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『役者の書置き -女形・演技ノート-』嵐芳三郎 【うちの本棚】#歌舞伎
読書感想でなく、本棚にある歌舞伎関連書籍について、どんな本なのか記録しつつ紹介するものです。
基本情報
タイトル:役者の書置き -女形・演技ノート-
発行(奥付の初版の年を記載):1997年
著者:嵐芳三郎
出版:岩波新書
表紙
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平成6年に前進座で1000回の上演を超えた「鳴神」を軸に、前半は五代目嵐芳三郎の長男として生まれた六代目嵐芳三郎の半生。後半は父・五代目嵐芳三郎の演技ノートと自身のメモを合わせて、「鳴神」の舞台を芳三郎の解説つきで文字にする。
あたしはこう考えて、こう工夫しています、という芸談的なものではない。
前進座の旗揚げから語られている前半は、松竹から飛び出し、やがて松竹との関係を改善しつつ、通し上演・復活狂言にも拘って自分たちの芝居を打ち立てていく様子が書かれている。
名優の父(五代目嵐芳三郎)を持つ御曹司の辛さ、三十歳まで役柄が一定しない苦しみ、劇団の資金集めに路上で芸をして回ったりと、苦労に次ぐ苦労の話。
後半の『「鳴神」演じたまま』は、セリフと進行の間にそうとうな量の説明を挟んでいるにも関わらず、読むと実にリズム良く美しく、頭の中で《鳴神》が展開されていく。
著者の六代目嵐芳三郎は61歳で亡くなった。予定では芝居人生の部分はさらに追加されるはずだったそうだし、素晴らしい舞台解説も、他の狂言のバージョンが生まれていたかもしれないと思うと悔しい。
その他
うちの本棚には、読んでみるととても良いけれども、なぜ買ったのか憶えていない本がある。これもその一冊。
前進座の役者では、四代目中村梅之助が好きだった。《遠山の金さん》、《伝七捕物帳》を再放送で見た記憶があるし、歌舞伎はテレビで《魚屋宗五郎》も見たと思う。女方では五代目河原崎國太郎の悪婆しか記憶にない。
それで、どうして自分が嵐芳三郎の本を買ったのか思い出せない。
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数十年前の自分と今の自分の感覚が繋がっていることを信じるならば、後半の『「鳴神」演じたまま』が目当てだったかもしれない。
舞台や衣裳の状態、ト書き、セリフ、芸談という構成だと、本では「歌舞伎オン・ステージ」のシリーズが近いけれども、この本はもっと細かい。
セリフの一言を巡って劇団の中で起こった議論、セリフの解説、用語説明、衣裳・フリのやりかた、役柄の考え方。こんな細部まで公開して、いいんですか!?というくらい詳しい。
嵐芳三郎が受け継いだ記録と、そして彼が作ってきた芝居の記憶を、いっぺんに読ませてもらっている感覚。
この本の前半が、起伏に富んだドラマで読みだしたら止まらない面白さだとすると、後半『「鳴神」演じたまま』は読み終わるのがもったいない面白さ。
なお、序文は永六輔が書いている。
永六輔は市川壽海家への養子縁組の話があったが、戦争でその話がなくなってしまったこと、嵐芳三郎に見せられた原稿からこの本の製作が進み、途中で嵐芳三郎が亡くなったことなど。
永六輔が市川雷蔵になっていたかもしれないだなんて。序文の2ページ目に、この本で一番の驚きがあった。
8代目市川雷蔵はこちら。