党員証:サバイバルの最強パスポート
現代中国社会を切り取るキーワードに「内巻」と「躺平」がある。前者は過酷な競争社会を象徴する言葉で、幼児期からの受験地獄に始まり、成人後も厳しい選抜が待ち受ける現実を示す。一方、諦めゆえだろうか、これに背を向け、無気力に“寝転ぶ“ライフスタイルが「躺平」だ。最近では、恋愛・結婚・住宅購入そして子供をもつことを諦め、拒否する青年層を指す“四不青年”という言葉もネット上では流行している。
だが、かつての眩しいまでの高度成長も色褪せ、不動産不況の経済不振が色濃くなる中、巨大な生存圧力を前に如何にして生き残るか…大多数の中国庶民にとってはこれが依然として主要関心事にとどまる。如何に勝ち組を目指すか、それに際して最強のパスポートとみなされているのが党員となること。今や9,918万5千人(2023年末)と1億人台に迫る中国共産党員は全人口比7%の超エリート、やはり就職や出世などの実利獲得には最強の武器と映る。実利重視の風潮から入党を希望する若者が増えているのもむべなる哉。
だが、入党への道のりは険しい。3000字(!)もの入党申請書を提出して、党員候補としての「入党積極分子」、「予備党員」のステップを経てようやく正式党員となるのだが、その間には党の思想や歴史の学習が必修、上級党組織の数次の審査を経た後も「党課」と呼ばれる活動や研修を続け、その過程で最終的に問題なしと判断されて晴れて入党となる。
そのようやくの入党儀式場面では、国際歌(インターナショナル)をバックに党旗に向かい、右手の拳を上げ、“党綱領、党規約、党員義務を守り、党の決定、紀律に従い、秘密を守り、忠誠を尽くす…ことを誓う”と「入党誓詞」を厳かに読み上げる。入党誓詞とは、党員として守るべきことを党が定めた定型文で、現行誓詞は1982年党規約第6条に明記されている。
N.B. そのテンプレート定型文の時代的変遷は劉呂紅著『中国共産党入党誓詞的版本、演進与践行研究』(人民出版社、2024)が辿っている。
では、その正式党員に至る長い入党プロセスを概観してみよう。
1. 入党申請
#1. 入党申請書の提出
条件;満18歳以上の中国公民にして、党の綱領、章程(=規約)を承認し、組織に参加し、そこで積極工作を行うこと、党の決議を執行することを願い、毎期党費納入を行うこと。
工作・学習所在単位組織に入党申請を提出する。工作・学習単位を欠く場合、あるいは工作・学習単位が党組織未成立の場合には居住地の党組織に入党申請を提出する。流動人員は、単位所在地の党組織あるいは主管部門の党組織または流動党員党組織に入党申請を行うこともできる。
但し、本人が書面により提出すること。
#2. 党組織派遣面談
入党申請受領後1ヶ月以内に党支部書記、副書記あるいは組織委員が主体となり、入党申請人の基本情況を把握し、入党条件、手続きを紹介し、教育指導を強化する。
2. 入党積極分子の確定、教育訓練
#3. 入党積極分子の推薦、確定
入党申請書を手交し、且つ党組織の派遣面談を完了させた中から、党員の推薦、群団組織の推挙等の方式により、支部委員会の集団決定により決定する。
但し、推薦結果は総合的に運用するものとし、単純な票決を防止すること。
#4. 上級党委への報告
入党申請人の基本情況、推薦および推挙情況、支部委員会意見等を報告する。入党積極分子が条件を具備していること、手続きが万全であること。
#5. 培養連係人の指定
1〜2名の正式党員を培養連係人として指定し、入党積極分子に党の基本知識を紹介し、入党積極分子の政治覚悟、道徳品質、現実表現および家庭状況を了解し、教育訓練工作を行い、入党積極分子の入党動機を正し、党支部に対し入党積極分子の情況を適時に報告し、党支部に対し入党積極分子を発展対象とすることの可否意見を提出することをその任務とする。
#6. 培养教育考察
入党積極分子を党課に吸収し、党内関連活動に参加させ、一定の社会工作を分配し、集中的訓練等を行う。入党積極分子に党の性質、綱領、宗旨、組織原則、紀律、党員の義務・権利を理解せしめ、入党動機の純化を助け、共産主義事業に生涯奮闘する信念を確立させることを目的とする。党支部は半年毎に一度入党積極分子に対する考察を行う。基層党委は毎年一度入党積極分子の隊伍状況の分析を行う。
但し、入党積極分子の工作、学習単位(居住地)に変動が生じた場合、原単位(居住地)党組織に速やかに報告し、適時材料を手交する。接収単位の党組織は真摯に材料審査を行い、引き続き訓練を継続させる。訓練教育時間は継続カウントする。
3. 発展対象の確定、考察
#7. 発展对象の確定
1年以上の培养教育、考察を経過し、党員条件を基本的に具備するものを対象として、党小組、培養連係人、党員および群衆の意見を聴取した上で、支部委員会の討論、同意により、発展対象の人選を確定する。
#8. 上級党委への備案
真摯に審査を行い、意見を提出し、同意を得た後、発展対象としてリストする。
#9. 入党介紹人の確定
正式党員2名が入党紹介紹人となり、培養、教育義務を完成させる。一般に、培養連係人が介紹人となるが、党組織が指定することも可とする。但し、留党察看処分を受け、党員権利が未回復の党員は介紹人となることはできない
#10. 政治審査
党の理論、路線、方針、政策への態度、政治歴史および重大な政治闘争に関する表現、法令紀律遵守の社会公徳情況、直系親族並びに本人に密接な関係の主たる社会関係者の政治情況につき、本人との面談、檔案資料の閲覧査読、関連する単位、人員への聴き取り、必要に応じては郵送ないし出張調査により、これを審査する。発展対象が流動人員の場合、戸籍所在地および居住地の基層党組織の意見を求める。
政治審査は、厳粛真摯、実事求是を旨とし、本人の一貫した表現に留意すること。審査情況が結論性材料となる。政治審査が未了あるいは審査不合格のものは入党発展となることはできない。
#11. 集中的培訓の展開
基層党委あるいは県級党委組織部門が、3日以上、24学習時間以上集中的に培訓を展開する。個別の特殊情況を除き、培訓を終えぬものは入党発展対象となることを得ず。
4. 預備党員の接受
#12. 支部委員会審査
党員、大衆の意見を聴取し、発展対象に対する厳格な審査を進め、集団討議により合否を判定する。
#13. 上級党委の預備審査
発展対象の条件、培養教育情況等を審査する。必要に応じて、紀律/法執行部門等の意見も聴取する。審査結果は書面を以て党支部に通知し、審査に合格となった発展対象者に《中国共産党入党志願書》を発給する。
発展対象者が今後 3 か月以内に工作または学習単位を離れる場合、通常、預備党員受け入れの手続きを行う必要はない。
#14. 入党志願書の記入
入党介紹人の指導の下、本人自身が実際を記入する。
#15. 支部大会討論
支部大会における討論は、(1)発展対象の個人情況の報告、(2)入党介紹人による発展対象の関連情況の紹介および意見陳述、(3)支部委員会による審査情况の報告、(4)党員との充分な討議を経て投票による票決とする。
支部大会は、過半数の表決権者の参加により開会され、表決権を有する正式党員の過半数の賛同により可決とする。2名以上の発展対象の入党を討議する際は逐次その討論、票決を行う。
#16. 上級党委の派遣面談
党委の審査批准以前に、党委委員あるいは組織委員が更に了解を深め、発展対象者の党に対する認識を向上させることを目的として、面談を行い、その面談情況および発展対象者の入党可否に関する意見を《中国共産党入党志願書》に真摯に記入した上で、党委に報告する。
#17 上級党委の審査批准
党員たる条件を具備しているか否か、入党手続きに瑕疵はないかを3ヶ月以内(特殊情況にあっては6ヶ月以内)に集団討議により票決する。2名以上の発展対象の審議、票決は逐次行うものとする。
但し、党総支部、郷鎮(街道)所属の基層党委および党組織は預備党員の審査批准を行うことはできない。別途規定ある場合を除き、臨時党組織は預備党員の接収、審査批准を行うことはできない。
#18 一級上の党委組織部門への備案
預備党員の構造、分布、質等の情況を掌握することで問題発見、適時の解決を図ることを目的とする。
5. 預備党員の教育、考察および矯正
#19. 党支部、党小組への編入
編入と同時に教育、考察を継続的に行ねばならない。
#20. 入党宣誓
基層党委あるいは党支部(党総支)が主宰し、式次第は、(1)《国際歌》演奏、(2)党組織負責同志挨拶、(3)預備党員宣誓、(4)宣誓参加の預備党員代表発言、(5)党組織負責同志講話とする。
フォーマルな場で行い、厳粛、厳格かつ簡潔であること。
#21. 教育考察の継続
党の組織生活への参加、本人による個別報告、集中培訓、実践鍛錬の方式により行い、預備期は1年とする。
#22. 提出正申请の提出
預備期間満了となった段階で書面により申請を提出する。
#23. 支部大会討論
党小組の意見提出を受け、党支部が党員および大衆への意見聴取を行い、支部委員会がこれを審査する。預備党員の接収プロセスに準じる。
党員義務を誠実に執行し、党員条件を具備するものが期間満了で正式党員となる。継続的な考察と教育が必要で、預備期間を一度延長することができるものの、延長時間は最長でも1年以下とし、半年を下回ってはならない。党員義務を執行せず、党員条件を具備しない場合は、預備党員資格を取り消す。
#24. 上級党委の審査批准
3ヶ月以内に審査批准結果を党支部に報告し、党支部書記は本人と面談した上で、その審査批准結果を党員大会で宣布する。党員の党歴としては、預備党員満期日から正式党員としてカウントする。
#25. 材料帰檔
《中国共産党入党志願書》、入党申請書、政治審査材料、修正申請書、培養教育考察材料を。人事檔案に追加する。人事檔案がない場合には、党員檔案を作成し、所在党委あるいは県級党委組織部門で保管する。
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以上、中国側公開資料に基づき、入党に至るプロセスを概観したものの、これら規定に従う限りかなり峻烈な選別が行われているように見える。周囲の推薦を得て、決意のほどをしたためた長文の入党申請書を書き上げるのがスタートだが、上部組織の数次にわたる面談調査をパスしなければならず、その間、“党課”教育に参加、ようやく入党志願書に至る。見習い以前の 発展党員から預備党員期間を経ての正式党員への登録だが、これらプロセスは通常2年は要する。これだけの選抜過程をくぐり抜けるのは人格、品性、思想いずれも抜きんでた「上級人民」でなければならない。まさしく模範人民のみが党員たるべきであり、党員こそすべての意味で模範人民なのだ。
だが、ようやくかちえた正式党員のなれの果てが腐敗瀆職に明け暮れ、失脚の憂き目となった「落馬高官」とも言える。清廉高潔の模範人民といえども抗し難い瀆職機会の誘惑に負け、腐敗に手を染めるのか、それとも生来の悪辣な輩がその本性を発揮しただけなのだろうか。後者とすれば、ここでみたような制度規定が必ずしもリジッドに執行されてはいないことになる。地方ボス等が将来の手下を準備すべく子飼いの連中を党員へと引き立てる、面談調査も甘い審査にとどめ、観察期間を短縮させる……等々の横紙破りのルール無視も横行しかねない。紙に書かれた規則とその運用実態との大きな差こそ中国的現実、字義通りの「政策あれば対策あり」の現実だ。
[了]