ハムストリング筋の近位付着部と周囲構造の解剖学的関係:超音波、解剖学的・組織学的所見から臨床的示唆まで

1. はじめに

ハムストリング筋(大腿二頭筋長頭、半膜様筋、半腱様筋)の近位付着部は、坐骨結節(ischial tuberosity)に位置し、スポーツ外傷や慢性疾患に関連する重要な解剖学的部位です。この部位の損傷は、特にアスリートに多く見られ、坐骨神経痛やハムストリングの機能障害の原因となることがあります。しかし、これまでの研究では、ハムストリング筋の付着部の詳細な構造や周囲組織との関係が十分に解明されていませんでした。

本研究は、超音波、解剖学的観察、組織学的解析を用いて、ハムストリング筋の近位付着部の詳細な解剖学的関係を明らかにすることを目的としています。

2. 研究の概要

本研究では、97体の半骨盤標本(66体の成人)を使用し、以下の3つの手法で解析を行いました。

2.1 超音波検査
• 使用機器:General Electric LOGIQ P6・P9(6–15 MHzリニアプローブ)
• 対象部位:坐骨結節とハムストリング筋の起始部
• 測定項目:
• 半膜様筋(SMB)と大腿二頭筋長頭(LHBF)の起始部の形態
• 坐骨神経とその周囲の線維構造(レティナクル)
• 仙結節靭帯(STL)の超音波所見

2.2 解剖学的研究
• 方法:
• 85体:従来の解剖法を用いた層別解剖(stratigraphic dissection)
• 11体:横断面解剖による構造の確認
• 観察項目:
• ハムストリング筋の近位付着部の形態
• STLの構造と付着部の解析
• 坐骨神経の走行と周囲の組織との関係

2.3 組織学的解析
• 標本:7体から採取
• 染色法:ヘマトキシリン・エオジン染色
• 測定項目:
• STLの層構造
• 坐骨神経を覆う線維組織(レティナクル)
• ハムストリング腱の微細構造

3. 研究結果

3.1 ハムストリング筋の付着部と周囲組織の関係

3.1.1 超音波所見
• 超音波画像では、半膜様筋(SMB)と大腿二頭筋長頭(LHBF)の起始部が、骨に固定される高輝度(hyperechogenic)線で囲まれていることが確認された。
• SMBの起始部は、他のハムストリング筋よりも近位側に位置し、LHBFと繊維を共有している。
• SMBの筋膜は大内転筋(adductor magnus)にも広がっていることが確認された。

3.1.2 解剖学的所見
• LHBFとSMBは、坐骨結節の外側部に共通の腱を持つ。
• SMBの起始部は、円形の部分から始まり、遠位に向かって薄く広がる膜状構造を持つ。
• SMBはLHBFと強い結合を持ち、大内転筋の起始部にも繊維が拡張している。

3.1.3 組織学的所見
• SMBとLHBFの腱は、異なる方向のコラーゲン線維で構成されており、LHBFは縦方向の線維が主体、SMBは垂直・横方向の線維を含む。
• STLは3層構造を持ち、LHBFと連続している。

3.2 仙結節靭帯(STL)との関連
• STLは、超音波で高輝度構造として観察され、大腿二頭筋長頭の腱と連続していた。
• STLは3つの異なる層から構成され、それぞれ異なる付着部を持つ。
• 一部のSTL線維は坐骨結節の頂点に挿入され、一部は大内転筋の起始部と連続している。

3.3 坐骨神経と周囲組織との関係
• 超音波検査では、坐骨神経を覆う薄い線維組織(レティナクル)が確認された(厚さ0.2mm)。
• このレティナクルは、坐骨神経と後大腿皮神経を周囲組織と隔てる役割を果たしている可能性がある。
• 坐骨神経症候群(Hamstring Syndrome)に関連する可能性があり、超音波ガイド下の神経ブロックの新たなターゲットとして注目される。

4. 臨床的意義

4.1 ハムストリング損傷の診断と治療
• LHBFが最も損傷を受けやすい(多くの固定点を持つため)。
• SMBは損傷しにくいが、大内転筋との関係から、股関節伸展時の損傷が起こる可能性がある。
• 超音波による診断が、ハムストリング損傷の診断やリハビリに有用。

4.2 坐骨神経障害との関連
• 坐骨神経とハムストリング腱の線維結合が、神経障害の要因となる可能性。
• レティナクルの線維化が神経圧迫の原因となるため、超音波ガイド下の治療(ハイドロダイセクションなど)が有効かもしれない。

5. まとめ
• ハムストリング筋の近位付着部は、仙結節靭帯(STL)や大内転筋、坐骨神経との複雑な関係を持つ。
• 超音波は、これらの構造を詳細に評価できる有効な手法である。
• ハムストリング損傷の診断・治療、坐骨神経障害の評価において、解剖学的知識が重要である。

論文
Anatomical Relationships of the Proximal Attachment of the Hamstring Muscles with Neighboring Structures: From Ultrasound, Anatomical and Histological Findings to Clinical Implications.

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