マドンナ 第4話《入念なプラン》【短編小説】
ルーヴル美術館展のことをなんとなく調べてはみたが、さっぱり分からなかった。絵を見てなんてどんな感想を言えばいいのだろうか。
――いやぁ、印象派だねぇ。
――やっぱロマン主義だよなぁ。
いや、浅い。あまりにも浅すぎる。
そもそも印象派がなんなのかが分からない。 ウィキペディアで説明を読んでもまるで理解できなかった。だから、なんとなくボヤーッとしたのが印象派だと思うことにした。
ロマン主義にしても同じである。絵からロマンを感じたら、それがロマン主義なのである。
やっぱり、美術館は間違いだったかと、ユースケは思い始めた。
バッティングセンターにでも行けば、良いところは見せられる。バカスカ打っているところを見せれば、モナはこう言うに違いない。
「えー、すごいですねー。あんな速いのよく打てますね。カッコイイ」
あと一歩で甲子園だったんだよ、と言うとモナはさらにビックリして「えっ、スゴーイ!」と、こうなるはずである。
実際はあと四、五歩あったが、多少話を盛ったところで誰に突っ込まれるわけでもあるまい。
一度そう考えてしまうと、意地でもバッティングセンターへモナを連れて行きたくなった。急に美術館からバッティングセンターに変更したら怒るだろうか。
いや、なにも変更する必要はない。美術館の後に行けばいい。美術館でどれくらい時間を要するか分からないが、夕飯の予約は十八時だから、それまでにサクッと行けるくらいの時間はあるだろう。
そこで軽く体を動かしてから、その後に飯を食う。最高の流れである。自分の見せ場も作れるし、ナイスなアイデアだとユースケは思った。
そして夕飯は浜側港のボードウォークにあるイタリアンを予約してある。
抜群のロケーションと美味い飯のマリアージュ。想像しただけで、至福の時間となることは間違いない。
だからと言って抜かってはいけない。ここでの振る舞いが大事になる。
『女性の警戒心を解いてやること』
食事デートにおけるサチの教示だ。
まだ知り合い程度の関係では、女性は敵ではないかと警戒している。だからさりげなくフォークを取ったり、料理を取り分けたりして優しい男性だなと思わせる。
特にモナのように普段接待をしている女の子が相手なら、料理の取り分けや酒の気遣いをしてあげれば好感度が上がって親密になるという話だ。
その上で、「キャバクラの仕事は慣れた?」とか、「どんなことが大変?」と訊いて、モナの心の内に溜まっているものを話してやれるように促す。
『女性が魅力的に感じるのは話を聞いてくれる男性』
好かれようと思うがあまり、延々と自分語りをする男は多い。特にキャバ嬢は、武勇伝やら自慢話やらをイヤというほど聞かされてきている。
だから、ここで聞き役に徹して他の男たちと違いを見せることで、チャンスは巡ってくるはずである。
愚痴からなんから全部聞いて、モナにとって居心地のいい男だと思わせれば、このステージは成功と言えるだろう。
あと気をつけるべき点と言えば――泣き上戸にならないことか。
酒を飲むと、どういうわけか異常に涙腺が緩くなる。モナの話に共感して流す涙ならまだしも、くだを巻くようなことはあってはならない。
もっとも、ちゃんと話を聞くようにすればそんなこともないだろうが。
いい雰囲気で食事が終わったら、少しだけ散歩してから帰ろうかと言って臨港公園へと向かう。
大事なのはここでちゃんと帰る意思を示すこと。そうすることで、ホテルへ行くような下心はないよと安心させられるし、上手くいけば楽しい時間を名残惜しくさせることもできる。
雰囲気のいいボードウォークをテクテクと歩いていく。街の灯りが煌めく水面。チャプチャプとたゆたう波の音。ムードを演出するフットライト。そして、優しくひんやりと吹き込む港風が二人の距離を縮める。明日は晴れそうだし、きっと気持ちのいい夜になるだろう。
そして臨港公園のベンチに座って、いよいよ告白に入る。
ここで肝心なのは、モナの左側に座ること。左耳の方が感情的に聞こえるというアドバイスを忘れてはならない。
それで告白のセリフ。
『告白のセリフはできるだけシンプルにすること』
やはりシンプル・イズ・ベストなのである。
「モナの清楚な雰囲気が良い、人への気遣いを惜しまないのが素敵だ、なんたって黒髪が艶やかで上品、よってこういう理由でモナが好きです」
こんな理屈っぽくてはロマンがない。
「好きで好きでたまらないんだ。頼む、一生のお願いだから付き合って。この通り」
こう言って、頭を下げるのもよろしくない。懇願されては告白された女の方もときめきがないだろう。
「もう分かってると思うけど、オレはモナが好きだ。付き合ってくれないか?」
やはり、これである。一世一代を賭けた決め台詞はシンプルに気持ちを込めたものがいい。
〈続〉
#創作大賞2024 #恋愛小説部門
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