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【きのう何読んだ?】夏川草介「スピノザの診察室」
現役の医師でもある夏川草介さんの作品はよく読んでいます。デビュー作『神様のカルテ』シリーズはあまりにも有名ですが、その後も色あせない作品を書き続けてくれていると感じます。コロナ禍真っ只中に緊急出版された『レッドゾーン』は秀逸。当時のコロナ医療に関わる医師や看護師たちの切羽詰まった現実が描かれていて、身の毛が逆立ったのを覚えています。
本作の舞台は京都。落ち着いた古都の風景と四季の移ろい、主人公が好きな銘店の和菓子が生き生きと描写されています。夏川作品に共通して描かれているのが「命と向き合う医師の葛藤する姿」。容易には答えの出ない難問に対して、作品を紡ぎながら答えを探しているのが作者なのでしょう。
患者と向き合う心強い医師たちの姿
主人公、雄町哲郎は40代手前のベテラン内科医。卓越した内視鏡の腕をもち、大学病院で将来を嘱望されていながらも、妹の死により一人になってしまった甥を引き取るために大学病院を退いた経歴をもちます。現在は小さな病院で内科医として勤務し、終末医療と向き合っているという設定です。
対極として描かれているのが先輩である外科医・花笠ですが、こちらは医局を引っ張るスーパードクターであり雄町のよき理解者でもあります。大学病院ものというと妬みと嫉妬、怨讐渦巻くドロドロとした対決(『ドクターX』や『ブラックペアン』、『白い巨塔』みたいな)が王道ですが、花笠の存在がほかの医療ものと別の世界を見せてくれます。
それにしても雄町哲郎。周囲の個性的な医師からも一目置かれ、患者からもあの先生なら、と尊敬を集めます。確かな知識と観察眼をもち、わずかな兆候から患者の疾患を探り出すのですからたまりません。地味な内科にも凄腕ドクターはいるものなんですね。
クライマックスは花笠の渡米中、担当の少年の容態が急変し、緊急内視鏡オペをするシーンです。執刀医は若手のホープ(雄町の後輩)ですが、花笠は雄町に万一のために彼の傍らにいてほしいと伝えます。「患者の救命率を1%でも引き上げるためだ。俺(花笠)の立場など気にかけてくれるな」と男前の発言。こうして古巣の大学病院の手術室に潜り込んだ雄町は、執刀医の窮地に的確な助言を届けるのでした。
悪役らしい悪役が登場しない本作。大学病院の鉄のようなヒエラルキーが見え隠れするものの、皆が患者を救うために全力を傾ける様に安堵を覚えました。実際の医療現場はきっとこうなんだろうなと推察し、そうであってほしいと願わずにいられません。
ところで「スピノザ」とはなんぞや
タイトルにあるスピノザはオランダの哲学者だそうです。恥ずかしながら初耳学でした。解説は雄町の作中のセリフを引用したいと思います。
「こんな希望のない宿命論みたいなものを提示しながら、スピノザの面白いところは、人間の努力を肯定しているのです。すべてが宿命で決まっているのなら、努力なんて意味がないはずのに、彼は言うんだ。だからこそ、努力が必要だと」
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『神様のカルテ』を凌駕する傑作、との帯にも納得
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