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マドンナ 第2話《恋愛遍歴》【短編小説】

 ここまで語られた告白のポイントだけではどうも物足りないと、ユースケは感じていた。
 そんなことではなく、もっと確実に成功させるための裏テクニックを知りたい。これをやったら付き合いたくなるという極意を教えてくれないと意味がない。
『告白をするときは、相手の左側から告白しましょう。ある研究結果によると、右耳から話しかけられた時と左耳から話しかけられたときでは、左耳の方が感情的に聞こえて内容も記憶に残りやすかったと言います。ですから、公園などで告白するときには相手の左側に座って告白するといいでしょう』
 ――こういうこと! 
 これぞまさに極意というヤツである。こんなことを知っているのは、サチのように心理研究をしている人間か、よっぽど告白の仕方を心得ているヤツだけであろう。
 振り返れば、告白の時はちゃんと気持ちを伝えようと真正面を向いていた。これがいけなかったのか。
 来月で四十になるユースケは、人生で彼女と呼べる女がひとりもいなかった。
 恋愛に奥手というわけではない。
 これまでにも好みの女性には積極的なアプローチを試みてきたが、一度も実を結んだことがないだけなのである。それゆえ、彼女が欲しいという想いは切実だった。
 四十を前にした独身男が、パートナーを求めれば”婚活”になるであろうが、ユースケにとっては”婚活”より”恋活”の方に感覚が近い。
 今でも求めているのは結婚よりも恋愛。結婚を求めていないわけではないが、それはどうしても恋愛の先にあるものにしたいのだ。
 要は、イチャイチャしたいのである。
 彼女とどこかへ食事や飲みに行くことはもちろん、遊園地、映画館、海や川といった場所に遊びに行ったり、旅行に行ったりして、イチャつく。たまにケンカなんかもしては仲直りをし、二人の関係を深めて、またイチャつく。同棲して一緒にご飯を作ったり、風呂に入ったり、ゲームをしたり、生活を共にして、いつでもどこでもイチャつくことが最大の夢なのだ。
 しかし、思春期に恋心が芽生えてからこのかた、その夢を叶えてくれる女性がいない。いくら追い求めても儚く散り続けた。散った分だけ、より想いは強くなり、年甲斐もなく彼女が欲しいのである。
 中学・高校時代からモテない自覚はあった。背が低く、肥満体型でおでこは広め。そこに年々毛深さが加わり、コンプレックスとなった。 
 それでも運動はそれなりにできる方で、野球部に所属していたことで体育会系のノリを覚え、コンプレックスを笑いに変えることができた。
 そのおかげで、クラスでも部活でもムードメーカーとして認知され、好感を持ってもらえる活路は見出せた気がした。
 ただ、その頃は恋愛に奥手で、気になる女子はいたものの告白をして付き合うなどという勇気は持てなかった。
 大学生になって、周囲の友達が彼女や彼氏を作るようになると、それに刺激されて積極的に彼女を求め行動するようになり、サークルやバイト、それから合コンなどで出会いの場を広げた。
 ムードメーカーの役割を担うのは、どこであれ、それほど難しいことではなかった。それゆえ、盛り上げ役としては重宝され多くの飲み会に参加していたと思う。
 ただ、グループでは盛り上がるものの、二人きりのデートとなると話は別なのである。
 飲み会の席で話が盛り上がり、勢いで「今度○○行こうよ」と言うと、「いいね! みんなで行こう」と返ってくる。「いや、二人で行こうぜ」と食い下がれば、「予定が合えばね」と言われ、その予定が合うことはない。
 合コンにしても「どんなタイプが好き?」と訊けば、「面白い人」という回答が必ずある。そして自分の持てる力をフルに発揮し、「面白い人」認定を受ける。
 だが、そこまでなのだ。
 数多くの出会いを重ねて、デートまでこぎつけることができたのは、たったひとりだけ。一縷いちるの望みを繋いだかのように見えたその女も、結局、告白してフラれた。
 面白いヤツが好きなんじゃねーのかよと、何度心の中で罵ったかしれない。 
 社会人になり、二十代後半に差し掛かると今度はキャバクラに彼女を求めるようになった。
 キャバクラはとてもよかった。これほど素晴らしい場所は他に見当たらない。
 なにしろ、距離が近い。初めて会うのに、いきなり隣に座って、肩が触れんばかりの距離で酒を飲めば簡単に好きになってしまう。
 話せば盛り上がるし、嬢によっては軽いボディタッチまである。「今度はいつ来るの?」と連絡があれば、女の方から求められていると思ってしまう。
 デートの回数も依然に比べて格段に増えた。ただし”同伴”と言って、キャバ嬢の出勤時間前に落ち合って一緒に来店する前提のもと、デートする形が多い。この”同伴”はキャバクラのオプションなので別料金を支払うことになる。
 もちろん、キャバ嬢の休日にプライベートのデートもしたことだってある。
 全て営業利益を上げるための建前だと分かっていても、デートとなれば男の本能が勝って舞い上がってしまうのだ。
 だが残念なことに、デートの度に必ず告白をするのだが、成功したことは一度もない。
 あまりにフラれ続け、女が断ったすぐ側で涙を流したことも一度や二度ではない。特に酒が入っていると涙腺がもろくなりやすい。
 心の傷を増やし、それを癒しにキャバクラへ出掛け、新たな嬢に慰められて、また好きになる。このループにかれこれ十年以上もハマり続けている。

〈続〉

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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