ねむみ 6
気を取り直して真面目に授業を聞こう。やはりこんな低俗なことを想像しては罰が当たる。いびきをかきよだれまで垂らして女子たちに笑われた恥ずかしさによって、少しばかり目が覚めたようだ。背筋を今一度ピシッと伸ばし、京子先生の声に集中する。頑張れ、僕!ねむみなんかに負けるんじゃない!僕はできる奴だ!!自分を奮い立たせて意欲的に授業に取り組むよう努めたが、五分もたたないうちにあくびが出てきた。やっぱり…無理だ。こんなつまらない授業に意欲的に取り組むなんて無理だ。どうあがいてもねむみが襲ってくる。この授業を面白いと思い、退屈せずに意欲的に取り組んでいる奴なんて、果たしているのだろうか。周りを見渡すと、男子のほとんどが器用にも気持ちよく居眠りをしている。女子のほとんどは、机の下に隠すようにして膝の上でスマホをいじっている。どうせまた、「京子先生の授業、まじねむみ(;_;)」なあんてSNSに投稿しているのだろう。
しかし。要領の悪い僕が、居眠りやスマホいじりなんかやっても、すぐに先生に見つけられてみんなの前で怒られるだけだ。そんな晒し者にはなりたくない。やはり僕は、ねむみと闘わなければならない。もはやこれは僕の使命だ。僕は、改めてねむみと真っ向から闘うために、京子先生が黒板に字を書いている一瞬の隙を狙ってうーんと伸びをした。頭の中をリフレッシュする前に、体を先にリフレッシュさせないとねむみは追い払えないのかもしれない。伸びをすると、体の中に溜まっていたもやもやとした何かが、一気に抜けていくような気がした。お、これはいい。体が多少すっきりとした感じがして、お目覚めモードになってきた気がする。今までさんざん色んなことを試みてきたが、ねむみとの闘いというのは案外単純なのかもしれない。ストレッチをしたり、マッサージをしたり、あるいはツボ押しなんかもしてみて、体から先に目覚める作戦でいってみよう。
僕は、背筋を伸ばした状態で、腰から上の上半身をぐぐぐと時計回りに回して一八〇度後ろを向いてみた。後ろの席の男子は、チャラそうな長い前髪を両目の前にだらんと垂らし、左手で頬杖をついて、先生から見るとさも真剣にノートをとっているように見えそうな、絶妙な顔の角度ですやすやと眠っていた。後ろを向いた状態で、約十秒キーープっ。そしてまた、ゆっくりと上半身を回して黒板のほうに向きなおる。京子先生は、書写の授業をやっているかの如く、ゆっくりゆっくり板書をしている。板書といっても、教科書に書いてある文章を文章のまま丸写ししたにすぎないが。そして、今度は反時計回りに上半身を回す。またも後ろのチャラ男が目に入る。こいつめ、寝顔までイケメンじゃないかこのやろう。こいつはクラスで一位二位を争うイケメンで、チャラチャラしているくせに女子からの人気が高い。今現在彼女がいるのかどうかは知らないが、春からいろんな女子をとっかえひっかえしており、中学の頃も両手の指に収まりきらないほどの女子たちと付き合ってきたとかいう噂だ。運命というのは理不尽なもので、女をもてあそび授業も真面目に聞かずにぐーすか居眠りをしているような奴はイケメンとして、ねむみと真っすぐに向き合い必死に闘おうとしている僕のような真面目な奴は非イケメンとして生まれてこなければならない。ああ、なんという切なさ。またゆっくりと上半身を回して前に向きなおる。この動きを何度か繰り返して、座りっぱなしで凝り固まった腰及び背中の筋肉をほぐすよう努めた。このストレッチは予想以上に効果的で、その効果は、起床後に朝日の光を浴びて体にスイッチが入る、あの感じに似ていた。よし。この調子でどんどん行こう。
次に僕は肩のマッサージに入った。僕はもともと姿勢が悪いせいか、小学校四年生ぐらいの頃からすでにひどい肩こり持ちなのだ。ランドセルが重かったからかもしれない。だから、ものごころついた頃には自分で自分の肩を揉むようになっており、いかにして辛い肩こりから逃れるか日々研究してきた身なので、肩もみの技術には自信がある。首の前から左手を右の肩へと回し、主に中指を使って右肩をマッサージする。なるほど、僕の右肩はとても硬い。よほど凝っていると見える。日頃色々頑張っているからな、僕は。うんうん。これほどまでに肩が凝っていれば、授業中ねむみが襲ってくるのも無理はない。僕の意欲のなさとか意識の低さとかいう心の問題ではなくて、やはり体の問題だったのだ。首筋から肩にかけて、そして腕、背中まで、左手の中指の届く最大限の範囲でマッサージをする。長年の研究の甲斐あって、ほとんどのツボは心得ている。そのツボに狙いを定めて、ゆっくり、強く、何度も…。刺激を受けた部分はとても心地よく、痛気持ちいいという感覚に至った。ああ…効いてる、効いてる。同じ要領で左の肩をもマッサージする。一通りのマッサージを終えると、両肩がとても軽くなった。素晴らしいリフレッシュ効果。僕はさらに引き続いて、体のあらゆる部分を、ひねったり、曲げたり、伸ばしたり、押したり、引っ張ったり、揺すったりして、体を覚醒させようとした。
(続)
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