バスオーボエって何?~ホルスト「惑星」だけではない特殊楽器4
ここで「惑星」で使われている、テナーチューバ、バスフルートといった特殊楽器の採用について考えたい。
テナーチューバは、作曲者自身がトロンボーン奏者であり、かつ吹奏楽曲である、「第一組曲」「第二組曲」を作曲するなど吹奏楽に詳しかったことが挙げられよう。実際、オーケストラ作品においても、「ある馬鹿な男」においても使用されている。
一方、バスフルートについては、前回の投稿に掲げたように、その数年前に使われた「ダフニスとクロエ」や「春の祭典」の影響が思いつく。ただ、2曲のようなソロ楽器としての扱いはない。「惑星」での同族楽器の低音部を支える使用例から、当時盛んであったフルートアンサンブルの影響もあると考えてみたがどうだろう。
では、バスオーボエはどうか。しばしば言及されるのは、リヒャルト・シュトラウスの「サロメ」「アルプス交響曲」に登場したヘッケルフォーン使用の影響を受けたであろうか。確かに、ホルスト作曲中に、初演されているし、当時の著名作曲家の作品だけにいろいろと情報があっただろう。また、ヘッケル社の手記にあるように、著名作曲家への「営業活動」もあったのかもしれない(ヒンデミットは室内楽曲を作っている)。
では正解なのか。ここで、Rシュトラウスの使用例に注目しよう。彼は、ヘッケルフォーンをソロ楽器でなく、専らアンサンブルの楽器として使っているのだ。事実、「サロメ」「アルプス交響曲」などで音がはっきり聞こえる場面は非常に少ない、というかほとんどない。「サロメ」なら、主人公が首を所望する内面を示すコントラファゴットの大ソロ、七つのベールの踊りのオーボエのソロが印象的だが、大切な場面でまったく見向きもしていない。
ホルストがスコアを見て研究した可能性もあろうが、よく聞こえない楽器についてホルストが関心を寄せる可能性は低いのではないか。また、「惑星」ならではソリステックな使用法にもつながらない。Rシュトラウスの影響が低い証拠になる。
注目したいのは、以前の投稿で紹介した「第一舞踏狂詩曲(ダンスラプソディー1番)」だ。この曲はバスオーボエのコンチェルトのような曲になっている。「惑星」でもソロはわずかしかないのに、この曲では最初から最後までずっと主要テーマを吹き続ける。
冒頭は、イングリッシュホルンとの2重奏で、バスオーボエは最低音域に下降。イングリッシュホルンよりも低音域に到達する楽器であることをアピールしている。陰鬱なイギリスの気候、荒野を思わせるこの曲調には、バスオーボエの落ち着いた音がふさわしい。そして、「惑星」の「土星」のソロを思い出させる。
もう一つ、「人生のミサ」という曲がある。こちらは牧童のアシ笛を模した箇所。「幻想交響曲」の3楽章をも想起させるが、こちらはオーボエ、イングリッシュホルン、バスオーボエの三重奏。この3種の使い方は、「海王星」のオーボエ族アンサンブルに通じる。
つまり、ホルストは、「サロメ」などRシュトラウスの影響でなく、すでに発表されていたディーリアスの作品の影響を受けて、使用を決断したのではないか。もちろん、唐突にバスオーボエ使用を思いついた可能性もあるが、少々無理があろう。
ディーリアスの後、イギリス系のオーストラリアの作曲家グレインジャーが「戦士たち」で使用した。曲の中ほどに長いソロを設けた。解説書にバスオーボエとあったのでひどく驚いた下りは前の投稿で紹介した。ラトル&バーミンガム響のCDの解説書によると、
「この曲の楽譜を、ディーリアスにささげることにした。(中略)二人は親友になっていたのだ。ディーリアス同様、グレインジャーも、バスオーボエのような楽器のために曲を書くのが好きだった。『戦士たち』でも、バスオーボエは大活躍している。彼はたぶん、バスオーボエのソロ部分から『ダンスラプソディ1番』を書き始めた先輩作曲家に、敬意を払ったのだろう」
とある。
ソロの部分は、1911年の声楽曲「孤独な砂漠の男が陽気な部族のテントを見つける」より採られている。2000年初め、昭和音大吹奏楽団が日本初演に行い、一番前で聴いたことがあった。バスオーボエはソロだけ使用していた。両作曲家は個性的なことでも有名だが、バスオーボエの使用もその反映といえるかもしれない。
ディーリアスがイギリスに帰国した後は、その影響を受けて、ホルスト以外のイギリスの作曲家もたびたび使用している。ブリテン、バックス、ティペットがそうであり、バックスの使用例は聴いたことがある。
イギリスでは、その後も指定する作曲家がいた。1943年生まれのギャビン・ブライヤーズが、なんとバスオーボエ協奏曲「東海岸」を書いたのは特筆される。「第一舞踏狂詩曲」の再来のような曲であるが、CDを入手できていない。非常に残念だ。
低い音域のオーボエ族の楽器の指定の経緯はかなりの確率で推測できた。ここで疑問が生じる。作曲家が指定、想定したのは、バスオーボエ、ヘッケルフォーンどちらなのだろうか。実はこれが大問題なのである。(続く)