人工股関節置換術(Total Hip Arthroplasty, THA)後における股関節内転筋の緊張増加についての詳細解説



人工股関節置換術(Total Hip Arthroplasty, THA)は変形性股関節症や大腿骨頸部骨折などに対する有効な外科治療ですが、術後に股関節内転筋(特に長内転筋、薄筋)の過緊張が認められるケースがあります。これにより、可動域の制限、疼痛、歩行異常などの症状が現れ、患者のQOLを低下させる可能性があります。本記事ではエビデンスに基づき、内転筋の緊張増加の原因とその対策について詳しく解説します。

1. 筋バランスの変化と代償動作

THA後の筋バランスの乱れは、内転筋過緊張の主な原因です。手術により一部の筋肉が損傷または弱化することで、内転筋が代償的に他の筋肉の機能を補おうとする現象が起こります。
• 特に長内転筋や薄筋が他の筋群の役割を果たそうとするため、過緊張が引き起こされます。
• 関節のインピンジメントとの関係では、過緊張が股関節可動域を制限し、屈曲+内転+内旋の動作が組み合わさることで脱臼リスクが増加します (Higa et al., 2014)。
• 10°の内転角度で脱臼リスクが最大となり、筋緊張が最も高くなることが報告されています。

2. 術後の歩行パターンと姿勢の変化

THA後の歩行パターンや姿勢の変化が内転筋の過緊張を引き起こすことがあります。これは主に筋力低下や疼痛に伴う補正動作に起因します。
• 歩行時の筋活動パターン
側方動揺を抑えるため、内転筋が過剰に働くケースがあります。術後の歩行解析では、内転筋の過活動が確認される一方で、中殿筋などの股関節外転筋群の活動が不十分である場合が多いです (Palieri et al., 2011)。
• 前方アプローチ vs 側方アプローチ
手術のアプローチ法が内転筋の緊張に影響を与える可能性があります。
• 前方アプローチでは内転筋群の緊張が軽減する傾向がある。
• 側方アプローチの場合、内転筋の過緊張が術後長期間にわたり持続することが多いと報告されています。

3. 筋膜・軟部組織の瘢痕化

手術中の軟部組織の損傷が瘢痕化を引き起こし、これが筋膜や筋肉の柔軟性低下につながります。瘢痕化した組織が内転筋の過緊張の原因となることがあります。
• 筋膜リリースの効果
筋膜リリースや瘢痕組織の緩和が内転筋緊張の改善に有効であるとされています。経皮的多針穿刺(Percutaneous Multiple Needle Puncturing)が効果的であり、術後3か月でHarris Hip Score(HHS)が約2倍改善したとする報告があります (Zhao et al., 2014)。この方法は、股関節の可動域改善にも寄与します。

4. 神経系の影響

術中の牽引や組織損傷が坐骨神経や閉鎖神経に影響を及ぼすことで、内転筋の異常な緊張が発生することがあります。
• ボツリヌス毒素Aの使用
内転筋過緊張の治療法として、ボツリヌス毒素Aの注射が有効です。平均23度の可動域改善が確認されており、リハビリテーションとの併用が推奨されています (Bhave et al., 2009)。

5. 術前からの筋短縮とリハビリ不足

術前から内転筋が短縮している患者では、術後に過緊張が持続する可能性が高くなります。また、リハビリ不足が筋バランスの改善を妨げ、内転筋の緊張が慢性化します。
• リハビリテーションの重要性
術後の適切なリハビリは筋バランスを整える上で不可欠です。内転筋の柔軟性を高めるために以下の手法が推奨されます (Hu et al., 2021)。
• ストレッチ
• 筋膜リリース
• 筋力強化エクササイズ(特に中殿筋や大殿筋の強化)

結論

人工股関節置換術後の内転筋の緊張増加は、筋バランスの変化、歩行パターンの変化、瘢痕化、神経系の影響、術前からの筋短縮が主な原因です。これらの問題に対処するためには、適切な評価と治療が不可欠です。具体的には以下の介入が効果的です。
1. 筋膜リリースや瘢痕組織の緩和
2. ボツリヌス毒素A注射の活用
3. ストレッチや筋力強化を含むリハビリテーション

これらの方法を組み合わせて治療することで、内転筋の過緊張を改善し、患者のQOL向上が期待できます。

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