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エーゾノルトには嬉しいことがあった(掌編小説)

 ある日の朝のこと。
 エーゾノルトには嬉しいことがあって、エーゾノルトはもう目が覚めた瞬間からずっと待ちわびていた。とはいえエーゾノルトだってばかじゃない。エーゾノルトは実のところ、それがそれほど大したことではないことなど、とっくのとうにわかっていた。しかしエーゾノルトにはやっぱり嬉しいことがあって、洗い上がってぴかぴかの食器を布巾で拭くことひとつ取ったって、なんだかそわそわして進んでやった。エーゾノルトの待ちわびぶりと言ったら、拭き上がった食器を食器棚にだってしまってしまうほどだった。

 午前十一時になって、エーゾノルトは台所の床に転がっていた花瓶に爪先を引っ掛けて転んだ。エーゾノルトは床に転がってもぞもぞ動き、次に起き上がったときには、いったい何がそんなに嬉しかったのかを忘れてしまっていた。しかしエーゾノルトにはあの素晴らしい気分の謂わば"殻"のようなものがへばり付いていて、エーゾノルトはつまり、これといって変わったところもなかった。はやくお昼にならないか、はやくお昼にならないか、とやっぱりエーゾノルトはそわそわしていた。

 そうして待ちわびたお昼になった。エーゾノルトはいよいよ何かお祝いをしたくなって、籐の籠の中の硬くて丸いパンを丸ごと一つ食べてしまった。エーゾノルトはもう少しお祝いをしたかったので、冷蔵庫の中のオレンジのジャムの瓶詰を三分の一ほども食べてしまった。エーゾノルトはそこでもう十分だったので、部屋の隅のソファまで歩いて行って横になった。

 しばらくするとエーゾノルトは、あの素晴らしい気分が自分の許をすっかり去ってしまったのに気がついた。エーゾノルトの心のどこを探っても、あの素晴らしい気分はもう見当たらなかった。エーゾノルトはおろおろして、ソファから飛び起き、台所を行ったり来たりした。しかしエーゾノルトの心のどこを探っても、あの素晴らしい気分は見当たらなかった。

 そのうち、エーゾノルトは台所の床に転がっていた花瓶に爪先を引っ掛けて転んだ。エーゾノルトは床に転がってもぞもぞ動き、次に起き上がったときには、いったい何がそんなに嬉しくなかったのかを忘れてしまっていた。さっきまでへばり付いていた謂わば"殻"のようなものは、すっかり払われてしまっていたのだ。

 それからエーゾノルトは大人しく膝を抱えて、日が暮れるまでそうして座っていた。日が暮れるとエーゾノルトはパンを食べ、ソファで眠った。エーゾノルトの一日はこんなようなものだった。

 ああ! なんていじらしく、哀れで愚かなエーゾノルト!
 どうぞどなた様におかれましても、あの小さな家の台所の、粗末な床に転がった花瓶を置き直すことなどきっとなさいませんよう!


【主な関連資料】

  • ダニイル・ハルムス(2023)『ハルムスの世界』(増本浩子&ヴァレリー・グレチュコ 訳)白水社

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