見出し画像

真夏の純白な出来事


狙撃兵は卓越した射撃技術と精神力で、遠く離れた標的をワンショットワンキルで仕留める特殊能力を持つ。

イギリス陸軍王室騎兵隊の狙撃兵クレイグは、味方の部隊を助けるために2.5㎞離れた相手を射殺し、敵の大部隊を足止させた。

今日、クレイグに挑戦する。朝6時に目覚めた瞬間にそう決めたのだ。
彼は距離で卓越した成果を残したが、ボクは時間に挑戦する。

ターゲットは6時間後、ジャスト午後0時のカレーうどんだ。

真夏日が続き、疲労により落ちた集中力を取り戻し再び戦える身体にするには、消化の良いうどんに辛めのカレーがかかった彼を仕留めるしかない。

…などと頭を巡らしながらオフィスに向かった。

午前中は商談が2件、残念ながら車を出すほどの距離ではない。灼熱のアスファルトを一歩一歩踏みしめながら取引先を巡回する。上着なしのクールビズに救われた。

身体が暑くなり、アドレナリンが分泌されて汗が噴き出す。

11時20分

夏のスパイス。特にカイエンペッパーに含まれるカプサイシンが持つ発汗作用により、まもなく涼を得ることができる。

11時50分

いぶくろが唸り声をあげた時、ターゲットが潜むうどん屋が臨時休業であることを知る。不測の事態にパニックになるが狙撃兵となったボクは冷静さを保ち、隣のビルの隙間からその先のフードコートにターゲットを見つけた。

11時57分

まさにを銃爪を弾く瞬間だった。右腕が眩しいほど純白であることに気づいたのだ。
6時間後のことに集中し過ぎたあまり、服装に対する不注意、初歩的で致命的なミスを犯してしまったらしい。

カレーうどんと白いワイシャツは、初デート直前のニンニク増々に等しく、今後2度とチャンスは訪れないだろう。

諦める勇気

純白のシャツに1ミリでも汚点が着こうものなら、やる気をなくし、ボクは午後の予定を全て放棄してしまうかもしれない。
朝から積み上げた努力、いや今までの人生の全てを台無しにしてしまうのではないか。

12時00分

自ら犯した過ちでクレイグに負けたことを受容れる。

そして、目の前の限られた選択肢の中から、やむなく比較的安全でリスクの少ないカツ丼を選び席に着いた。

せめていつもより一味をたくさん振ろう。今のボクにはそれが精一杯だ。


相席よろしいですか?の声に、傷心したボクは顔を上げることもせず頷いた。
フードコートの相席はよくあることだ。

ふと顔を上げると、見るからに落ち着きの無さそうな男性。
彼の持つトレーを見た時、飲みこんだ味噌汁が鼻へと逆流し涙目になった。

カレーうどん…

なんということだ。
目の前のせっかちそうな貴方、なぜボクがカツ丼を食べているのか知っていますか。
好き好んで食べいると思ったら大間違いなのです。

6時間も前からの真剣勝負に負け、やむなく、やむなくカツ丼食べていることを理解してくれていますか。

いつまでもいい子でいると思うなよ。

おいおい、自らの食欲を満たすあまり、その茶色を飛ばしてみろ。

ワンショットで仕留めるぞ。ボクの純白が返り血を浴びようが。

いいなと思ったら応援しよう!

もとき
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!