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【作家論#2】酒井信『吉田修一論』

こんにちは、三太です。

4月も下旬に入ってきました。
少しずつ自分が受け持つ授業も始まってきています。
今年度は読書に関わる授業があります。
授業を通して、生徒たちと本の話ができるのが楽しみだなと思っている今日この頃です。

さて、今回は「作家論」の本ということで、酒井信さんの『吉田修一論』を読んでいきます。


あらすじ

本書は「長崎出身の吉田修一にとって、長崎という場所はどのような意味を持ち、その作風にどのような影響を与えているのか」という問いで論が展開されます。
このような問いに対して、作品の描写やインタビューの分析を基にして、作家の無意識に迫ります。
結論がずばり明記されるわけではなく、本文の中で一つ一つ丁寧に長崎の影響が述べられていきます。
全てを網羅することはできないのですが、結論に近い文章は終盤に記されます。

私たちは、現実空間がウェブ上に拡大し、SNS上でも多くの人々と関わる機会が増え、一見すると地縁や血縁の「しがらみ」から自由になったように見える。しかしその一方で、私たちは依然として限られた土地に根を生やし、限られた人間関係の中で喜怒哀楽を分かち合い、相互に承認欲求を満たし、寂しさや空しさを埋め合わせながら生きている。
吉田修一の作品は、このような現代的な地縁や血縁の「しがらみ」に立脚した上で、「植物的」に生きざるを得ない人間の存在のあり様を捉えている。
小説で描かれる場所が長崎の「小島」であれ、「軍艦島」であれ、新宿二丁目であれ、名も無き「Y字路」であれ、吉田修一という作家はコンクリートやアスファルトで覆われたその土地の「風土」を、作家らしく「訛りを帯びた言葉」に変換して吸い上げながら、限られた場所で限られた生を享受する人々の生理や、そこで分泌されるホルモンの一粒、一粒を、一文字、一文字の言葉で捉え、私たちに「小説」の形式を通して伝えてくれるのである。

酒井信『吉田修一論』(pp.324-325)

ここで問いに対して特に重要なのは「現代的な地縁や血縁の「しがらみ」に立脚した上で、「植物的」に生きざるを得ない人間の存在のあり様を捉えている」というところだと思います。
植物は「限られた土地に根を生やし、養分を吸い上げ」(p.8)ます。
吉田修一さんにとって、そんな場所が長崎であり、(長崎に限らず)その土地に住む人の言葉で小説を紡ぐという行為につながっているのだと思います。

感想

あとがきに酒井さんが吉田修一の批評文を書こうと思ったきっかけが記されます。

私が吉田修一について長文の批評文を書こうと思ったのは、自分が白昼夢のように繰り返し思い浮かべてきた長崎の路地裏の風景を、この作家が文学作品として完成させていることに、強い関心を抱いたからである。

同上・(p.333)

そのため本書は、問いにもあるとおり、吉田修一作品について「長崎」という切り口で述べられていきます。
それらの作品について、酒井さんは次のように列挙します。

長崎を舞台にしたと考えられる吉田修一の主な書籍化された小説を、本文中の描写を手がかりに、私が推測した地名も含めて列挙してみると次のようになる。
「最後の息子(長崎市街地・南山手、東山手)」、
「破片(長崎市街地・星取町)」、
「Water(長崎市街地・「小島」、長崎南高校)」、
「キャンセルされた街の案内(長崎市郊外・野々串港、軍艦島)」、
『パレード(長崎市街地・「小島」)』、
『長崎乱楽坂(長崎市郊外・稲佐山中腹~稲佐)』、
『7月24日通り(長崎市街地・「小島」)』、
『春、バーニーズで(長崎市街地・南山手、東山手)』、
『悪人(長崎市郊外・深堀)』、
『横道世之介(長崎市郊外・蚊焼)』、
『平成猿蟹合戦図(長崎県離島・五島)』、
『橋を渡る(長崎県離島・対馬)』、
『国宝(長崎市街地・丸山・銅座・「小島」)』となる。

同上・(pp.223-224 改行は三太)

本書は2018年に刊行された本なので、その後刊行された吉田修一作品でいうと、『ミス・サンシャイン』なども入るのかなと思いました。
いずれにせよ、主にこれらの作品から読み取れることを酒井さんは紡いでいきます。

酒井さん自身も長崎出身で、高校も吉田修一さんと同じ長崎南高校で同じであり、そんな著者だからこそ書けた文章だなと感じるところも多々あります。
例えば、次のような文章です。

長崎南高校の「校区」には漁港が多かったこともあって、吉田修一の作品には、作業員系の「ブルー」に彩られた雰囲気だけではなく、漁師の「ブルー」に彩られた雰囲気も感じられる。
日本列島の西端といえる離島の島々を「校区」に持つ長崎南高校のエキゾチックな雰囲気が、吉田の小説の作風に大きな影響を及ぼしていることは明らかだろう。
吉田修一の作品が持つ「ブルー」に彩られた雰囲気は、東シナ海に浮かぶ島々の文化を反映するように多様であり、時に台風や豪雨を伴う激しさを内包している。

同上・(p.129)

「ブルー」というのはいわゆるブルーカラー(肉体労働者)、ホワイトカラー(頭脳労働者)の「ブルー」です。
長崎南高校の校区からどんな人たちが通っていたかという、とてもローカルな話題はやはり通っていた人しかわからないだろうと思います。
このような学校に通っていた、あるいはそのような地域(本文では「小島」という地名が出てくる)に住んでいた吉田修一さんだからこそ、(「ブルーカラー」の人が単純にそうというわけではないですが)ヤンキーの描写が上手いと酒井さんは述べます。

何れにしても吉田の奥行きあるヤンキーの描写は、日本の近代文学では、若き川端康成が瑞瑞しい筆致で記した『浅草紅団』の「不良」の描写を想起させる。

同上・(p.43)

本文ではこのように川端康成とも比較されます。
そして、酒井さんは次のようにも述べます。

吉田修一は最も好きな作家として川端康成の名前を挙げているが、川端の「行間」に横たわる「浅草の不良たち」の感情を想像させるような内面描写は、ヤンキーの描写を好む吉田の作風にも影響を及ぼしていると考えることができる。(中略)
吉田の場合は実家が「酒はある」酒屋だったことも手伝って、中学時代から「実家の経費」で取材を重ねて、その描写力を磨いていたのだろう。

同上・(p.45)

ここでは川端康成と比較しながら吉田修一について述べられていますが、他にも長崎出身の作家・村上龍との共通点も指摘されます。
例えば、村上龍の『69 sixty nine』を引用したあとに、次のように述べます。

吉田修一の多くの作品に「文学とか小説」というよりは、「フェスティバル」のような祝祭的な雰囲気が漂っている点は、村上龍の作品とも共通する。

同上・(p.215)

他にも、

『69 sixty nine』にはセクシャルな描写が多く、下ネタを含めたユーモラスな描写がめくるめく展開される点は、吉田修一の「Water」にも通じるところがある。(中略)
吉田修一は現代の作家では珍しく、「Water」の監督を務めたり、『悪人』のような大作映画の脚本に積極的に関わるなど、自己の作品の映画化に強い拘りを持っているようである。この点についても『限りなく透明に近いブルー』など自己の作品の監督や脚本を務めてきた村上龍と、吉田修一は類似している。

同上・(p.218)

このように先行する作家と比べながら、少しずつ吉田修一さんの実像に迫るというのが本書の特徴でもあります。

酒井さんは大学の先生ですが、本書はあまり研究書という感じではなく、どちらかというと読み物に近いのかなと思いました。
例えば、村上龍が地元・佐世保港の風景を述べた文章について、次のように述べられます。

この一節には、釣った魚を船の上で捌き、捌いた包丁の上に刺身を載せて、「早よ、食わんば」と客に提供する長崎の釣り船の漁師のように、コンパクトな描写の中で、風景の中に自己の実存に関わる意味を見出し、手際よく自己の主張を暗示するような、一流の作家らしい表現のプロセスが凝縮されている。

同上・(p.230)

描写の仕方を漁師にたとえるのは、独特な比喩だなと思います。
他にも、酒井さん自身が長らく住んでいた新大久保でのちょっと変わったエピソードが引用されるなど、とても個人的な文章もいくつか出てきます。
そういった点も含め、楽しんで読める本だと思いました。

その他

・映画が好きだったから吉田修一さんは上京したという話が出てくる。(p.60 阿川佐和子さんのインタビューより)
・本書では、マルティン・ブーバーの「我と汝」という考え方や江藤淳の文章やカナダの地理学者エドワード・レルフの考え方などが引用され論が展開する。
・『長崎乱楽坂』のヤクザを述べるために出てくる「再開発」(p.264)というワードは渡邊英理先生の『中上健次論』の切り口と共通するのではないかと思いました。

では、今回はここらへんで終わろうと思います。
2回目の「作家論」のまとめとして吉田修一さんを取り上げられて良かったです。
今、本棚には平野啓一郎さんの『三島由紀夫論』と井上隆史さんの『大江健三郎論』があるので、次はどちらかを読めたらいいなと思っています。

それでは、読んでいただき、ありがとうございました。

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