お気に入りの屋上で…
ある日の昼休み、
私は職場事務所があるビル屋上で一人お弁当を食べていると、
同僚の香織がやってきた。
「お昼、
一緒に食べようって誘ってくれてありがとう!」
香織は笑顔で言った。
「そんな事言った覚えはないんだけど…」
私は戸惑いながら言った。
香織は少し困った顔をしたが、
「そうだよね、
私もひとりで食べることあるもん。
じゃあ、
また今度一緒に食べよう!」
と言って去っていった。
…が多分、
その言葉は、
ちょっとした噓だろう。
噂話によれば、
香織は、
ちょくちょく屋上で食事しているらしいのだ。
一人の時もあれば、
誰かを誘っている時もある。
どうやら、
彼女のお気に入りの場所に…
お邪魔してしまったらしい。
私自体は一人になれる時間が欲しかっただけなので、
別に、
この場所で食事する必然性はないのだ。
対して…
香織は開放的な場所で食べられれば良いだけなのだから…
別に近くに誰かが居ようがいまいが気に病む事ではないだろう。
だとしたら…
意地悪が過ぎたかもしれない。
移動しているうちに昼食を食いっぱぐれる事になっても…
こちらが譲るべきだったのだ。
ある日…
私は職場の資料室で過去の社史を読み返していると…
香織がやってきた。
「この間は…
君のお気に入りの場所にお邪魔したばかりか、
その場所から追い払う様な真似をして済まない。」
私は謝りながら言った。
香織は微笑みながら…
「大丈夫だよ、
私もひとりで食べることあるからわかるよ。
でも、
せっかく友達になれたんだから、
たまには一緒に食べたいなって思うんだ。」
私は私自身に向けられた聞きなれない言葉に驚きながら、
「私が友達だと…
そういうものになった記憶はないが…」
「さては、
仲の良い同僚とかと…
この頃ギクシャクしているのか…」
「どうにも職場の雰囲気がここ数日…
変だからな。」
「気の利いた相槌なんかは打てないが…
何か言いたきゃ勝手にしゃべればいいし…
俺が近くにいる事でほっとするなら別に追い払いはしないさ。」
「人間って奴は相手に話を聞いてもらううちに…
自分自身の中の答えに勝手に気付く事があるらしい。」
「黙りこくっていると自分自身の中にある答えが消えちまうんだそうだ。」
「俺の勝手な思い込みだったら申し訳ない。」
「でも、これについては当たってるだろ?」
半分悪戯心と…
残りは色んな思いが混ざった心配を込めて…
ここまで…
まくし立ててしまったが…
〈香織〉
「…」
私の言葉の後の静寂に戸惑いながら…
彼女へ目を向けると、
会釈とも肯定ともつかない頷きをする。
どうやら、
図星らしい…
だが、
どうにも、
彼女が話し出す気配はない。
それならそれで、
社史を読み進めるだけだ。
…それから数日後の昼休み。
私は、
香織と一緒に屋上でお弁当を食べていた。
彼女のお気に入りの場所で彼女自身が何かしでかす心配もしたからだ。
それに知らぬ間に、
私にとっても、
屋上がお気に入りの場所になりつつあった。