
リナ「チー」
リナは鳴ける牌はなんでも鳴いて行く。にも関わらず手出しされた対子の役牌。これに三人が頭を悩ませた。
三人の頭の中から上がりの可能性のある役牌と手役が次々に消えていく。
幻神(リナのこの仕掛け役がない?)
我見(第1打からいきなりテンパイ狙いの仕掛けをした?ふざけているのか?)
幻神と我見はリナの謎の仕掛けに苛立つだけだったが羊雲は違った。
羊雲(私の有効牌が流されている!?)
リナからツモ切られる牌が全て羊雲の有効牌なのだ。三副露目でリナに完全に役がない事が確定する。今が攻め時であると分かっているのに三人は困惑した。
テンパイしないのである。
リナが絶妙なタイミングで鳴きを入れる事で三人の有効牌を食い流して行く。
羊雲(『DREAMS COME TRUE』の指し示していた上がり手順が薄くなっている……信じ難いですね、何です?この鳴きは)
羊雲の『DREAMS COME TRUE』は数手先の正解を指し示してくれるギフトだ。周りの仕掛けが入る事も考慮されており隙がない。
しかし羊雲はギフトの検証によって『DREAMS COME TRUE』は麻雀初心者や余りに牌理に沿わない選択をする者が同卓した場合、精度が著しく低下することが判明している。
羊雲(つまりリナさんのこの役なし仕掛けはクソ鳴き……!しかしここまで有効牌をピンポイントに食い流せるものなのか?)
更にリナが両面をチーをして裸単騎となる。次巡出てきたのがスジ牌であり食い変えだと分かった。
羊雲(その仕掛けに何の意味が!?)
羊雲だけでなく他2人、いやこの対局を観ている全ての人々が思った。
更に裸単騎になったリナから発せられる鬼のようなテンパイオーラ。ご丁寧にツモモーションまで変えている。
羊雲(わかってますよ!テンパイなのは!でもその仕掛け役がないでしょう!)
我見(ふざけやがって!なんなんだこの局は!?これが高校麻雀界最高峰の決勝卓か!?)
幻神(テンパイさえすれば!テンパイすればこのふざけた裸単騎にリーチをぶつけてやるのに……!)
ここでリナの手が止まる。
リナ「カン!」
リナが初手で鳴いたおた風の加カンをした。
リナ「ツモ!700は1200オール」
リナの嶺上バックが炸裂する。
羊雲(何です?そのふざけた待ちと上がりは……)
羊雲がそう感じたのも無理はない。
リナが嶺上からツモった牌が場に2枚切れの🀐でありラス牌、まるで羊雲のギフト『Last Chance』を真似たかのようだったからだ。
羊雲(今のリナさんの麻雀はあまりにも自由過ぎる……)
そして今の局は絶対にリナに連荘させてはいけなかった。本来親が流れる運命だった局をリナに捻じ曲げられてしまった。
それを一番に理解しているのは卓上の三人だった。
我見:25200
羊雲:49700
リナ:29100
幻神:16000
南3局、6本場。
リナ(麻雀、楽しすぎるっ!)
多幸感がリナを包み込む。
相手の上がりを潰し自分が上がりきる。麻雀で得られる快感の1つだ。
それに反するようにリナに湧き上がる飢えにも似た渇き。
リナ(もっと上がりたい)
リナの集中力が増したのを三人は感じた。
我見(嫌な予感しかしない)
我見が不安に思ったのも当然のことだった。ギフト『Silent Movie』に映るリナの運量。凡夫が形作る蝋燭と炎。本体が短くなるほどその炎が一気に燃え上がっている。この半荘が終わればリナのこの異常な力は失われるだろう。
リナの今の強さはギフトによるものではないのだから。
我見(だからこそこの化け物と戦えるのは今しかないんだ!)
我見もかつてないほど闘志が燃え盛るのを感じた。
我見はリナの第1打🀖から超好配牌と変則手を推測、更にリナが🀅をポンしたことで役牌を絡めたメンツ手を想像する。
最も警戒すべきなのはドラを固めて持っている可能性だ。それを頭に入れる。
今のリナの手が安いはずがないのだ。
我見(『Royal Chocolate Flash(静かな日々の階段を)』!)
我見は数ある手役の中で牌が綺麗に並ぶ一気通貫が最も好きな手役だった。鳴いても成立し読まれにくい。自分に最も合っている役だ。
この役と共にアメリカ、日本、そしてこの四将戦でも勝ち続けて来たのだ。
我見にとってこのギフトこそが最も信頼出来る相棒なのだ。
リナの2副露目となる🀑🀒🀓のチー。
三人がリナのテンパイを察知する。
我見(リナ、これでお前の親番を終わらせてやる!メンチンイッツー、一盃口、赤……テンパイ!)
我見「リーチ!」
我見の出上がり三倍満の先制リーチ。普段冷静な我見も初めて遭遇した未知の怪物、リナへの対抗心からリーチ発声が大きくなっていた。
我見の迫力に思わず羊雲と幻神も二人の戦いに踏み込むのを躊躇ってしまう。
これによりリナと我見のめくりあいが始まる。
めくりあいはまるで真剣を持った二人の斬り合いとなった。
我見は天下五剣の一つ『童子切安綱』を握る。
妖怪酒呑童子を屠ったとされる刀だ。
リナは妖刀『村正』。今のリナは人外。我見の目にはそう映った。
我見(斬り伏せてやる!!!!!)
ツモのたびに卓に牌が強打される。リナと我見の眼が血走っている。
二人の体温が一気に上昇して行く。
我見の『童子切安綱』がリナに振り下ろされる。
リナはその一太刀を紙一重でかわし、妖刀『村正』の刃が我見を襲う。
我見から鮮血が飛沫となって吹き出した。
リナの手元に叩き付けられた🀗。
リナ「ツモ!緑一色、16600オール」
第1打🀖は索子ホンイツの3翻を捨てた緑一色狙いの一打であることを我見は察した。
己の全てを注いだと言っても過言ではない今の三倍満がリナへ及ばなかったことに歯軋りした。
我見:7600
羊雲:33100
リナ:79900
幻神:-600
全国の視聴者達、そして幻神と打ったことのある高校生、社会人そしてプロ、その全てが幻神が箱下に沈んだことに驚愕し動揺した。
中学時代から今日まで最強の名を欲しいままにした雀士は箱下に沈んだことなどないのだから。
南3局は7本場へと突入する。
リナの親を流さなければいけない、それが3人の共通認識だった。
羊雲は上がりさえ良いという有利な点棒状況だが、優勝するためには親番の残っていない我見はオーラスのために打点が必要となる。安手を上がれないという縛りがあった。
幻神はオーラス親番が残っておりこれは大きなアドバンテージだった。
幻神も安い上がりが許される状況だ。ただしリナの親の流すため放銃の数倍の打点で上がり返すギフト『SEVENTH HEAVEN』の能力を警戒している我見と羊雲への差し込みは出来ない。
幻神(そもそも差し込みなんてオレのスタイルじゃない。いつも通り自分で上がり切れば良い!やる事は変わらない!)
幻神は史上最強と言われる実績を高校3年間で残して来た。
その3年間リナに対して一度たりとも苦手意識を持った事も強いと思ったことも無い。
幻神(10巡目で満貫一向聴。場には字牌が安いか?我見の河がいかにもチートイくさいな)
幻神はツモって来た二枚切れの🀂に嫌な感覚を覚えた。ギフト『LOVER SOUL(くじら12号)』によるロン牌察知である。
幻神(この🀂が当たるとしたら我見か。羊雲もリナも🀂が当たるような河じゃない。羊雲が🀂で待っているなら『Last Chance』のギフトでリーチをしている。この🀂は我見に当たるが、オレのギフト『SEVENTH HEAVEN』を恐れて見逃しするだろう。ならさっさと切っておくか。リナの親流しの可能性を僅かでも上げておきたい)
🀂を切ろうとした幻神だが指離れが悪い。それは珍しい事だった。
マサジ親分「そんな時は牌が切られることを嫌がってんだよ」
そんなオカルトチックなことを言われたなと、ふと思い出したが幻神は🀂を河へ捨てた。
リナ「ロン」
幻神はその声のした方を見て目を見開いた。
リナからテンパイ気配など微塵も感じなかった。
嶺上バックのふざけた仕掛けの時にはあれほどテンパイ気配を全開にしたにも関わらずここではゼロ、使い分けが自由自在。
リナ「七対子字一色……48000は50100」
幻神はすぐにリナの河に目をやった。自分の読み違いを真っ先に疑った。しかし字牌も端牌も切れている。やはり変則手のような河には見えなかった、まして字一色になど。
痛恨を遥かに超える役満放銃。
高打点で上がり返す最強のギフト『SEVENTH HEAVEN』は差し込み以外にもう一つ発動しない条件があった。
危険牌を感知するギフト『LOVER SOUL』が警鐘を鳴らしていたにも関わらず放銃した場合である。
そんな特殊な条件をリナが知るはずもない。
リナ(幻神さんの不可避のギフト『SEVENTH HEAVEN』、それでも今の私なら)
今のリナには幻神のギフト『SEVENTH HEAVEN』をいなせる自信があった。
幻神(クソが……!!!!!)
幻神の心は怒りで黒く染まった、今のリナの力量を見誤った自分に。
我見:7600
羊雲:33100
リナ:130000
幻神:-50700
南3局、8本場。
リナ(『SEVENTH HEAVEN』、来るなら来い!)
リナの勢いはとどまることを知らない。
幻神のギフト『SEVENTH HEAVEN』は発動しない。しかしそれをリナは知る由もない。
リナへの役満放銃で幻神は完全に死んだかのように思われた。
幻神(許さない……!)
身を焼くような怒り。箱下という点棒状況に幻神はこれ以上ない屈辱を覚えた。
幻神に与えられたドラもない字牌とペンチャンだらけの配牌。
幻神(オレこそが最強なんだ!)
幻神は麻雀の神に愛されている。
幻神の構想する最終形、ツモがその最終形になりたがっているかのように噛み合って行く。
幻神「リーチ!」
我見と羊雲もリナも、このリーチがギフト『Innocent World(光の射す方へ)』によって一発ツモになる事を知っている。
リナ(うるさいな!今の私に一発ツモを阻止出来ないとでも?)
リナがリーチの一発目に切った牌を我見が呼応するようにポンする。幻神の一発を消すと同時にツモを飛ばす。
羊雲(さすが幻神、と言わざるを得ないですね。これは幻神さんの上がり牌!)
羊雲が幻神から食い流れた上がり牌を手牌へ仕舞い込む。
リナ(幻神さんのリーチをこのまま凌ぎつつテンパイを取る!なんなら上がり切るよ!)
リナに幻神の当たり牌は分からない。その代わり自分の手牌、手出しツモ切り、中張牌がやや多めに並んだ河、そして我見と羊雲のおおよその手牌構成から幻神の待ちを推測。
リナ(チャンタ系の手役の絡んだ変則手なんじゃないですか?待ちは決して広くはない、シャボ!)
リナの読みの精度は恐ろしく高かった。
しかし幻神はそんな読みを純粋な力でねじ伏せて行く。
幻神「ツモ!リーチツモ、チャンタ、三暗刻……裏3……4000・8000は4800・8800」
我見:2800
羊雲:28300
リナ:121200
幻神:-32300
幻神(オレは……絶対に勝たなければいけない)
幻神は卓の下で拳を強く握り締めた。
リナ(これが幻神……!私がずっと足元にも及ばなかった存在!これでこそ最強高校生だよ!)
リナは倍満の親かぶりをしたにも関わらず笑った。
─────────
幻神が四将戦に挑むひと月前のことである。
マサジ親分の側近である堂谷から突然の報せがあった。
堂谷「親父とここしばらく話せてなかったろ?親父は癌でな。今投薬治療をしている」
堂谷の言葉に幻神は酷く動揺した。
幻神「助からないんですか!?」
堂谷「親父も歳だからな……医者も難しいだろうとのことだ」
幻神「そんな……」
俯く幻神へ若い衆が問いかけた。
堂谷「親父は今は治療の影響で意識がねぇ……それでも会いたいか?」
幻神は顔を上げた。
幻神「会いたいです!オレが弟と妹と普通に暮らせているのは親父のおかげだ、礼も言えてない!それにプロになるのが親父との約束なんです!今会えなかったら絶対に後悔する!」
堂谷は頷くと幻神を車に乗せ病院へと向かった。
堂谷「病院ではこれで顔を隠せよ。オレ達ヤクザと繋がりがバレないようにしろって親父から口うるさく言われてたからな」
幻神は堂谷から渡された帽子と眼鏡とマスクを着け病室へと向かった。
病室ではマサジが人工呼吸器を着けた状態で眠っていた。覚悟を決めて会いに来ていたのに意識のない痩せこけたマサジを見て幻神は何も言葉に出来ず涙を流していた。
堂谷も黙って幻神を見ていた。幻神は涙を拭うとマサジに声を掛けた。
幻神「オレは四将戦で優勝してプロになるよ。優勝したら特別にプロとして推薦してもらえるって。親父の成れなかったプロの世界で勝つところを見せてやるよ!……だからさ、絶対元気になってくれよ!生きてくれよ!」
その時、幻神の言葉にマサジが目を開いた。
堂谷「お、親父!?」
真っ先に驚いたのは堂谷だった。堂谷が声を掛けてもずっとマサジは無反応だったからだ。
幻神はマサジが微かに口を動かすのを見逃さなかった。何か言い終えたマサジは再び目を閉じた。
幻神「親父……わかったよ……」
マサジの言おうとした言葉を理解した幻神は立ち上がった。堂谷は病室を出ようとする幻神を呼び止めた。
堂谷「お、おい!」
幻神「親父から『勝て』とそう言われたんです。絶対に四将戦で優勝してプロになる!」
優勝すればマサジが意識を取り戻し快方へ向かう、そんな確信めいた予感がした。
ならば幻神のする事は一つだけだった。
心身共に最高の状態で四将戦を迎えることである。
幻神はどんな大会よりも燃えるのを感じていた。
幻神「これが大切なものを背負って戦うってことか……」
病院を出た幻神は一人そう呟いた。
────────
あの時の誓いが幻神に燃えるような闘志を湧き上がらせた。
幻神(オレの優勝条件はわかりやすくて良い。上がり続ければ良い。オーラスの親番、止められるもんなら止めてみろ!)
我見(オレの条件は二着。羊雲を倍直……トリプルツモ条件。オレは今までこういう苦しい条件をクリアして勝ち続けてきた!)
羊雲(ずっと準優勝に甘んじて来ましたが上がれば良いという条件、優勝はかなり現実的ですね。しかしだからこそ油断は出来ない。高校最後の大会、優勝してみせる!)
リナは合計スコアを計算していた。この3半荘目は圧倒的な点数でトップ目だが、先の2半荘が2ラスだった事が響いている。
現状我見は
優勝するためには羊雲との素点39000点差を縮めなければならない。ここまで来てなお、役満ツモで1000点ギリギリ足りない素点差である。
リナ(優勝出来るかもってとこまで来たのに条件キッツぅ……)
リナは髪を留めているゆうかから受け取ったシュシュに触れ、次いでいちごから借りたリストバンドに触れた。
リナ(さて、オーラス!行くよ!二人とも!)
南4局、オーラス、親は幻神。
高校麻雀界最強の名を欲しいままにしてきた幻神にとってかつてない絶対的窮地、そして麻雀人生最強の敵と認めざるを得ない覚醒したリナ。
幻神(オレは麻雀というゲームから愛されている)
これは純然たる事実だった。
そしてその麻雀の神から与えられた親番・幻神の手牌は国士無双一向聴。
幻神(勝つのはオレだ……!)
力を込めた第1ツモで国士無双十三面待ちテンパイ。
四将戦ではW役満が採用されている。
一撃で32000オール、96000点の収入になるのである。
幻神(ギフト『Innocent World(光の射す方へ)』が言っている!一発ツモを感じる!)
感情を剥き出しにしたリーチ宣言と強打。
幻神「リーチ!」
幻神の宣言牌は🀗でありドラ表示牌だ。
我見(チッ……ここでダブリーかよ、ふざけやがって!とりあえず現物があるおかげで助かったぜ)
持って生まれた運量、我見の手牌には完全孤立牌である🀗があった。国士無双十三面待ちとは言え放銃しない星のもとに生まれている。
(このダブリーはヤバすぎですね、国士十三面じゃないですか……勝負は次局になりそうですね)
羊雲もギフト『Do as infinity(アリアドネの糸)』によって待ちを読み放銃は免れるが手牌はテンパイまでは遠い。おそらく一発ツモになるであろう幻神の上がりを許容するしかなかった。
幻神(そう、終わりだ。この32000オールでオレが優勝する!)
幻神がそう確信した刹那、ふと対局前にリナへ向けた自分の言葉が脳裏を過った。
『どれほどの期待や覚悟を背負っていても負ける。それが麻雀の理不尽さだ』
勝利し続けて来た自分には一生あてはまらない言葉のはずだった。
リナ「ツモ」
リナが優しく、そして静かに手牌を倒した。
「地和。8000.16000」
地和でなければドラも役もないカン🀠待ち、300.500のツモ上がり。
そしてこの牌姿は奇しくも南2局の役満3人テンパイをリナがツモのみで流した時と全く同じだった。
まさかの決着にリナ以外の時が止まっていた。
『最後の最後まで絶対に油断するな。オーラス、リー棒1本出しただけで捲られる事なんてザラにある』
幻神はマサジの言葉を思い出していた。自分がダブリーをしていなければリナは優勝するためにこの地和を上がることが出来なかった。
国士無双十三面という最強の待ちと一発ツモを感じるギフト『Innocent World』を過信したダブリー敢行が取り返しのつかないミスとなってしまった。
力なく幻神が、そして我見と羊雲が点棒を支払って行く。
我見:-5200
羊雲:20300
リナ:153200
幻神:-48300
我見:31.7+3-40.2=-8.5
羊雲:12.6+14-4.7=21.9
リナ:-45.3-70+138.2=22.9
幻神:1+53-93.3=-39.3
幻神の出したリーチ棒1本の差でリナの優勝である。
「ありがとうございました!」
リナが顔を上げた。
しかし、幻神、我見、羊雲の三人は顔を上げられずに俯いたままだ。
顔を上げることが出来ないほどの悔しさなのだと瞬時に悟った。
そして同時にこの卓上の光景を前にリナはこの最強の三人に勝ったという実感が自身の中に湧いて来るのを感じた。
リナが席を立とうとした時。
リナ「ウソ!?身体に力が入らない……」
頭も冴えている調子も良い、しかし立ち上がれないのだ。
必死に椅子から立ち上がろうとしていたリナの姿を見ていた三人が笑い出す。
羊雲「何してるんです?」
リナ「いや、なんか自覚のない疲労で立ち上がれないんです」
我見「こっちは負けたショックで本気で落ち込んでるのに笑わせてくるのは卑怯だろ」
リナ「それは本当にごめんなさい」
幻神「肩なら貸すがどうする?」
リナ「とりあえず立ち上がりたいので手引っ張ってもらえます?」
幻神「子供か……」
幻神と羊雲に手を引かれてリナはなんとか立ち上がることが出来た。
我見「別室で表彰式が始まるぞ。歩けるか?」
リナ「歩くのは大丈夫みたいです」
羊雲「ふふ、優勝者がこれじゃ締まりませんね」
我見「……生まれて初めてコイツには勝てねぇって思ったよ」
我見はリナへそれだけ言うと照れた表情を見られないよう先頭を歩き始めた。
羊雲「リナさん、私は大学へ通いながらプロになるつもりです。次はプロの世界で会いましょう」
羊雲は振る舞いこそ紳士的だが表情は悔しさに滲んでいた。
幻神「オレもプロになる。これまではギフトを持っていないキミを侮っていた。だが今は違う。次は必ず叩き潰す!」
幻神はリナへ握手を求めた。
リナは差し出された幻神の手を強く握り返した。
リナ「私も必ずプロになります!次も勝ってみせます!」
幻神は微かに笑うとリナの先を歩いて行く。
別室では表彰式が行われる準備が整っていた。
高校麻雀界における最高峰の大会・四将戦の実況を務めた羅生アナウンサー、そして解説の現トッププロ菅和馬が4人を褒め讃えた。
4着となった幻神から順に我見、羊雲と表彰されていく。
そして優勝したリナは四将戦優勝トロフィーを受け取った。
重い。このトロフィーから感じる重さがリナにとってそのまま優勝の価値だ。
羅生「伊織リナ選手、優勝おめでとうございます。率直に今の感想をいただいてもよろしいでしょうか?」
トロフィーの重みを噛み締めているリナへ羅生アナウンサーがマイクを向けた。
リナ「優勝するためにこれまでずっと頑張って来ました。チームメイト、それに私を支援してくれた雀荘の皆、家族、友達……感謝を伝えたい人は数え切れないくらいいます」
感極まったリナの目からは涙がこぼれた。
思わず羅生アナウンサーの目も潤む。菅和馬プロも同様だ。
二人は黙ってリナが落ち着くのを待っている。
リナはリストバンドで涙を拭いた。
リストバンドのパンダと目が合う、リナは思わず笑うと軽く息を吐き呼吸を整えた。
「この優勝こそ私にとっての最高のギフトです!」
Fin
エピローグ
幻神は一人、選手控え室にいた。
今は一人にして欲しかった。
自分が勝てば親父が治る、そう誓いを立てて挑んだ四将戦での敗北。
携帯電話が鳴っている。
負けた今とてもじゃないが電話に出る気にはなれなかった。
幻神「負けたってわかってるのに電話して来るんじゃねぇよ」
そこで幻神はふと思った。何故そんなタイミングで掛けて来るのか。
幻神「まさか……!」
非通知の表示。間髪入れず幻神は電話に出た。
マサジ親分『よぉ……負けたらしいじゃねぇか』
幻神「親父……なんで!?」
マサジ親分『おめぇが負けたからな。優勝してプロになってたらあの世へ行くところだったが負けちゃまだ死ぬわけにはいかねぇだろ。プロになって勝つとこ見せてくれるんだろ?……息子よ』
幻神はその場で泣き崩れた。