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15.人生の失敗談

闇営業にて

忘れられない失敗がある。あれは2010年のことだったと思う。記憶の端々は曖昧で、鮮明な出来事が心に焼き付いている。あまりのショックに、当時の情景がまるで夢の中のように揺らいでいるからだ。

吉本を通さない闇営業として老人ホームに僕らコンビは来ていた。当時は闇営業全盛期で誰もがやっていた。とは言え、断っておくと当然黒い交際は皆無である。あくまで、事務所を通さない直営業と言うだけの話である。

当初は事務所を通す予定でいたが、直前の営業で僕らを呼ぼうとしていたイベンターの人が吉本から高額の請求をされて諦めたと聞いていたので直で受けることに決めた。TVに出てる芸人ならまだしも出ていない僕らでそんなに請求されるのは申し訳ないと思ったのだ。

初めに言っておくと、これはとんでもない滑り方をした話である。全ボケ滑ったと言っても過言ではない。滑った場合の滑り止めの次の手も見事に外したのだ。そんな封印していた記憶の話である。


トラブル発生

依頼を受けた時点では僕らの持ち時間は30分。お客さんは老人ホームの入居者でなるべく分かりやすいネタでとの事だった。

売れていない若手の30分というのは相当レアで技術的にも厳しいものがあった。漫才の2、3分はまだ下手さを隠せる部分があるが30分ではケアしきれず確実にバレてしまう。普段ネタは長くて3分、吉本の劇場では1分であった為緊急にネタを用意する必要があった。


作戦としては前説の入り方で入って、15分くらいを目安にネタをいくつか繋げようとなった。

しかし!ここでいくつか問題が発生する。

まず、持ち時間を30分から1時間に変更してほしいと言われた。ネタ時間を変更するのはよくある事だから対応できるようにとNSCの授業でもよく言われていたがそれにしても完全キャパオーバーである。プラス30分!

更に、お客さんはほぼ認知症の方だという。実際、袖で見ていて奇声や怒鳴り声が聞こえて来てこれは一筋縄ではいかないなと思ったのだ。

回らない頭をなんとかフル回転して、出した答えは昔のネタを引っ張り出して来て時間を伸ばし、更にテンポは上げないだった。しかし、ここで問題が発生する。昔のネタは客前でほとんどやったことがない上に、当時はM-1信者だったのでテンポを落とすとネタがほとんどいきないのだ。

そして無情にも出番がやってくる。

黒歴史の幕開け

『どうもー吉本興業から来ましたスターマインと申します。』

この時点でザワザワしていた。

え?誰?

聞こえねー

そして、普段の前説の感じで手を上げてもらったりをしてもらおうとしたのだが認知症でほぼ言葉が通じない。いくつかパターンを試したがどれもダメだった。

更にネタ中歩き回ったり、会話をしたりとこちらのペースでは進まないことが予測された。



「大丈夫、気楽にやればいいさ」と自分に言い聞かせながら、心臓が高鳴るのを感じた。そして、いざギアを入れようとすると頭の中は真っ白になり、何を話すべきかさえ忘れてしまった。

その瞬間、会場の空気が一変した。観客の視線が私に集中し、私は一瞬の静寂に飲み込まれた。言葉を紡ぎ出そうと必死になった。しかし、出てくるのは言葉ではなく、冷や汗だけだった。

失敗は、あっという間に訪れた。ざわめきが広がり、私の心は崩れ落ちた。あの瞬間、すべてが終わったように感じた。

15分くらいを目安に僕らはネタに入ったがウケる訳もなかった。何度かネタを途中で差し替える作業はしたが効果は無かった。ネタでダメならとネタから一度降りてみてもそれもダメだった。

自覚はないが、僕らは大分早く終わらせたようだった。主催者から言われて初めて気がついた。40分くらいで舞台を降りたらしい。

舞台での出来、依頼より20分も早く舞台を降りてしまった事があまりに恥ずかしくて逃げるようにギャラを貰って帰った記憶がある。本来ギャラなんか貰える仕事をしていなかった。40分もの間無音で漫才をした訳だから。

しかし、生活の為には必要なギャラだった。お金を握りしめ駅へ走った。電車では相方も僕も一言も喋らなかった。それだけははっきりと覚えている。

検証

今に思えば、あーすれば良かったこうすれば良かったと思うことが多々ある。しかし、当時の僕らは周りが見えていなかった。最もコンビのパワーバランスを考えればほぼ僕の責任であった。


例えばネタや技術的な事でこうすれば良かったと思う事は当然あるがそれ以前に思うことがある。大前提としてどこに向かっていたの?ということだ。目指す方向性が不明瞭だったことが、結果的に判断を難しくしたのかもしれない。


当時の僕らは出番があればどこへでも行った。メインは吉本の月一の出番。そして賞レース。主催ライブ。インディーズライブ(ノルマを払うだけのライブは極力避けた)この辺まではいいが、吉本のおもしろ水族館(当時は横浜、新三郷にあった)での営業。こちらはちびっこが相手であった。そして、ショーパプでの営業。こちらは酔ったお客さんを前にネタをやる感じだった。


出番が無いよりある方がいいが、筋肉の付け方を考えるとあちこち少しづつ筋肉がついていくよりどこの筋肉をつけたいのか明確にすべきだったのではと思うのだ。それが分かっていなかった事が良くなかった。

もしくは経験値を積むだけと考えるならば老人ホームの営業は失敗と捉える必要が全くなかったのかもしれない。コンビをリードする立場として露骨に落ち込んだのはよろしく無かったような気がする。と言うより落ち込むことは自然なことで、その時の感情を無理に抑え込むのではなく、どう活かすかを考えることが、今後の成長に繋がったのかもしれない。

人生に失敗は付きものである。

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