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料理のカイ


「作れー
二百人前だぞ、カツ丼」
厨房にたつカイは料理長の目線を受け、
ひたすらキャベツを切る。

彼の白服の中には、
レシピと仕事をする上で大事なことをメモした紙がある。

厨房には、彼以外に三人のシェフがいた。
中国人のチョーは、四川料理を得意とする。国籍は日本だが、正直に言って日本語が上手くない。

彼の三つ年上の富山は、日本料理の専門。口が固いが動きが素早く且つ賢い。次期料理長候補だ、

一番年下の北中は、入り立ての新人。
今年料理学校を、卒業したばかり。
カイとは10歳も、年が違う。

「おい、北中!
このスーブ、ちゃんとレシピ通り作ったか?」

料理長の声で振り向く北中は、直ぐにその寸胴へ向かい味見をした。新人は、朝一番に厨房に入り、片付けをするまで帰れない。しばしば寝坊する奴もいる。とぼけた顔で、スミマセンと謝る北中を料理長はポコンと殴った。

それを見て富山は、ふっ!と笑った。
他の二人は知らぬフリをしている。

丁度、その時。ホールに人が入る合図だ。
いたずらに腕をまくしあげ、
かき揚げと唐揚げとスーブを注ぐ富山。
「チョー。
これ下味合ってるか見てくんね。」と彼は言う。

チョーは、日本語でなく、富山のジェスチャーで理解して、試し味をする。大丈夫!と親指を突き立て、富山を見た。笑いながら。。

ホテルのセクションは、四つ。
北にサラダとスゥイーツ。
南に中華。
東に日本料理。
西に洋食。
セクションごとに人の配置も異なり、また時期によっては、催しものをする事もある。
今はまだ楽な時期だ。

料理長は、出せの合図を、皆に言った。
かれこれ四十年もこの道を歩んだ彼の指示に、
誰も口出し出来ない。
皆ホールに次々と出していく。

ホールに来た客の一人神馬は、上場企業の役員だ。嫁と子供を連れて、バイキングを楽しんでいる。

スーツを着て、ビジネス手帳を机に出す彼は、休みも働く一流のビジネスマンと感じさせ、周囲の席も、皆避けて、空いたままだ。

カイの料理、カツ丼は案外いけると厨房に入ったのは、意外にもその神馬からだ。

「おい、カイ、お前のヤツ好評だって。
挨拶にいけよ。」

料理長から指示受けるカイは、
指定された座席に向かい、挨拶をする。

「ありがとう、美味しかったこのカツ丼。
日常の嫌なこと忘れるよ。」

ホテルの仕事は、クレームは多いのに、称賛されること自体少ない。カイは、ホールから戻るとき、珍しく窓から飛行機雲を見た。

ふっと笑みが溢れた。

そんなカイだが片付けになると誰もが早く帰りたがるがその日だけは、何故か残った。

彼は「今日の後味悪くしたくなかったから」と呟いて、北中を呼び寄せた。するといきなり、
目隠しをして、キャベツを、半分に切る。

しかも千切りするではないか?!
半分に切ったキャベツがものの見事に千切りになる。それを目のあたりにした北中は目を丸くした。

カイは、目隠しをとると、
「こーするんだ良いな」と言い、かえった。

「ありがとうございました。」
北中は、声を振り絞る。

同じ事をこれまでも何度も何度も見てきた彼は、意外にも根性がある北中を気に入っていた。

ほんとは、毎年入る。
けど、みんな一年でやめる。
それゃ、厳しいから。週一回の休みと料理長のしごきに耐えれないんだ。

若いうちに厳しくシゴカレルほど、料理人として光栄な事はないのに、その本質を理解し、残るものは少ない。


休みの日。
いつもより遅く起きるカイは、久しぶりに地元の商店街で買い物をしようと着替えした。
洗濯を干して、掃除機をあて、今週あった出来事をメモする。そして、かねてからの楽しみにしていた映画のビデオを見た。

「俺のものだと言うテリー。
やめてとこんなとこで言い合うのと返す女優。」
それが妙にリアルで、カイは途中で電源を切った。

多くの人が集まり、
日曜日でもないのに祭事がある不思議なそれは、楽しい場所だ。子供を引き連れ歩く人の中には、カイが何してるかを、知っている人もいる。そんな人に会う時、彼は自分から話す事を旨としていて、というのもチョーや富山みたいな人間が本当は嫌いだから。そんな彼の口癖の、「学校なんてとこは面白くない!と思います」とだけ言うのは、気分がスカッとするから。

ある日、
厨房に行くと珍しく富山が欠勤している。聞けば、病気で休むとのことで、料理長も驚いた顔で言う。
「ほんとなにしてんだよ、今朝いきなりだぜ、欠勤すんのって連絡あった」。それを受けてチョーもカイも入社以来、始めて見た料理長の顔に、笑みすら浮かべてしまう、下を向きながら。

カレー 三百人前
寿司百貫
ローストビーフ 五十人前
パンナコッタ 百人分
揚げチキン 三十人前

いつもより多めのメニューに少ない人員、
皆の顔は油汗で黒ずんでいる。
そんな時だ。奥から叫び声がする。

「き、北中ー止めろ。
だ、誰かぁー。」

カイとチョーは料理長の声のする方に驚いて目線を向ける。北中が燃えている!止めに入った料理長も火だるまだ!

「おい、チョー消火器だ。ホールにも連絡してこい!」
火だるまになった料理長と北中の処理を、カイは慌ててチョーに命ずる。とその時。

「な、何でだ、こんなときに。
誰も求めてないだろ?
あー、北中ー、そこから出るなー、あー。」

北中は窓から飛んだ。
火だるまで!
厨房の十階の窓から。


そこは黙する部屋だ。
彼はロッカーの中に遺書を残してた。

「化け物みたいな人間の一人、富山さん」
「ロッカーに封じ込められるいつも」
「味見用のスープに睡眠薬も入れられた。」
「話そう話そうってでも出来ませんでした。」
「もう限界です。カイさん千切りありがとうございました。チョーさんにも同じです。」
      さようなら

実にかくゆわなやいをなやわ
ルンハホヨハヤ

画像)Stable Diffusion 1 Demoより作成

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