暗記中心ではなく思考力を問う試験とは?

共テの数学の問題が長すぎることが話題になっている。
この問題の長さの背景としては、学習指導要領の改訂にも関係しているが、暗記中心の試験から思考力を問う試験を作成するというものがある。
私の意見としては、学習指導要領の意図はかなり理解はできるし、暗記よりも思考力の比重を大きくするという意向も賛成である。
しかし、その意向が歪んだ形で反映されているのだ。数学の共テに悪影響を及ぼしているのは間違いない。
そもそも、センター試験の時点でそこまで暗記偏重ではない。教科書の基本的な知識が必要であるが、そんなのは使われて当たり前だ。というか、共テでも使われてる知識も同じだ。難しい知識など一切使ってはいない。つまり、問題が長くなっているだけだ。そして、センターの問題とはいえ、暗記だけで公式当てはめるだけの問題など最初の1,2問に過ぎず、その後は計算の過程で思考のプロセスを試す問題がほとんどである。
元から試験作成者が数学的思考をある程度測れる試験を作れているのだ。
暗記脱却の末路が、長い文章というのはかなり的外れである。それこそ頭の悪い考え方だ。
センターからすでに思考力重視の問題の正解は出てる。
さらにいえば、大学の2次試験のように問題などシンプルで全然いいではないか。

文科省の学習指導要領の意図は分かるが、結局その意図を吐き出すアウトプットが変な方向に行っていて中高生が困っているではないか。数学を日常に直接生かす教材にすることは、既存の数学の内容と受験などとは相性が悪い。だから、最初から日常生活に応用というのは試験にほとんど使う必要はない。そして、それが思考力を問う問題に応用されるのも意味がわからない。
もちろん、文章を数学的解釈をして数式を立てたりアプローチをかける力は大事であるが、問題が長すぎである。模試の文章題くらいで十分。
早く問題の方向性をしっかり検討しないと、数学の学力が高い学生をうまく採れなくなるだろう。

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