肩甲骨の形態測定研究:ブラジル北東部における解析
概要
本研究は、ブラジル北東部にある成人ヒト乾燥肩甲骨116個を対象に、肩甲骨および関節窩(glenoid cavity)の形態測定を行い、その形状と寸法を分析したものです。肩甲上腕関節(glenohumeral joint)の安定性や外科的処置、義肢選択に影響を与える要因として、関節窩の形状の違いが指摘されています。本研究の結果は、解剖学的知見の向上だけでなく、肩関節の病態理解や手術計画の立案にも寄与する可能性があります。
研究の背景
肩甲骨は胸郭後壁に位置する扁平な三角形の骨であり、上腕骨頭と関節を形成するための「関節窩」を持ちます。この関節窩の形状には個人差があり、形状の違いが肩の損傷リスクや手術アプローチに影響を与える可能性が指摘されています。
Prescher and Klümpen(1997)は、関節窩の形状を以下の3つに分類しました:
1. 楕円形(Oval):関節窩の前縁にノッチ(切れ込み)が存在しない。
2. 洋ナシ形(Pear-shaped):ノッチが明確で、関節窩の形状に大きく影響を与える。
3. 逆コンマ形(Inverted comma-shaped):ノッチが存在するが、不明瞭で識別が難しい。
これまでの研究では、特定の形状が関節唇(glenoid labrum)の固定に影響を及ぼし、肩関節の脱臼やBankart損傷の発生リスクを高めることが示唆されています。本研究では、ブラジル北東部における肩甲骨の形態学的特徴を明らかにし、他国の研究結果と比較しました。
方法
本研究では、ブラジルのFederal University of Ceará(UFC)およびFederal University of Paraíba(UFPB)に収蔵されている116個(右側62個、左側54個)の成人ヒト肩甲骨を対象としました。これらの肩甲骨は、明らかな異常がないものを選定しました。
測定項目
以下の計測をデジタルノギス(精度0.01 mm)を用いて行いました:
1. 最大肩甲骨長(Maximum Scapular Length, MSL)
• 上角から下角までの直線距離
2. 最大肩甲骨幅(Maximum Scapular Breadth, MSB)
• 肩甲棘の起始部から関節窩後縁までの距離
3. 上-下関節窩径(Supero-Inferior Glenoid Diameter, SI)
• 関節窩の最上部から最下部までの距離
4. 前-後関節窩径1(Antero-Posterior Glenoid Diameter 1, AP1)
• 関節窩の最大幅(SI直線に対して垂直)
5. 前-後関節窩径2(Antero-Posterior Glenoid Diameter 2, AP2)
• 関節窩の上半分の最大幅
6. 関節窩指数(Glenoid Cavity Index, GCI)
• AP1径 ÷ SI径 × 100%
データの統計解析にはStudent’s t検定を用い、p値≤0.05を有意水準としました。
結果
関節窩の形状分布
116個の肩甲骨のうち、最も多かった形状は**逆コンマ形(54.3%)**であり、次いで楕円形(26.7%)、洋ナシ形(19%)の順でした。
形状 右側(n=62) 左側(n=54) 合計(n=116)
洋ナシ形(Pear-shaped) 12 (22.3%) 10 (16.1%) 22 (19%)
楕円形(Oval) 14 (25.9%) 17 (27.4%) 31 (26.7%)
逆コンマ形(Inverted comma) 35 (56.5%) 28 (51.8%) 63 (54.3%)
関節窩の寸法
測定項目 右側(平均±SD) 左側(平均±SD) p値
SI径 (mm) 36.85±0.36 36.32±0.34 0.29
AP1径 (mm) 26.00±0.33 26.64±0.32 0.20
AP2径 (mm) 18.27±0.36 18.22±0.55 0.93
MSL (mm) 171.3±22.64 172.6±23.68 0.96
MSB (mm) 100.8±0.86 103.5±0.90 0.03
GCI (%) 48±0.8 47±1 0.37
最大肩甲骨幅(MSB)のみ**有意な左右差(p=0.03)**が見られました。
考察
本研究の結果を他国の研究と比較すると、ブラジル北東部の成人肩甲骨は、他国の研究と異なる特徴を示しました。
特に逆コンマ形の関節窩の割合が最も高いという点は、インドやドイツの研究結果と対照的でした。
肩関節の安定性との関係
• 逆コンマ形の関節窩は、関節唇の固定を阻害しにくいため、Bankart損傷のリスクが低い可能性があります。
• 一方、インドやドイツでは洋ナシ形が多く、肩関節の不安定性が高いと報告されています。
外科的応用
• **リバースショルダー関節形成術(Reverse Shoulder Arthroplasty, RSA)**では、関節窩の形状やサイズがインプラント選択に影響します。
• 例えば、日本人女性では関節窩が小さく、標準的なインプラントが大きすぎる問題が指摘されています。
結論
• ブラジル北東部の成人肩甲骨の関節窩は、逆コンマ形が最も多い。
• 関節窩の形状は、肩関節の安定性や損傷リスクに影響を与える。
• 本研究の結果は、肩関節手術や義肢設計の改善に貢献する可能性がある。
今後は、より大規模なサンプルでの解析や、臨床的な影響を評価する研究が求められます。