【創作】四人目の登頂者
サバンナの奥にある岩山へと近づくものは稀である。垂直に切り立ったその頂は天をつき、日時計のように大地に影を落としていた。岩山というより「塔」と呼ぶにふさわしい。
近くの村で暮らす村人たちにとって、その「塔」に登ることは一種のタブーとされていた。それはおそらく、力の限界に挑む行いになるからだ。登りはじめたら休むことができない。頂上付近に棲んでいるイヌワシが、登山者を襲うという噂もあった。だから彼らのなかで、その頂上になにがあるのかを知るものはいなかった。
しかしこの評判を聞いて、村には塔の登頂に挑むものが訪れるようになる。彼らはほとんど垂直に近い岩壁を乗り越える技術をもち、世界各地のこうした頂を制覇してきた者たちだった。
いつくかの失敗ののち、彼らのなかからついにその頂を制する者が現れた。
初めての登頂者は、北の国から来た男だった。彼はこんな言葉を残している。
「あそこには詩があった。人ひとりがやっと腰を下ろせるだけの広さの頂で、私は生涯忘れえぬ言葉を聴いたよ」
二人目の登頂者は、南の国からやって来た男だった。
「あそこには音楽があった。私は今まで、あれほど美しい旋律を聴いたことがない。イヌワシはそれを守っている」
地上から塔を見上げながら暮らしてきた村人たちにとって、彼らの残した言葉は鮮烈だった。いつしかそこには、塔の登頂に挑む者を歓迎する宿や酒場ができ、村人たちは次なる挑戦者を待ち望むようになった。彼らは男たちを塔へと送り出し、彼らの帰りを待った。
登頂を果たした三人目の男が村に帰ってきたとき、村に住むまだ若い青年が訊ねた。
「いったいあそこにはなにがあるのですか。今までに頂上を極めた者たちは、あいまいな説明しかしてくれなかった。私はあそこに何があるのかを本気で知りたいのです」
男は答えた。
「登山者は、その者が持っている以上のものを持ち帰ることはできない。私はあの頂に登ることはできたが、自分がまだなにも持っていないことを知ったよ。私が持ち帰ることができたのは、ほら、これだけさ」
彼は青年の手に小さな石を握らせた。それは、塔の頂にあった石のようである。
三人目の登頂者はすぐにその村を去ったが、次なる挑戦者はすでに決まっていた。青年は、自分が探しているものがそこにあるような気がした。
(終わり)