整形外科手術後に筋肉が緊張する理由とそのメカニズム
整形外科手術後、患者が筋肉の緊張を訴えることは珍しくありません。この筋緊張は術後の回復を妨げ、関節可動域の制限や疼痛の持続につながる可能性があります。本記事では、術後に筋肉が緊張する理由とそのメカニズムについて、科学的根拠に基づき解説します。
1. 手術による筋肉損傷と炎症反応
手術時には、皮膚、筋膜、筋組織が損傷を受け、それに伴い炎症が発生します。この炎症反応が筋緊張を引き起こす主な要因の一つとなります。
(1) 炎症性サイトカインの影響
手術に伴う組織損傷により、炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-αなど)が分泌され、痛覚過敏が生じます。これにより、筋肉の収縮が亢進し、持続的な緊張が発生します (Taba et al., 2017)。
(2) 筋線維の微細損傷と瘢痕形成
手術部位の筋線維が損傷すると、修復過程で瘢痕組織が形成され、筋肉の柔軟性が低下します。これにより、筋肉が硬くなり、過緊張状態が持続します。
(3) 血流の変化
炎症の影響で局所の血流が変化し、酸素供給が低下すると、筋肉の代謝異常が発生します。これがさらなる筋緊張を引き起こす原因となります。
2. 神経制御の変化(運動抑制と代償動作)
手術後は、中枢神経および末梢神経の機能に変化が生じ、これが筋緊張に影響を与えます。
(1) 中枢神経系の影響
術後の痛みは、脊髄や脳の運動中枢に影響を与え、運動神経の抑制を引き起こします。また、痛みを回避するために、周囲の筋肉が代償的に収縮し、特定の筋肉に負担がかかります。長期間この状態が続くと、異常な運動パターンが形成され、慢性的な筋緊張へとつながります。
(2) 交感神経の過活動
手術のストレスや疼痛により交感神経が過剰に活性化し、筋肉の緊張が増加します。特に腰部や頚部の筋肉では、ストレスが持続的な筋スパズムを引き起こしやすいとされています (Wells, 1982)。
(3) 感覚神経の変化
手術による神経損傷や組織の過敏状態により、痛みの閾値が低下し、わずかな刺激で筋肉が収縮しやすくなります。これが中枢性感作を引き起こし、さらに筋緊張を助長します。
3. 筋萎縮とバランスの崩れ
術後の安静期間が長引くと、筋萎縮が進行し、筋バランスが乱れることで筋緊張が発生します。
(1) 筋力低下と代償
筋力が低下すると、関節を安定させるために特定の筋肉が過剰に働くようになります。例えば、大腿四頭筋が弱くなると、ハムストリングスや股関節周囲筋が代償的に緊張する可能性があります。
(2) 抗重力筋の過緊張
大腿四頭筋や脊柱起立筋などの抗重力筋は、術後の姿勢維持や歩行の際に過剰に働きやすい傾向があります (Holderread et al., 2023)。これにより、局所的な筋疲労や持続的な緊張が生じ、慢性的な痛みにつながることがあります。
4. 術後の疼痛と心理的ストレス
術後の疼痛や心理的なストレスも、筋緊張を増悪させる要因となります。
(1) 術後疼痛による筋緊張
術後の痛みがあると、筋肉が反射的に収縮し、防御性スパズムが発生します。例えば、人工膝関節置換術(TKA)後では大腿四頭筋の抑制が強く、代償的にハムストリングスが過緊張することが報告されています (Taba et al., 2017)。
(2) 精神的ストレスの影響
手術前後の不安やストレスが高いと、術後の痛みが強くなりやすくなります。特にうつ症状がある患者では、痛みが長引く傾向があることが示されています (Goebel et al., 2010)。リラクゼーション療法を取り入れることで、筋緊張の緩和が期待できます (Wells, 1982)。
5. 具体的な整形外科手術ごとの筋緊張の特徴
手術部位によって、特に緊張が起こりやすい筋肉が異なります。
脊椎手術(腰椎・頚椎)では、脊柱起立筋が過緊張し、慢性的な背部痛が生じやすくなります。
膝関節手術(TKAなど)では、大腿四頭筋が抑制される一方で、ハムストリングスが代償的に過緊張する傾向があります。
肩関節手術(腱板修復術など)では、僧帽筋や三角筋が過緊張し、肩甲骨の可動性が制限されることが多くなります。
股関節手術(THAなど)では、中殿筋の筋力低下により、代償的に腰部の筋肉が過緊張しやすくなります。
まとめ:術後の筋緊張を防ぐための対策
術後の筋緊張を軽減し、回復を促進するためには、以下の対策が重要です。
• 早期のリハビリと適切な運動介入
• 術後疼痛管理の徹底(薬物療法、物理療法の併用)
• 筋バランスの評価と修正(特定の筋肉の過緊張を予防)
• ストレス管理とリラクゼーションの導入(自律神経の調整)
術後の筋緊張を適切に管理することで、疼痛の軽減、可動域の改善、長期的な機能向上につなげることができます。理学療法士として、患者の個別の状態を評価し、適切な介入を行うことが求められます。