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同僚との人間関係(続編)

前回、私の入社2か月目の職場での悩みについて書かせてもらった。気になる二人の同僚との関係性についてだ。自分はそれぞれの方とうまく関係性を築けていないと思い、小さな不安が積み重なって、爆発寸前だった。そして、私のOJT担当である同僚(対象の二人とは別の方)に相談をしようと決意し、先週相談をした。

そのOJT担当者は、私の話す内容を最後まできちんと聞いてくれた。そして、「その旨を私から所属長にだけ話させてほしいけど、いいですか?」と言われ、その話を信用して了承した。そして、私がかなり悩んでいることに体調を心配してくださり、今日は定時で帰ってください、と言われ
いつもは残業するところを定時で帰らせてもらった。

翌朝、出社すると状況が少し異なっていた。私が元気ないことを同僚の皆が心配してくださり、特に私が悩んでいる二人の、私への対応が少し異なっていた。皆私に気遣っている様子だった。OJT担当者から別室に呼ばれ、所属長にのみ、私の相談内容を伝えたということ、また私が不安視している2人の同僚から、私が最近元気がないけど大丈夫だろうか?と話をしていたことを私に伝えてきた。その時は正直、私の悩み相談を皆に話したのではないか?と多少不安になったが、OJT担当を信じることにした。

私としては、気持ちを立て直して元気を出そうと思い、普段通り振舞った。
その後、日を重ねるにつれ徐々に自分自身の悩みを払拭していった。

数日後、私が一番意識している同僚の行動や言動で、再び私自身がもやもやしたり傷つくことがあった。自分自身を立て直してきた精神バランスが再び崩れかける。その時の、同僚の言動や行動を一緒に見ていたOJT担当の
同僚に、自分の気持ちを伝えると、「〇〇さん(私の苦手な同僚)は、確かに人に誤解を与える言動や振る舞いが多いですが、悪意があって言ってることではないんですよ。受け止め方によって意味は大きく変わると思います。私はこのように受け止めました」と、かなり肯定的にその同僚の行動や発言に対する解釈を述べられた。私の考えすぎなのだろうか?苦手意識を持っている私がいけないのだろうか?その日はもやもやが収まらず、ますます落ち込む日となった。

昨日、私の最も苦手な〇〇さんと、たまたま「アサーション」のプログラムについて、利用者の悩みについてどのようにコメントすべきか、という話になった。私からすると、そもそも私のことを嫌ってるのではないか?と思っている〇〇さんと、心理系の話をすること自体とても複雑な心境だった。そんな中、〇〇さんから意外な発言があった。「人から良く思われたい、と思う気持ちは、ごくごく当たり前で自然なことです。相手から嫌われているのでは?、という恐怖や悲しみという自分の気持ちを把握すること、それだけでアサーションを理解する第一歩を踏み出していると思います。自分の気持ちを把握し、そうした気持ちを持つ自分を否定する必要はないんですよ。」私は、その言葉を聞いて、今までもやもやしていた自分の気持ちがスッと軽くなった。なんだ、自分の気持ちは素直に自分自身で肯定してよいのだ、別に自分に問題があるわけでも、悪いわけでもないのだ、と。

そして、そう気づかせてくれた〇〇さんに対して、少しだけ私の印象が変わった。確かに、私とは馬が合わない人なのかもしれないが、悪意を持って私に接しているわけではないかもしれない、と。

承認欲求に固執することはナンセンスで、他人と比較せず、自分の明確なモノサシ(判断基準)をもって物事に取り組むこと、そのことは頭では理解している。しかし、気持ちがどうしてもいう事を聞かない、心のどこかで無性に、「認められたい」という欲求が押し寄せてくる。その気持ちに蓋をせず、自分はそう思っているのだ、と受容し、そこから自分のモノサシを振り返って心を修正していこう、そう思うようになった。

これはとても難しいことかもしれないが、それを頭で理解するとそうでないのでは、天と地ほどの差が生まれるように思う。そのことに気づかせてくれた〇〇さんには感謝したい、そう考えると今までの人間関係の悩みが多少軽くなった気がする。


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