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発作がくる前に

昭和風情が残り、酔っ払いとギャンブラーが彷徨う街、錦糸町。この地に5年ほど勤めていた。
オフィスから見えるスカイツリーの背丈が、ようやく東京タワーに追いついた時期だった。

土曜日の朝、翌週の仕事の段取りをするために休日出勤しなければならないのだという雰囲気を周囲に漂わせ、そそくさと家を出る。
オフィスで2時間ほど仕事のフリをしていると、やった感がアタマを満たし、同時に腹へり虫が鳴きはじめる。

ならば仕方がない、昼酒といこう。

その店は、オフィスとは反対のJR錦糸町駅の南口を出て国道14号線を跨ぐとすぐの場所にある。

昭和26年創業の老舗だけあって、年季の入った渋い昭和感満載の酒場だ。
壁にかかるお品書きの短冊。天井から吊り下げられたテレビからは競馬中継が流れている。

そして何よりこの店のイチオシは、コの字形のカウンター。目の前でさまざまな人生模様が繰り広げられる、まさに劇場型酒場である。
あちら側もこちら側も、リアルな演出家なのである。

コップ酒をチビチビやりながら、競馬新聞に眼を通すドカジャンの先輩たち。手にはいくつもの悔しさと少しの喜びを共にしただろう赤えんぴつが握られている。

向かいには、わけありの人生観を語り合う少しやさぐれたハイボールの女性客。さっきまで涙を拭っていたハンケチが、今は爆笑する口をおさえている。

その店の名物「くりから焼き」がボクの発作的に食べたくなるアレである。捌かれたうなぎがクルクルと串に巻かれている。

このうなぎ、蒸さずに焼き上げるため弾力感抜群、歯応えがたまらない。甘すぎないタレもまたいい。そして、板わさとタコぶつ(またはマグロぬた)をビールと一緒にいただくのです。

「くりから」は漢字で書くと「倶利迦羅」、サンスクリット語で「不動明王の化身である龍が剣に巻きついた姿」らしい。

実は北口にも発作的に食べたくなるアレがある。油断すると、通り過ぎてしまうほど街並みに溶け込んだセピア色の洋食屋だ。
こちらも創業昭和40年の老舗。店名にはレストランとあるが、間違いなく洋食屋である。

アレとは「スパゲティーとんかつ付き」略してスパとん。とんかつ付き、とあるからにはメインはスパゲティーなのだろう。

熱々のステーキ皿にナポリタンが敷かれ、その上に、実はオレが主役なんだと言わんばかりにとんかつが鎮座し、紙ナプキンに巻かれたフォークと共に運ばれてくる。
ソースをかけ、タバスコを振ってワイルドにいただく。そして、必ず上アゴをやけどする。これがボクのスパとんの食べ方。

やはり、幾つもの時代を経て今なお健在なお店は、老舗の名にふさわしい風格がある。

発作が来る前に、久しぶりに南から北へ徘徊しよう。


*スカイツリーの背丈:2010年3月338mに到達。東京タワーを超え日本一に
*三四郎:錦糸町南口
*レストラン三好弥:錦糸町北口
*ドカジャン:土方(土木作業員)+ジャンパー。とにかく安価で丈夫

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