壽 初春大歌舞伎 夜の部『京鹿子娘道成寺』(白拍子花子:尾上右近)
*タイトル画像は、CD『7代目芳村伊十郎 長唄全集1』のCD歌詞カード。字の美しさ、ずっと眺めていたい。
*この記事は24年1月にAmebloで投稿したものです。
お疲れ様です。
皆様は、もうご覧になりましたか。
尾上右近の白拍子花子。
観てきました。
やってのけた。
この人やっぱり凄い。
*以下、そうとう暑苦しい感想となっております。先にお詫びいたします*
こんな花子、観たことない!
〽︎花のほかには松ばかり
白い足袋が、桜模様の赤い襦袢からのぞいた瞬間から、ぞくっ、と来る。
身体の内側にとても力が溜めてあるのが分かる。
厳かな中に、何か起こる予感がグラグラと。
小さくまとまらない、伸びやかで大きな花子。
唄や太鼓とのシンクロ具合、音の活かし方が凄い。
さすが、清元栄寿太夫。
踊りも、ドラマも、両方取りに来た。
がっつりと欲張りな、ほんと強欲な花子。こんな花子、見たことない。
〽︎恋の手習いつい見習いて
言葉もない。
溢れる恋心は妖艶で可愛らしく、形よく。
くるくるくねくねと舞う手拭いが目に残る。
続いて”山づくし”、鞨鼓ではパッと華やかに。
こんなに自分で演奏しに行くタイプを見たのは、中村勘三郎以来。
あの人の花子も観客の心をさらって、
強弱たっぷりに鞨鼓を叩いてガンガン盛り上げた。
尾上右近の鞨鼓は、それ以上の叩きっぷりかも。
撥(ばち)をツノのようにぐぅっと伸び上がるところも、
人の皮の中から鬼がぐわっと立ち現れ、
ざんぶと日高川へ飛び込む蛇体の清姫が花子と二重写しになるようで凄まじい。
〽︎ただ頼め
濃い紫というか紺色の衣装は大きな麻の葉文様で、帯は橙と金色。
わたしは紺地に桜の模様を見慣れていたけど、
右近の衣装も、動きのある町娘の明るい踊りによく似合うと感じる。
最後、鈴太鼓もバチンバチンと音が聴こえる。
これって飾りというかおもちゃ的な扱いじゃなかったの?
今までこんな強いの聞いたことない。
白地に銀(薄墨にも見える)桜の着物、帯は黒と銀の市松模様。
この帯、揺れるたびに銀色がきらっきらっと蛇っぽくて素敵だ。
〽︎花の姿の乱れ髪 思えば思えば怨めしやとて
ここは、鈴太鼓の勢いでは駆け込まず、
逆に、一瞬スローモーションかと思うほどきっちりと、花子の内側から立ち昇る怨念を見せるのが素晴らしい。
衝撃の鐘入り
驚きは最後まで続く。
鐘入りが、めちゃくちゃ速いのだ。
所化を振り切ったと思ったら鐘(の裏側の梯子)をあっという間に駆け上がって、
見得になる。
これまで見慣れていた流れでは、
白の鱗模様の着付けの上に、赤の着物を羽織って鐘の上にのぼり、
赤の着物を取って毛ジケを出して、袖をぐるぐるっとして見得になる。
したがって花子は鐘の陰に入ってから登って見得までそれなりの準備があるわけだが。
右近の花子は、準備0秒。
所化を振り切った勢いを失わず、鐘に取り憑く。
他の型のタイミングに慣れてるとびっくりする。でも面白い!
鐘入りの直前で花子の怨念をたっぷり丁寧に見せてからの、この急加速。やるなあ!
『娘道成寺』は、舞踊なのだ。
いまさらながら、その原点を見た気がした。
踊りには唄があり、三味線があって笛太鼓がある。
そことシンクロし、引き立て合い、ときに競い合い、舞台は加速していく。
芸と芸がぶつかり合う。
(今回、三味線も笛太鼓も相当に熱がこもって感じられた)
それでいて、随所にドラマもある。
今回は「道行」がつかないが、それでも何ら不足を感じないほど。
花子を踊らせていただく、なんて謙虚さは、いい意味で尾上右近の花子にはない。
むしろ、この花子についてこいぐらいの強さがある。
それがたまらない。心地いい。痺れる。
宝暦3年の驚嘆を感じる
途中で、思った。
宝暦3年、中村座で初代中村富十郎の花子に熱狂した江戸の観客って、わたしのような気持ちだったんじゃないか、と。
最高の女方の芸づくし『京鹿子娘道成寺』。
その圧倒的な芸に狂喜した、江戸の観衆に、自分が今まさに、なっていた。
曲が進むごとに興奮は増し、引き抜くたびに、ワクワクも高まる。
そして、同時に思うのだ。
ああ、引き抜いたらダメ、いずれ終わってしまうじゃないか、と。
終わってほしくない、
こんなに短い踊りのはずはない、
『娘道成寺』は見るのも踊るのも忍耐の大曲のはずだ。
どうしてこんなに面白いのか。
どうしてこんなに美しくて怖くて、痺れるのか。
思えば20年前も…
約20年前。
『鏡獅子』中盤の”胡蝶の精”のような子役さんによる踊りは、その可愛らしさ懸命さを愛でるほっこりタイム、と思っていた観客(わたし)は、仰天した。
当時まだ岡村研佑の名前で出ていた彼の踊りは、観劇初心者のわたしが見ても別次元だった。
歌舞伎座の観客は戸惑って、ざわめいて、驚き、歓喜した。
彼が出ると「けんすけ!」と大向こうがかかるのが常になるまで、そう時間はかからなかった。
その彼が、今度は『娘道成寺』で、歌舞伎座の客席(のみならず、もしかすると舞台上まで)をひっくり返した。
妖艶で貪欲な笑みで、こちらの度肝を抜く、右近の踊り。
尾上右近、やっぱり凄い。
こちらの抱く期待なんて遥かに超えていく。
今まで観た花子の中で、最も驚いた。最も短く感じた。文句なしに面白かった。
いやはや、まいった。
もう一度観たいなぁ。