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少年時代

まずは、枕元の目覚ましが準備万端で出番を迎える前に口を封じる。ボクはいつも先手をとる。まして夏休みなら尚更のこと。
目覚まし時計は、気休めの御守りみたいなものだ。

誰も起こさないように慎重に着替えると、忍足で玄関を出る。何も知らない家族を巻き込むわけにはいかない。
日の出は4時半、空はまだ薄暗い。今日が始まる前に今日を始めるのだ。

無事に脱出できたことに安堵し、まだ目覚めていないひんやりとした8月の朝の空気を思いきり吸い込む。
じっとりまとわり付く湿気と、蒸し暑さの日中とはまるで別世界、早く起きた者だけのご褒美である。

スナイパーが毛布にくるんだライフルをトランクに詰めるように、虫かごを丁寧に自転車の荷台に括り付け、待ち合わせの場所に向かった。

彼もほぼ同時に団地の外れの中学校に着くと、お互いニンマリする。きっと彼も密かな計画に成功したのだろう。
出来たての薄青い空は、グラデーションの様に地上に降りるほどオレンジ色に明るくなった。

中学校から自転車で10分、目的地は、クヌギやニレが生い茂り、昆虫と爬虫類と少年が好んで集まる雑木林、鎌倉街道を挟んだ薬師池公園の向かい辺りだ。
近所のひなた村は、ボクも含め団地の子どもたちの無計画な乱獲により荒らされてしまったからだ。

カブトムシやクワガタを捕まえる1番のポイントは、何と言っても誰よりも早く樹液の溢れた木にたどり着くことだ。

ひと筆で巡る6本の樹液のコースは頭に入っている。1本目はスズメバチやカナブンに紛れカブトムシが数匹集まっていた。
幸先は良い、まだ誰も来ていないようだ。

スズメバチに注意しながら、棒っ切れでカブトムシを地面に落とし、逃げようと飛び立つ前にカゴに入れる。オスとメスが2匹づつ捕まえた。その赤茶色のボディは綺麗でカッコいい。
樹液に向かって這い上がってきたノコギリクワガタも捕まえた。
ミヤマクワガタも期待したが、人が近づくと自ら木から落ち、枯れ草の中に紛れてしまうため、なかなか捕まえられない。

幸せはいつの世も長くは続かないらしい。はじめの調子は何処へやら、2本目からはカナブンとスズメバチだらけ。
首筋や二の腕に出来たヤブ蚊の吸ったぷっくりに爪でバッテンを作りその場をしのぐ。
結局6本巡って捕獲したのは初めの5匹だけだった。


木の生い茂った雑木林から抜け出すと、あのひんやり感はいずこへ、早くも昇り立ての力強い太陽が世の中を制覇しようとしていた。そろそろ潮時だ。

帰り際、団地の駐車場で今日の捕獲物の品定めを行う。
目の前でカブトムシのオスがメスに覆い被さりイジメはじめた。カッコよかった赤茶色のボディが今度は怪しげでワルモノのように見えた。
それが種を残すためだと知ったのはずっと後のこだ。

遠くからラジオ体操第一が聞こえてきた。
あぁ、お腹が減った。
早く家に帰って6枚切りの食パンにネオソフトをたっぷり、その上にソントンのいちごジャムを塗って食うんだ。牛乳もたくさん飲むぞ。

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