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『文楽の女たち』大谷晃一 【うちの本棚】#文楽

読書感想でなく、本棚にある歌舞伎関連書籍について、どんな本なのか記録しつつ紹介するものです。

基本情報

タイトル:文楽の女たち
発行
(奥付の初版の年を記載):2002年
著者:大谷晃一
出版:文春新書

表紙

文楽の女たち 表紙

特徴

文楽の女性主人公を中心に解説したもの。全部で12。

《曽根崎心中》のお初
《五十年忌歌念仏》のお夏
《心中重井筒》のお辰
《冥途の飛脚》の梅川
《八百屋お七恋緋桜》のお七
大経師昔暦だいきょうじむかしごよみ》のおさん
《心中天の網島》のおさん
《仮名手本忠臣蔵》のお軽
艶容女舞衣はですがたおんなまいぎぬ》のお園
《新版歌祭文》のお光
《壺坂観音霊験記》のお里
《夫婦善哉》の蝶子

『文楽の女たち』目次より。一部を除いてフリガナを省略した

モデルとなった実際の事件の説明が初めにあり、浄瑠璃の作者がそれをどのように作品にしたか、その頃の人形浄瑠璃を取り巻く環境について解説される。主人公の女性を中心に、物語を追っていく。

ことさらに、ここを聴くべしとかポイントだとか強調する文体ではない。文楽ってこんなに面白いんですよ的な表現すら、ない。
淡々と、ストーリーに合わせて、舞台となった地域が当時どんな場所だったか、手代や遊女たちがどんな生活をしていたか、その場所が現在はどうなっているか、などが補足されている。

全体的に静かな文章で風情がある。時代背景を知ることで、登場人物や場面がなぜこんなふうに描かれているのか、という点を理解できる。

その他

文楽の《新版歌祭文》野崎村の段を映像で見たとき、不思議だなと思ったのが、最後の場面だった。久松は駕籠に乗って土手を、お染は船で川を、それぞれ分かれて大坂へ帰っていく、その様子だ。

久松は駕籠に乗ってしまい、お染も船の障子の中に入ってしまうので、もう主役の姿は見えない。語りも終わって、三味線の連弾つれびきの中、駕籠かきが休んだり船頭が汗を拭いたりする動きが続く。つまらなくはないのだが、たとえば歌舞伎だったら主役がもう見えない中で、ここまで延々とやっている印象はない(歌舞伎では2人が別々の方向へ去ってから、見送ったお光が父・久作に縋って泣くので、主役級のメンバーが最後まで舞台上に残っている)。

文楽の終わり方は、主役が見えなくなってからもずいぶん長く、退屈ではないがちょっと不思議だなと思っていた。
この本には、初演の六年前に大和川の付け替えがあったこと、それによって河内平野が低湿と災害から救われ、新田が開発されたことが書かれている。そして春の菜種の花盛りの中の寝屋川を、野崎詣りの屋形船がのんびりと行き来し、寝屋川を船で行く人と土手を歩く人が悪口を言い合うのが名物だったこと。
浄瑠璃はこれを取り入れたのだった。

人間模様というか、登場人物の心情ばかり追っていては見えないことを、この本は教えてくれる。