蘇りのパンドラ ①

   僕が目を覚ますと、そこには緑一色の世界が広がっていた。
そして、全身には異様な寒気がはしり、強い目眩に襲われた。さっき、自転車で帰路につく途中ー、急にダンプが視界に入ってきたのは分かった。そこで僕ははね飛ばされ、そこから先の記憶はない。
    どうやら、僕の身体は長い間、冷凍保存されていたらしい。頭が酷くズキズキする、手足もキリキリとした痺れる痛みが感じる。僕は、カチコチに固まった足をゆっくり動かした。僕はカプセルの蓋を開けると、恐る恐る辺りを伺った。
   ここは、病院なのだろうかー?否、病院なら四方八方白い壁で辺りが覆われている筈だ。ここは、森の中だ。川のせせらぎや雀の鳴き声がこだましていた。
    かつて、ここは建物だったのだろうー。壁がツギハギに繋がったており、それを縫うように巨大な大樹が僕の横に聳えていた。大樹は、逞しく天井や壁を突き破り天高く構えていたのだった。僕は、自分が入っていたカプセルを見た。カプセルには『大河原サトシ』と、僕のフルネームが書かれてきた。そして、その下には僕の生年月日と…西暦1990年4月14日と、記されていた。
「1990年…?俺は死んでないぞ…」
    僕は訳も分からなく、カプセルの内部を調べた。カプセルの中には、サッカーボールにユニフォーム、スパイク、携帯電話が入っていた。
   僕は、携帯電話を取り出し親に連絡を試みようとした。しかし、電源は切れており繋がらない。
ーここは、一体、何処なんだろうー?
辺りは緑で覆われ、小鳥のさえずりが響き渡るー。木漏れ日が眩しく、僕は目に手を当てた。
   すると、キシキシと小さな車輪が回転する音が聞こえてきた。その音は徐々に大きくなっていき、木々の隙間から姿を、表した。
そこには、スターウォーズのR_2を彷彿とさせる出で立ちのアンドロイドが滑らかに車輪を滑らせ、こちらまでやってきた。
「おはようございます。河村サトシ様。」
ロボットの目は赤くチカチカ点滅した。
「…お、ロボットが喋った…?」
僕は、拍子抜けしカプセルに腰を下ろした。
「河村サトシ様ー。1972年7月7日生まれ。1990年4月14日ー、交通事故死ー。」
アンドロイドは、子供のような高い声で淡々と話した。
「こ、交通事故死…?」
「はい。あなた様は、およそ1300年前ー。部活帰りにダンプにはねられ、某魔の8車線で、お亡くなりになりました。夕方6時半35秒33ー。」
「お、俺が亡くなったー?」
僕の声は、裏返った。

ー何、ふざけた事言ってるんだ…?コイツは…しかも、コイツは、一体、何者なんだ…?ー

   謎の空間で、突如来た謎の存在から、自分の理解を超える事実を告げられて、脳が混乱を起こしている。

「はい。あなた様は、西暦1990年4月14日、午後6時半35秒33…自転車で横断歩道を渡っている時に、ダンプにはねられ全身を酷く強打し、お亡くなりになりました。そして、あなた様のご遺体は、ご両親のご意向により長らく冷凍保存する事になりました。あなた様が蘇るのを信じてー。」
   アンドロイドは、優しく諭すような喋りになった。
「お、俺は死んだのか…?ここは、何処だ?お前は誰で今は西暦何年なんだ…?」
僕は、震える声で矢継ぎ早に尋ねた。自分が死んだと言う実感が湧かない。いや、これは悪い夢だ。最近、サッカーの試合が近づいていたから疲労がピークになり、悪い夢でも見たのだ。
     僕は、自分の右頬をつねった。すると、痛みを感じた。そして、より強く指に圧を入れてつねってみた。強い痛みを感じたー。
「あなた様は、仮死状態でもなく本当の死を迎えました。しかし、奇跡の生還を遂げました。あ…申し遅れました。私の名は二アです。今は、西暦3300年、4月14日ー。丁度、あなた様がお亡くなりになられた日です。あなた様は、1310年もの間ー、このカプセルの中で凍結状態で亡くなってました。」
「俺が、1000年以上ー死んでたって事か…?ふざけるなよ…」
   僕は、まだ状況が飲み込めないでいた。まるで、単身でワンダーランドに迷い込んだかのようである。コイツは、明らかにふざけているのだ。
「証拠なら、ここにあります。」
    すると、二アの目が映写機のように白く光り、その光を大樹に当てた。すると、スクリーンのように映し出された。
   そこには煌めく夜空が映し出され、星々がキラキラ点滅していた。
「これが、1990年頃の星空です。では、時間を早送りしてみましょう。」
二アはそう言うと、時間を早めた。空は、高速で円を描きクルクル目まぐるしく回転していった。
「ーで、これが現在の星空です。」
目の前には、全く違う光景がそこに映し出されていた。
「な、何なんだ…?この景色は…見た事ないぞ。」
   そこには、全く未知なる星模様が広がっていた。僕は天体観測が趣味であり、図鑑を買い望遠鏡でよく夜空を眺めていた。
だから、天文学には詳しく、夜空は長い年代で様変わりすると言う事を知っていた。
   カプセルの中には、分厚い図鑑と望遠鏡があった。図鑑の裏を見ると、小学生の頃につけた下手くそな自分の名前が書き記されていた。
「う…嘘だろ…?」
   僕は、再び夜空を確認した。カシオペア座が見えないー。
「あなたが1310年前に亡くなった証拠なら、ここにあります。これで、信じてくれますよね?」
   すると、二アの映す映像が切り替わった。
そこは、僕がよく通学に使っている産業道路だった。そして、リポーターの切迫した声が響き渡った。
『速報が入ってます。今日の夕方、6時半頃ー、M県S市のR産業道路で、男子高校生がダンプにはねられた模様です。事故現場は、車線の多い産業道路で、男子高校生は左折してきたダンプにはねられ病院に運ばれましたがー、2時間後に亡くなったとの事です。』
  すると、そこには、僕のものとそっくりの自転車が無惨にも横倒しになっているのが見えた。そして、刺されてある鍵には、愛用のキーホルダーがぶら下がっていた。そのキーホルダーは、薄茶色のクマのぬいぐるみで、僕が誕生日に彼女からもらったものにそっくりだった。

『現場は見通しの良い産業道路で、亡くなった男子高校の名前は、大河原サトシ(17)ー。』

   そして、そこには僕そっくりの顔写真が映し出された。
「あ、忘れてました。コレを…」
    二アは、自身の胸ポケットからセピア色の古びた新聞紙を手渡した。
これは、最近の新聞の筈だが、何故か薄茶色に色あせていた。
    新聞の記事には、自分と思しき高校生がダンプにはねられ亡くなっている文章が、大々的に書かれていた。そして、その記事の横には自身の両親の名前と顔写真が載っていた。訳が分からずその記事のタイトルを読む事にした。
「『死者蘇生ー?』」
タイトルには、『大河原夫妻、パンドラの箱を開けるー。』と言う見出しが、ゴシック体の目立つ大きさで記されていた。
「おい、二ア、これはどういう事だ…?」
僕は他に言葉が出てこなく、豆鉄砲でも食らったかのような顔になった。
しかし、二アはビクリとも反応しないー。
「しかし、1300年もの間、とうとうその願いは叶いませんでしたー。今からおよそ550年程前ー未知なる隕石が落下し、急激な地表の温度の低下が起きました。そして、人類は緩やかに減少し、そして、絶滅してしまいました。」
二アは、憐れむような声を出した。
「じゃあ、このカプセルは、誰がどうやって管理してきたんだ…?人はもう、居ないんだろ…?」
僕は、自然と早口になった。
「550年間、我々アンドロイドが試行錯誤しながら、交代で管理してました。人類の遺志を引き継ぐためにー。」
「引き継ぐって…『死者蘇生』の事かー?」
「はい。あなたのご両親は、優れた科学者であられたようですね。しかし、流石の彼らですら死者を蘇らせる事は不可能だった。しかも、人間の寿命には限りがあるー。そこで、ご両親は私達アンドロイドに委ねる事にしたのです。彼らは、自分達の造ったアンドロイドにプログラミングしていきました。」
「父さんと母さんが、何で…」
    僕の親は、研究熱心な科学者だった。いつも生真面目だが、温和で温かい親であった。しかし、何で死者を蘇らせると言う昏倒無形な事を考え出したのだろうー?
「愛する息子を失って、ご両親は、正常な精神を無くされていた。」
二アは再び憐れむような喋りになる。その話し口調が妙に鼻につき、僕は軽くイライラしていた。
「お前は、何者なんだ…?」
僕は二アに近づくと、強く額にパンチした。
「私は、超高性能マシンXVN型ロボット、No.595 二アで御座います。」
二アは、微動だにせず優しい口調で話した。
   すると、遠くの方から無数の車輪が回転する音が近づいてきた。そして、12時の方向からそれはやってきて、二アそっくりのアンドロイドが10体程、姿を現した。
「おお…お目覚めになられた…救世主の帰還だ…」
アンドロイド達は、まるで神を崇めるかのように感嘆としていた。
「ちょっと、待て…救世主だって…?」
僕は、再び脳が激しく混乱しズキズキ頭が痛み出した。

(次回へ続く…)


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