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【デンマーク生活終】発酵とデンマーク
自分を発酵させた1年間
デンマークで過ごした1年間を、ひとことで表すなら「自分が発酵した時間」と言えるだろう。
新しい土地、異なる文化、そして出会った人々や食べ物のすべてが、私を新しい形に変化させてくれた。発酵とは、素材が環境に触れることで新たな香りや深みを生み出すこと。その営みが、デンマークでの私の生活にも重なって見える。
ボーンホルム島での最初の発酵
まずはボーンホルム島という小さな島でホストファミリーと過ごした。そこでは、デンマーク人の家族と一緒に暮らしながら、料理をしたりガーデニングをしたりして、島の静かな時間を過ごした。
春のやわらかな光の中、庭で野菜を植えるたびに、自分もまたこの新しい土壌に根を下ろし始めている気がした。料理では、地元で採れた新鮮な素材を使いながら、「素材を生かすこと」の意味を教わった。例えば、酸っぱいりんごや甘くないりんごはコンポートやジャムにした。酸味のあるルバーブはジュースやケーキに混ぜた。
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コペンハーゲンでの挑戦の日々
ボーンホルム島を離れた後、私は首都コペンハーゲンに移り住み、シェアハウスで暮らし始めた。最初の数ヶ月は、厳しい現実にぶつかった。食に関わる企業でインターンシップができたら良いなと思っていたが、私のスキルでは難しくなかなか求人もないため、アルバイトを始めることにしたが、アルバイトでさえも仕事探しに苦労した。いいなと思った店に履歴書を持っていったりメールで送ったりして面接やトライヤルをしてもヨーロッパの多言語話者の方と戦う中で何度も落とされた。物価は日本の3倍近く、最初は半地下暮らしで毎日同じようなものばかり食べながら、オンライン日本語教師を始めて収入を得ることを始めた。一ヶ月かけて、ベーカリーやレストランのアルバイトをゲットしたが、正社員であるポジションをユニクロからオファーしてもらい、安定を求めてユニクロに就職した。その後、知り合いのレストランとベーカリーから、働かないかとオファーをもらい、食に関わりたいと思ったためユニクロを退職し、レストランとベーカリーで働いた。最後の二ヶ月はギャラリーを兼ね備えるカフェでも知り合いの紹介で働かせてもらった。
ユニクロでは、在庫管理やお客様サポート、試着室での接客、セールスアドバイザーとして働き、30カ国以上の仲間と迅速なコミュニケーションを取りながら、セールスを伸ばすために声掛けや陳列の仕方などを学んだ。
レストランでは、日本料理を海外の人にどのように説明するか、どんな疑問を持っているのか、どんな物に興味を示しているのかなどを接客を通じて学んだ。周りを見て、次の動きを予測し、流れるように、満足度を最大化させることを意識して接客した。美味しい食から文化の会話になる瞬間は毎回楽しかった。
ベーカリーでは食品の無駄やエネルギーの無駄がなく、とても自然で、農家の方やコーヒー豆を焙煎する人、コンブチャをつくる人など、美味しいの背景にある人や、その人のストーリー、土地、歴史とつながりを感じ、どのように空間創りをしているかを学んだ。
カフェでは、日本からインスピレーションを受けたセラミックを使ったり、柔らかい北欧らしいデザインのものを使ったりしている空間で、接客をしたりキッチンの補助をした。オーナーがデザイナーの方で、空間つくりを勉強することができた。
仕事がない日は、コペンハーゲン工科大学で海藻について学んだり、コペンハーゲン大学のフードランドスケープツアーに参加したりして、積極的にフィールドワークに取り組み、コペンハーゲンの食の動きを体感した。グリーンマーケットというファーマーズマーケットで運営のボランティアをしたり、麹コペンハーゲンというスタートアップ企業でインターンシップをしたりした。
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糠床がつないだ世界
デンマークに渡るとき、日本から持っていったのは糠床だった。日本の発酵文化を携えたつもりが、糠床は私自身の生活の一部になり、さらに新しいコミュニケーションの架け橋となった。
「糠漬けって何?」と興味を持った人たちに説明し、ホームパーティーに持参すると、「私も作りたい」と言われることが多く、沢山の友達に糠床をシェアした。ベーカリーで分けてもらった小麦のふすまで糠床を補いながら、分け与えた糠床がそれぞれの家で新しい物語を生んでいくのを感じた。
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雨の日も風の日も、自転車で
コペンハーゲンの暮らしでは、自転車が欠かせない存在だった。雨の日も風が強い日も、自転車をこいで街を移動する。公園に寄り道して自然の中で過ごす時間は、自分を癒やす大切なひとときだった。
この街では、自然と人の暮らしが緩やかに調和している。ゴミの分別が徹底され、資源を無駄にしない仕組みが日常に溶け込んでいる。働いていたベーカリーでも、余ったパンを再利用し、新しい形で提供していた。
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コペンハーゲンのフードイノベーション
ボーンホルム島のKadeuや、コペンハーゲンにあるGeraniumなどのミシュランのガストロノミーレストランでは、発酵というワードがキーワードとなって、沢山の料理に発酵の技術が使われていた。味噌や醤油も使われていた。ガストロノミーレストランといういわゆる高級レストラン以外の場所でも、日本の調味料と発酵は、たくさんの場所で取り入れられていた。
ベーカリーでは、サワードウという天然酵母で作るパンばかり作られていた。ハンバーガーショップやケバブのお店でも全てホームメイドという具合に、手作りにこだわるレストランが多かった。
自然に感謝しながら、その季節に採れるものを発酵させて美味しく保存し、その時期を味わい、旨味を取り入れていた。自然なものと、手間暇をかけたものが多く見られた。
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自分を知る旅
デンマークでの1年間は、自分の内側をじっくり発酵させる年だった。仕事や人間関係で挫折を経験するたび、自分がどういう人間なのか、どんな強みと弱みがあるのかを見つめ直した。そして、やりたいことが多すぎるときに、すべてを追いかけるのではなく、ひとつずつ丁寧に取り組むことの大切さを学んだ。
英語環境での仕事を通じて、流暢さも大事だけどコミュニケーション力と表現力、スキルがどれだけ重要かに気づいた。異なる価値観に触れ、違いを楽しむ余裕も生まれた。何より、挑戦し続けることで素敵な人々と出会い、いたるところでつながるねと言われるような存在になれたのは、大きな収穫だった。
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次の発酵へ
コペンハーゲンで、伝統を学びながらそれを現代に合わせて研究を進める姿勢や、日本の発酵技術やスキル、デザインが世界で魅了されていることを目の当たりにし、自然の中で美しさを見出し、いいな、心地が良いなと思う空間を作り出す方法を学んだ経験をした。食の文化的価値は極めて高く、社会の好循環を生み出す、パワーあるものだと考えられる。
私の糠床は、これからも育ち続ける。そして、私自身もまだ発酵の途中だ。どんな未来が待っているかはわからないけれど、この1年で得た循環と思いやりの感覚を大切にしながら、次の発酵を楽しみにしている。
発酵が教えてくれるのは、待つこと、変化を受け入れること、そして新しい形を楽しむことだ。それを胸に、私はこれからも進んでいきたい。