3.何処かに。

今は何時なのかはっきりしないが、辺りは夜空の黒だけが降ってきたように暗く気を付けて歩かなくては転んでしまうかもしれない。案の定、真っ暗を歩いていると本当に転んでしまって久々に膝や手を擦りむいた。
立ち上がる気も起きず地面に座り込んで呆けていると途端に泣きたくなってしまって泣いてみた。
こんなに真っ暗な世界で涙は頬を伝い顎先から剥がれ落ちていったことしか感じられなかったが、地面に叩きつけられた雫は弾けた瞬間に小さな輝きを残している。意外と眩しいものだなと思って、立ち上がり泣きながら歩を進めると真っ暗闇の至る所から拍手や歓声のような音が響いた。僕は下を向いたままで拍手や歓声の向かう先を耳を澄まして探してみると、僕が先程落とした涙は暗闇で光りを放ちながら輪郭を失っていて皆はそれを一様に眺め回しては感嘆していた。
少し恥ずかしくて、僕の手で砕き至る所に散りばめてから眺めていると、やがて輝きは収まり代わりに何よりも早く大きな木になり花も咲かずに実をつけた。
実がドサッと抜け落ちると、一斉に全てが溶け合うように地面を緑に染め上げ鬱蒼と草を生やしてくれた。
その景色にいつかの花が足りない様な気がしたもんで、言葉を吐いてみた。
美しいであろうありきたりな言葉を散りばめてみたのだけれど、草木は変わらず、花も咲かないままだし、どれもここには似つかわしくなくて苛立ちだけ飛び交う。

この景色に罵詈雑言を散らせて、誰も求めていない綺麗事で散らかる木や草原はそれでもまだ足りない様子で風と踊ろうとしている。
草をむしり、木を蹴りつけてもなお。

それから、なんて酷いことをしたんだろうか、自身の醜さや汚さの類に腹を立てながら無性に悲しく、寂しくなって。

謝らなくちゃ。

喉が震えて出てこないもののひたすらに絞り出した言葉を景色に落とした。

何年だろうか、はたまた何秒だろうか。
一生こうして謝りながらごめんなさいを繰り返すのだろうか。
よくよく考えてみれば生まれ落ちた時からそうであった気がする。
父や母と呼ばれる大地で、強く根に縛られて傷を負い、全て諦めたフリして、これ以上傷つきたくないと謝り続けていた。

だけど僕は根の隙間から確かに風と流れていく花を見たんだ。
あの時ね。ちゃんと名前も姿も覚えている。
抱きしめもせず土ごと風に飛ばされていたことも覚えてる。追いかけようとして夢中で根の隙間から這い出た先で、真っ暗闇にいたことも。

大地が出来てから、区切られているだけで全てが繋がっていることを知って、踏み込まないように他人の大地を覗き込み、根を張る花を見て羨ましがった。

今僕に出来ることは、あの花が風に流れてきた時に花の居場所を作ることの様に感じた。妬みを抱いたことを謝りながらも自身の土を掘り、いつかの花を想えば想うほど穴は大きく深く、いくつも増えていく。花を咲かせられない代わりに、いつかの花の居場所を作らなくちゃ。作らなくちゃ。

わかってはいた。花は流れては来ない。この穴は埋まらない。寂しいけれど、それでも忘れない為に残そうと思ってやっぱり穴を埋めない。

悩みあぐねて、この寂しさにある名前を付けてみたところ、足が根になり動こうとすれば土ごと引っ張られてしまう。身体は妙に軽すぎて、この足を引っこ抜けば何処かに飛ばされてしまうような。
きっと花のようになるまであと少し、あと少し。
僕の身体は小さくなり、身動きも出来ず風に揺られている。
寂しさと慈しみを今は持っている。もう怖いことなど何も無い。大丈夫。
いくつかの穴を眺めては嬉しくてたまらない。
ここに僕が居座ることも出来るだろうけれど、僕が足を引き抜けばそこもまた、穴になるだろう。僕は僕を慈しめるだろうから大丈夫。僕の大地に花がなくても。

たくさん汚しては傷つけたものの、それだけではなかったこと、汚れや傷や醜さも向き合うことを忘れずに。

僕がここを去ろうとも、大地は残る。
誰かにこの穴の美しさが伝われば良いなと思う。
そして空を飛びまわり他所の大地や暗闇を旅しよう。
もしも真っ暗闇で誰かが泣いているのなら、新たな大地が生まれることに、拍手や歓声をその涙に向けよう。
僕は、自身の根を引き抜いて
風に流される
何処かに向けて。

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