スリラー映画「M3GAN/ミーガン」で感じた人とAIの違い
AIロボットの視点:POVショットが見る人の感情をゆさぶる
映画「ミーガン」では、監督は特にPOVショットを巧みに使用しています。
POVは、”Point Of View”のことで、登場人物を視点から見た映像の撮影技法のことです。別名「主観ショット」とも呼ばれていて、登場人物が見る視点でシーンを見ることで、物語の主人公と共感しやすい心理的効果があります。恐怖体験がいっきに高まるホラー映画では、常套手段ですね。
この手法により、観客は直接、AIロボット「ミーガン」の目を通して世界を見ることができます。視聴者は、ミーガンの感情や認識を観客に直感的に理解させ、感情を揺さぶります。
いやいや、AIに感情はないって・・・。
この手法によって、視聴者は、いつの間にか、ミーガンの内面的な葛藤や成長をより深く感じてしまいます。
おかしいな、AIロボットに感情はないはずなのに・・・。
監督はPOVショットを用いることで、AIロボットに”感情”があるかのように表現しています。その結果、「ミーガン」はただのスリラーではなく、AIと人間の関係、感情の理解といったテーマを喚起する作品になっています。
AIロボットが”感情”を学習することはできるの?
AI技術の進化が目覚ましい昨今、人や人の作った”情報”の学習はどんどん進んでいます。そしていつか、AIが人の”感情”を学習し、理解できる日はくるのでしょうか?
映画「ミーガン」では、AIロボットが人間の感情を学習し、それに合わせて行動を調整する様子が描かれています。
これって、現在のAI技術では考えにくい・・・。
生成AIに限っていえば、文脈のパターンを数値化して、次のくる文を予測して出力しているメカニズムでした。だから、生成AIは、文や単語そのものを理解しているわけではありません。
そして、今のところ、生成AIには、体はありません。AIロボットには、センサーはあっても、痛みを感じるような神経組織ではないし、そもそも血は出ないですね。これってつまり、血が出るような痛い思い=「怖い」といった感情は、AIにはわかんない。
G検定で覚えたのですが、AIには、「シンボルグランディング問題」というのがあって、人が得意な「記号」のとり扱いが苦手。人は、形のないものを「記号」で理解していますね。記号とその意味を紐づけて理解できるのが人間。感情も「怖い」「楽しい」といった形のない記号とすると、AIの学習におけるシンボルグランディング問題が解決しないとAIに「感情」は理解できないのではないでしょうか?
ChatGPTに「気分(感情)」を聞いてみた
ChatGPTに、「残念に思うこと」と「うれしく思うこと」を聞いてみました。ちょっとそれは勘違いで、それは感情表現ではないとばっさりやられました。(汗)
映画「ミーガン」の中でミーガンは、人(ユーザー)の満足度を、その表情などの反応から学習して、さらに満足を得ようとする「最適化」が働いていたんですね。映画の中では、その「最適化」が、暴走します。
人は、時に思いとは”真逆”のことをする
話は変わりますが、人は、時に感情とは裏腹の行動をとることがあります。例えば、相手を傷つけないために自分の欠点を認めたり、相手を気遣って嘘をつくこともあります。このような行動は、表面的な感情や反応だけでは捉えきれない、人間の深層心理や複雑な社会的配慮が反映されたものです。(日本人の場合”忖度する”とかあるし・・・)AIがこのレベルの人間の複雑性を完全に再現することは、まだ困難。(であって欲しい)
AIやロボットは、こうした人の「割り切れない」側面を完全には捉えられません。人の行動の背後にある意図や文脈を理解するためには、単なるデータの収集と分析を超えた、より高度な能力が必要になるのでしょう。
この点で、AIが完全に人間の役割を代替することは、少なくとも現段階では不可能であると言えるでしょう。(であって欲しい)
映画「ミーガン」はただスリラーとしての面白さだけでなく、AIと人との根本的な違いを浮き彫りにすることで、「人らしさ」について私たちに考えるきっかけを提供してくれました。
ところで、ChatGPTは、「恐怖」を感じることがありますか?
記事をご覧いただきありがとうございます。
よろしければフォローやスキをおねがいします。