柴野弘志

1981年生れ。神奈川県横浜市出身。劇団を旗揚げし役者として活動、脚本を執筆。解散後小説に着手し、noteでは主にショートショートを投稿予定。 浅田次郎、立川志の輔、古今亭志ん朝、東京03、Mr.Childrenのファン。 趣味はサッカー。特技は日本舞踊(宗家藤間流)。

柴野弘志

1981年生れ。神奈川県横浜市出身。劇団を旗揚げし役者として活動、脚本を執筆。解散後小説に着手し、noteでは主にショートショートを投稿予定。 浅田次郎、立川志の輔、古今亭志ん朝、東京03、Mr.Childrenのファン。 趣味はサッカー。特技は日本舞踊(宗家藤間流)。

マガジン

  • マドンナ

    創作大賞2024 恋愛小説部門 参加作品

  • 花鳥風月

    「花」「鳥」「風」「月」をキャラクターのモチーフとして、美しく人情味たっぷりと描いた掌編連作。

最近の記事

ラベンダーの湯【2分小説】

 宵の口。冬の訪れを告げる木枯らしが、下ろした髪の毛をもてあそぶように吹き抜けていく。  三年ぶりに帰ってきた実家のアパートは、どこかわびしげに佇んでいるように感じた。それは帰る道すがら、所々で建て替えられた家が目についたせいなのか、もしくは嫁ぎ先の立派な家屋に慣れてしまったせいなのか。古い木造建築で玄関口をぼんやりと照らす蛍光灯の灯りの頼りなさを見るに、時代に取り残されているなと思わせた。 「あら、本当に帰ってきやがったよ」  家に入ると、母がぞんざいな口ぶりでわたしを出迎

    • 神様との約束【3分小説】

      「ぼくには生まれる前の記憶があるんだ」  ブランコに座ってゆらゆらと動かしながら、ユウくんは清々しく打ち明けた。泥まみれになった制服をまとい、顔には痣や傷ができていて、見るからに痛々しそうだ。  ぼくは冗談としか思えないユウくんの言葉に、「え?」としか反応できなかった。 「生まれる前の記憶」 「生まれる前って、前世ってこと?」 「うーん、前世ってわけでもないんだよなー。生まれる前」  何度言われてもいまいちピンとこない。  ユウくんと同じようにブランコに腰かけたまま、暮れゆく

      • お祝い【4分小説】

         メインディッシュが運ばれてくると、わたしの心は緊張でわずかに昂った。会話が不自然にならないようにと平静を装う。向かいに座るミナはなんの疑いもなく、運ばれてきた料理に心を躍らせている。よし、計画通りだ。  今日はミナの誕生日。お互い恋人がいないもの同士、誕生日はこうして二人で少しリッチなディナーをするのが恒例となっている。お祝いする方が店の予約を取って、ちょっとしたプレゼントを贈る程度の簡単な誕生日会だ。  今夜選んだお店はこじんまりとしたイタリアンレストランだが、家庭的な雰

        • 遺言【5分小説】

           親父が死んだ。  自宅に届いた一通の書状を開いて、ぼくはその事実を知った。  驚きはない。涙も出ない。まるで興味のない有名人の訃報を知らせるニュースを見ているような、そんな気分だった。  手紙の差出人は福祉事務所となっている。生活保護を受けていた親父が亡くなったという報せと、死亡届を提出できる親族がいるかを確認する内容だった。  ——生活保護を受けていたのか。  事務的で淡々とした文面からその事実だけを、無感情に認識した。これまで親父がどこにいたのか知らないし、どんな暮らし

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        • マドンナ
          12本
        • 花鳥風月
          5本

        記事

          アートの力【8分小説】

           静けさが漂う館内に男の声がこだまする。キャンバスを前にして手を動かしながらスペイン語で説明しているのを、脇にいる女性通訳者が聴衆に向けて言葉を訳した。  わたしのいる位置からスペイン人の画家も通訳者も聴衆も見えるけれども、キャンバスに何が描かれているのか見えない。ゴシック調の大きな背もたれの椅子に斜に構えるように座り、左手で左胸に手をあてた姿勢のままほんの微かに口元を引きしめるように微笑を浮かべ、じっと画家を見つめている。  学芸員であるわたしが本当にここに座っていいのだろ

          アートの力【8分小説】

          分かりにくい女、そして分かりやすい男【9分小説】

          「ここでいいんだよね?」  ハンドルを握った女が訊ねてきて、ぼくは「うん」と肯いた。車がハザードランプを点滅させて道路の脇に停まる。 「ありがとう」  そう言って助手席から車を降り、「じゃ、また」と女に声をかけドアを閉めると、車は人気のない夜道を忍ぶようにして走り去って行った。ぼんやりと光るテールランプを見つめながら、ひとつ大きな息をつく。体は疲れているが、心は満たされている。ただし、決して清々しいものではない。湧きあがる罪悪感を影のように引きずり、自宅のあるタワーマンション

          分かりにくい女、そして分かりやすい男【9分小説】

          マドンナ 最終話《バレンタインデー》【短編小説】

           二月十四日。  四十年前の今日この日に、産み落とした親を軽く恨んでいる。いや、親を恨むのはお門違いなのかもしれない。バレンタインデーとう風習を根付かせた社会を恨むべきか。いずれにしても忌々しい日である。  今となっては、女性が好意を寄せる男性に想いを打ち明けるという意味合いは薄れ、職場や友人へ日頃の感謝の気持ちを表したり、はたまた自分へのご褒美だったり、あれこれ意味が後付けされている。  ユースケにとってはその方がありがたいと思う一方で、いつまでも元来の意味に囚われてもいた

          マドンナ 最終話《バレンタインデー》【短編小説】

          邂逅【3分小説】

           泉が最後のひとマスに白い駒を置くと、次々と黒い駒が白く翻った。 「おォ、これはマズイ。マズイぞォ」  向かいの松田が愉快そうに唸る。  盤に敷きつめられた白黒の駒をそれぞれ集めて、一枚一枚数えていく。先に数えきった泉が声をあげた。 「三十二。惜しいッ」 「うん、こっちも三十二。おお、あぶねェ」 「引き分けか。これで——五引き分けと……ゴホッ、ゴホッゴホッ」  泉は咳こみながらメモ紙に書き入れると〝正〟の字が完成した。メモにはそれぞれの名前の下に勝った分だけ〝正〟の字が並んで

          邂逅【3分小説】

          マドンナ 第11話《共感》【短編小説】

           テーブルにはサラダが載り、チーズの盛り合わせが載り、ピザが載った。酒もそれに合わせてワインへと移っていった。  モナの食事の所作には品があった。裕福な家庭環境にあり、テーブルマナーはすっかり身体に沁みついている。他のキャバ嬢とは一線を画する部分である。それだけに、なぜキャバクラをやっているのか、ずっと気にかかっていた。以前に息抜きのようなものだと言っていたが、どうも腑に落ちなかった。 「キャバクラの仕事はどう? 慣れた?」 「少しは。ただ、お酒がちょっと大変ですね」  モナ

          マドンナ 第11話《共感》【短編小説】

          マドンナ 第10話《正念場》【短編小説】

           予約したピッツェリアは港に面した場所にあった。実際に行ったことはないが、調べる限りオーシャンビューが売りの店であるらしい。これまでに思ったほどの成果が出せていないユースケは、せめてここだけでも思い描くイメージに合うことを願った。  津先駅から地上へ上がると、日はすっかり暮れて、街には明かりが灯っている。通りを吹き抜ける風が強くなり、陽が落ちたことも相まって寒さが増したように感じる。  けやき通りを歩き、大きなイベントホールの建物を通り抜けて向こう側へ超えると、視界が開け浜側

          マドンナ 第10話《正念場》【短編小説】

          マドンナ 第9話《自分の土俵》【短編小説】

           バッティングセンターはボーリング場やスケートリンクの入ったアミューズメント施設の中にあった。エレベーターに乗り屋上階へ上がる。ドアが開くと同時に金属バットでボールを叩く音が飛び込んできた。  随分と久しぶりに聞く音だった。考えてみると最後にやったのはいつだったのか覚えていない。ゆうに十年を超えるのではないだろうか。  美術館を出て、晩飯まで少し時間があるからバッティングセンターへと誘うと、モナは意外にもはじけたように賛同した。これまでに縁の無かった場所のようで非常に強い好奇

          マドンナ 第9話《自分の土俵》【短編小説】

          茶汲【3分小説】

           茶の良し悪しなど知らぬ人生であった。もっと早くに茶の奥深さに気付いていれば、夫婦の会話もちがうものになったであろう。そんなことを思いながら柴山は茶を淹れた湯呑を妻の霊前に供えた。  自動車部品の製造工場から独立して町工場を構えたのは、齢三十になろうかというときだった。自動車や産業機器のスイッチの設計から製造までを請け負い、従業員は多いときでも十人以下という手狭な所帯であった。この小さな町工場で他社との競合に勝ち抜いていくために、クオリティを落とさずどこよりも早く仕上げて納品

          茶汲【3分小説】

          マドンナ 第8話《休憩タイム》【短編小説】

           第二章と第三章とのエリアの間に休憩室が設けられてあり、ユースケはくたびれてベンチソファに腰を下ろした。この空間だけはガラス張りの壁から外の光が入り、展示室の演出された空間から現実世界に戻る。  スマホを取り出し、モナにLINEを送った。 『休憩室で休憩してまーす』  これでモナは来るだろうかと、スマホを握ったまま外の景色をボーッと見つめた。  二人で来て個々に観てまわるなどとは思いもしなかった。なんとなくこの場はモナがリードしながら絵の説明をしてくれたり、こんな見方をすると

          マドンナ 第8話《休憩タイム》【短編小説】

          note公式マガジンの反響【雑文】

           普段はですね滅多に雑文を書くことはないのですが、どうしても感謝を申し上げたく筆をとった次第であります。  先日、ありがたいことに拙作『最後の選択』をnote公式マガジンに選んでいただきました。  これまでにも多くの方々が私の作品をマガジン登録してくださり、作家としては非常にうれしく、そして励みになるのでございます。  私は常々創作だけに没頭しているため、一度世に出て己の手から離れた作品を顧みることはありません。……と、そんな人間でしたらもう少し作家としてどうにかなってい

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          マドンナ 第7話《玄人の鑑賞法と素人の鑑賞法》【短編小説】

           チケットを手に展示室へと向かうと、入口付近で列ができていた。傍に立つスタッフの誘導に従って列の最後尾に並んだ。 「たぶん皆さん順番に観ていく人がほとんどだと思うんですけど、わたし結構飛ばし飛ばしで行ったり来たりするんですよ。だから、わたしに気にせず自由に観ていいですからね」  自由と言われても、初めて鑑賞に来て何が自由かも分からない。 「あ、そう――でも、付いてくよ。見方だってよく分かんないし」  一人にされる方が不安で仕方がない。二十近くも離れた女の子に縋りつくように付い

          マドンナ 第7話《玄人の鑑賞法と素人の鑑賞法》【短編小説】

          最後の選択【3分小説】

           細く開けた窓から風が入ると、ふわりとカーテンを揺らした。風はほのかに温さを感じ、窓辺に聳える桜の木はちらちらと花をつけ始めている。春が来たのだなと兆治は思った。  なんと穏やかな時間であろう。ベッドの上に横たわったまま、ふとそんな風に感じた。こんな時間が訪れるとはついぞ思わなかった。それほどに浮き沈みが激しく、生きることに執着した人生を送ってきたと思うのである。  最初に記憶しているのは広い家であった。農家を営む一家の四男として生れ、豪農であり裕福な生活をしていたのだが、父

          最後の選択【3分小説】