脳の大統一理論: 自由エネルギー原理とはなにか (岩波科学ライブラリー 299) 単行本 – 2020/12/24乾 敏郎 (著), 阪口 豊 (著) Amazonレビュー
2021年3月11日に日本でレビュー済み
知覚が、トップダウンとボトムアップとの連携で実現されるという見方は、認知心理学や人工知能に於いて、古くからあります。ここでは、トップダウンの仮説を選択する方法としてのベイズ推定が強調されていますが、ベイズ推定は、あくまで、トップダウンに選ばれるべき仮説についての理念であり、実際には、実用的方法で代替することになります。理念的に、ベイズ推定の観点から、トップダウンに選ばれるべき仮説が存在するということです。
最も広い推論方法は、フォーダが『精神のモジュール形式』で指摘しているように、「仮説を生成し、検証する」という やり方です。パースの言葉を使えば、アブダクション推論です。
問題は、脳の知覚に於いて、このような、アブダクション推論が働いているか ということです。これと対立する考え方(/アプローチ)は、「知覚は、あくまで、ボトムアップのデダクション推論である」という考え方(/アプローチ)です。取り敢えず、前者をアブダクション推論アプローチ、後者をデダクション推論アプローチと呼ぶことにします。
アブダクション推論アプローチについて、注意すべきことは、仮説は、どれだけ検証されても、論理的に真とはならず、仮説にとどまるということです。確率的に尤度を高めて行くことができるのみです。故に、それを知識(信念)化する際にも、常に、将来、修正を受ける可能性があります。仮説は、経験的事実では、ありません。
それに対し、デダクション推論では、経験的事実から導かれる経験的事実のみが生成されます。経験的事実を知識(信念)化すると、それは、将来も否定されることが ありません。つまり、知識(信念)は 単調に拡大します。
脳が アブダクション推論アプローチとデダクション推論アプローチとの どちらのメカニズムであるか は、本来、脳の動作を直接に調べて検証すれば、どちらが正しいか 決着される問題です。
本書は、アブダクション推論アプローチの立場で書かれています。
アブダクション推論アプローチには、以下の弱点が あることを指摘しておきます。
(1) 脳は、数百ミリ秒以内で行動を選択します。仮説が検証で大きくエラーを起こした場合、修正して、そこそこ使える仮説に辿り着く暇が ありますか?
※サッケード(視覚目標を視力の高い網膜中心窩で捉えるための急速眼球運動)については、視覚刺激到達から150ミリ秒で運動が開始します。
(2) 知識(信念)は、常に、調整を受ける必要があります。そのメンテナンス・コストは 膨大です。これは、論理学的には、公理系の整合性を維持するコストであり、数学的には、不完全性定理から、無限のコストが かかります。
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