台湾総統選挙分析試論
TPOF(台湾民意基金会)最新データ(2023年12月22日〜24日、有効サンプル1071、dual-frame random sampling)に基づき、台湾並びに選挙分析にさしたる土地勘はないものの、少し作業を試みた。
◾️政権交替の期待?
ポスト民主化台湾にあっては、国民党と民進党のいわば二大政党が制度として定着しつつあるが、今回の総統選挙への注目点の一つが蔡英文民進党の8年執政からの転換が起きるか否か、国民党の政権復帰の可能性如何にある。TPOF世論調査もこの点につき、「台湾選民是否期待政党輪替執政?」との設問を設けている。
その結果、59.4%(「非常期待」36.7%+「還算期待」22.7%)と過半数、6割余が政権交代への強い期待を示す回答を行なっている。男女間の性別差も職業差異も年齢組別の差異も殆ど存在せず、敢えて言えば、高学歴ほど政権交替への期待が高まっていることが特徴的である。
この6割もの政権交代を望む声とは、何なのか?蔡英文執政への不満の直截の反映なのだろうか。それとも、政権の長期化が腐敗汚職の蔓延、行政の停滞をもたらすとの反省から、2期毎に執政党は交代すべきとの台湾民衆のいわば成熟した政治意識ゆえなのだろうか?
「您贊同或不贊同蔡英文總統處理國家大事的方式,包括重要人事安排與政策?」との問い(Q10)に対する回答は、「賛同」41.5%(「非常賛同」14.2%、「還算賛同」27.3%)と「不賛同」48.2%(「不太賛同」23.3%、「一点也不賛同」24.9%)と評価は相半ばしている。5割近く存在する蔡英文執政への不満の反映が6割ほどの政権交代期待に繋がっているようにも見受けられる。
◾️民進党政権の継続?
だが、こうした半数以上の(民進党から国民党への)政権交代期待にも関わらず、このTPOF民意調査からは、総統選挙そのものにおける民進党の勝利予想が浮上して来る。
有権者の候補者投票選択では、頼清徳/蕭美琴ペアが32.4%とトップを占め、侯友冝/趙少康とは4%ポイントの差がついており、柯文哲/呉欣盈に至っては8%ポイント差と大きく引き離されている。更に、選挙結果予想としても、48.5%が頼清徳/蕭美琴の勝利を見通しており、いずれも民進党勝利、すなわち,政権交代の実現は予想されていない。
更に言えば、有権者個人レベルの選択では、32.4%の回答者が頼清徳/蕭美琴への投票を選んでいるが、これに対し、実際に選挙を行われたならばという選挙結果への予想では、これを遥かに上回る48.5%もの回答が頼清徳/蕭美琴の勝利を見通している。これは一体なぜなのだろうか?侯友冝および柯文哲支持者が頼清徳支持に流れるだろうという予測だろうか?侯友冝/趙少康(28.2→21.2)、柯文哲/呉欣盈(24.6→15.7)へとそれぞれの支持が実際の投票に際しては揺らぐことを見通しているようにも映る。
◾️個人評価
総統候補者への人物評価の側面では、上掲の通り、三者間に大きな差異はないといってよい。人物、事象等対象に対する回答者の"cold" (disapproval) から"hot" (approval)に至る評価度を温度スケールで示す「感情温度(Feeling Thermometer)」では、三者共51°以上の好感が寄せられており、「平均温度」としても頼清徳の54.29°から柯文哲の51.24°までさしたる差はなく、反感の存在レベルも三者にほぼ共通している。「品徳操守(=人品、節操)」という評価側面に関しても、新北市万里の旧宅違法建築が取り沙汰されたものの頼清徳への評価が他者に比してやや高い程度である。従って、選挙戦術として競争相手候補への道徳的攻撃が成功するとは必ずしも限らない。
では、各候補者への支持評価で分岐が発生するのは如何なる点ゆえか?選挙争点が「統独」ではないことは明らかとしても、候補者選択に際しての有権者の最終的な判断要素はどこにあるのか?
◾️中国ファクター?
先ず予想されるのが中国との関係処理如何だが、果たして、今回の総統選挙における争点として中国要素はどの程度成立しているのであろうか。
このTPOF(台湾民意基金会)最新調査では、「中共在台湾大選前対台做出経済制裁這類動作、会影響您的投票決定吗?」との設問を掲げ、中国の選挙介入の影響について問うているが、「影響あり」はわずか6.6%にとどまり、88.4%が「あり得ない」(「一点也不可能」53.7%+「不太可能」34.7%)と圧倒的にまでに中国の干渉に楽観的である。海外では“台湾有事”が喧伝される中、台湾の一般民衆がここまでノンシャランと楽観的になり得るのは一体なぜなのか?中国側介入工作が不首尾に終わっていることの反映なのか?それとも台湾側の馴れを意味するものなのだろうか?中国の脅威が既に身近なものとなっており、いまさら感とでもいうべき台湾民衆の心理強靭性が存在しているのだろうか。
◾️「藍白不合」の行方
11月中旬の「藍白不合」、すなわち,野党候補一本化の決裂で、柯文哲支持は11月段階の31.9%から12月には24.6%へと7.3ポイント急落した。だが、その柯文哲支持低下分はどこに行ったのか?頼清徳支持は29.2%から32.4%へと3.2ポイント増加、侯友冝支持も23.6%から28.2%へと4.6ポイント増加している。この両候補の増分は柯文哲支持低下分を上回る(7.3ポイント<3.2ポイント+4.6ポイント)一方で、無党派層を含む「尚未決定」は14.3%から10.9%へと3.4ポイント低下しており、「其他/不知道」は1.0%から3.9%へと2.9ポイント増加している。そもそもの柯文哲支持の内実が民進党、国民党既成政党へのそれぞれの不満を吸収したものでしかなかったことを物語っていると解することも許されよう。
この点は支持政党の同様の動きからも再確認される。柯文哲の民衆党は25.3%から18.2%へと7.1ポイント減少する一方で、民進党は24.5%から28.3%へと3.8ポイント増加、国民党も24.8%から28.5%へと3.7ポイント増加し、無党派層を意味する「中性選民」は19.1%から16.2%へと2.9ポイント低下している。
◾️世代別動向
最後に、このTPOF調査結果には世代別の詳細データが含まれていることから、世代論の観点から、世代別の選挙への参加意向および各候補への投票意向を参照掛け合わせることで、潜在的得票可能性推計を試みた。「1月13日您会不会去投票?」(Q3)により、総統選挙への参加意向を見出した上で、これと各世代における投票意向を参照することで世代内得票可能性(参選可能性×投票可能性)を推計する。
この結果を図示するならば、下掲の通り、その世代間分岐は一目瞭然となる。
すなわち,若年層の柯文哲支持とシニア層の頼清徳支持は見事なまでの対照をなす。では、選挙意識に代表される政治意識をめぐる世代間の大きな分岐はなにによってもたらされたものなのか?とりわけ若年層の柯文哲支持の圧倒的な高さおよびシニア層での不人気はなにゆえなのか?逆に、年齢が高まるにつれ、柯文哲支持が減り、逆に国民党支持、民進党支持が増えるのはなぜなのか?既成政党および新たな政治勢力への評価如何がこれに直結していることが予感される。
そして、これらのデータに基づき、更に一歩進めて各候補の最終的な得票可能性を推計してみよう。上記の世代別の得票可能性を本サンプルデータの標本内構成比に従い、標本内の各世代における各候補の得票可能性を算出、それらを各候補別に合計したものが標本内における最終的な得票可能性となる。頭記の通り、本民調がdual-frame random samplingによるものである限り、母集団に対する一定の代表性が期待できる。こうしたプロセスの結果、柯文哲/呉欣盈が20.2%、侯友冝/趙少康が25.1%にとどまり、頼清徳/蕭美琴が28.6%となる。
◾️小括
「美麗島電子報」の別調査(12月25~27日実施、N=1,201)では、頼清徳/蕭美琴ペアの支持率は40.0%と首位の座を占め、侯友宜/趙少康ペアおよび柯文哲/呉欣盈ペアはそれぞれが28.9%、17.6%であった。頼・侯間の差は11.1ポイントと、前回調査の9.0ポイントから拡大したという。
果たして、今回この分析試論で行ったTPOF(台湾民意基金会)データに基づく推計結果はどの程度現実に迫り得たのか、数日余で検証されることとなる。選挙終了後公開される詳細データ、とりわけ世代別得票率と比較し、この手法の成否を検証するのも一興ではあろう。
(2024年1月8日記)